魔神と少女⑦
俊豪の偃月刀が秋華に振り下ろされた時、大威は必死に体へ命令を下すも動かず歯を食いしばり無念の表情を見せた。
(秋華!)
そして次の瞬間、祐人と英雄が俊豪と秋華の間に入ったのを見てさらに焦る。
(駄目だ! 俊豪の攻撃は受けてはならぬ。これでは秋華だけでなく三人とも死ぬ!)
その直後、祐人と英雄が受け止めた時、大威は目を見開いた。
(その回の攻撃ではなかったのか)
安堵の顔になるがこの時、大威は視界に入った琴音に驚きの顔を見せる。
琴音は大威から大きくは離れずいつでも指示を受けられる位置にいつつも祐人たちの激突の際に咄嗟に両手を前面に出していた。
見れば祐人と英雄へ何かしらの支援の術を繰り出しているのは明白だった。
(なんと⁉ この子は英雄たちの足場へ干渉して二人の負担を減らしたのか)
琴音の表情は必死でありながらも、とにかく状況に追いつこうと無我夢中でしがみついているようだった。
(この子は本来、このような場にいられる力も精神力もないはず。それがどうだ。虎や獅子の戦場で存在感を示し始めている。どんなに小さな影響だとしてもこの場にいる桁外れの能力者を相手にそれができるというのは……)
「琴音君、こちらに来なさい」
「あ、はい! 大威さん」
琴音が横たわっている大威のところまで駆け寄ってくる。
「琴音君、頼みがある。まずはもう一度、楽際を雨花の下へ連れて行ってくれ。さっきのようにあの大穴から外へ放り出すだけでいい」
「はい!」
「それと今から話すことは超機密事項になる。王俊豪を止めるのに必要な情報だ。しかしこれを聞いたと知られれば命を狙われる可能性もある。それでも君は……」
「教えてください!」
琴音は迷いなく大威にはっきりと答えた。
「む……!」
「私は秋華さんも堂杜さんも英雄さんも皆、失いたくはありません。そのためには何でもします。何でもしたいです!」
琴音はそう言った後、激しくかぶりを振った。
「いえ、今のは綺麗ごとを言いました。私の本心はもし私が何もしないで、何もできなくて堂杜さんたちの力ですべてが解決するのが嫌です。私もそこに入りたい! 成功したとしても失敗したとしてもどのような言い訳もなしに私はそこにいたんだって! 私は……私は! 大事な人たちの出来事に関わりたいんです!」
大威は幼さの残る琴音の顔から光を放つ瞳を見つめ頷いた。
「分かった」
琴音は大威の口元に耳を寄せてすべてを聞き終えると大きく頷いた。
「楽際を送った後、英雄たちのフォローを頼む。状況は複雑だが英雄と祐人君なら何とかするはずだ。こういう時の君の支援は必ず役に立つ。そして私に敵を近づけないようにしてくれ。私ももう少しで霊力循環を取り戻せる。それまで何とか頼む」
大威は戦場でこの初陣に近い少女にとても難易度の高い指示を出していることを承知いている。
だがもう一つの可能性を感じていた。
(もしこの戦いをくぐり抜ければ、この子は)
超級の能力者への道を歩みだすのではないか、と大威はどこかで感じ取っていた。
◆
俊豪の剛撃を受け止めた祐人と英雄の二人は二つのことを理解した。
まず一つ目はその重さ。
(なんていう衝撃だ! 攻撃圧で膝がイカレそうだ)
(俺は俊豪さんの青龍偃月刀を振るう姿は見たことがあったが、見るのと実際に受けるのとでは全然違う。これじゃ俊豪さんの一撃を毎回俺の全能力で受け止める必要だ)
二人の踏ん張る両足が石畳にめり込む。
攻撃を受け止められた俊豪は片眉を上げ呆れた表情を見せた。
「おめーらなぁ、いい加減にしろ。今回の攻撃はまだ良かったとはいえ俺が咄嗟に力を緩めなければ魔神ごと死んでるぞ」
そしてもう一つ理解したことはこれで俊豪は本気を出していないということだ。
(そうだ、途中で明らかに偃月刀の速度が緩んだ。この人はこれでまだ本気ではないんだ)
「ハハッ! 馬鹿どもが仲間割れか! マトヴェイ、貴様はアシュタロスを守れよ」
「はいはい、分かっていますよ」
この一瞬の状況を最大限に活用するシャフリヤールが俊豪と祐人、英雄に曲刀で迫る。
同時にマトヴェイはアシュタロスの周囲に数本の黒い針を放った。
(私は早くこの場から去りたいんです。切り札を切らせていただきます)
俊豪はまるでシャフリヤールたちと息があったかのように跳躍で後退する。すると俊豪の偃月刀を受けていた英雄と祐人はこれを迎え撃つ形になった。
英雄はまだ残る両脚の痺れを感じながらシャフリヤールたちを睨むがハッとする。
(俊豪さんに嵌められている! 俺たちがこいつらを相手にせざるを得ない状況にもっていかれた。すぐに俊豪さんは秋華にしかけるつもりだ)
英雄がそう察知すると顔色が変わる。
このままでは秋華は守れない。
ここで終わってしまう。
たった一瞬の状況把握の遅れ、予測ミス、判断ミス。
しかしそれがとてつもない大きな代償を払わされることになる。いや、なってしまう。
英雄は次の行動の最適解を求め、そしてそれを求めるがあまり焦りと混乱してくる。
だがその時だった。
「英雄君、薙げ!」
祐人の檄が飛んだ。
英雄は祐人の声色だけで何故か分かった。
(こいつは! いくつもの要素が複雑に絡み合っている戦いを把握している)
だから迷わなかった。予備動作もいらない。
ただ全力で右手にク・フォリンの槍を薙いだ。
目の前に祐人がいても構わない。祐人は自分の槍を体をかがめて避けることが分かっているのだ。
「ハア‼」
シャフリヤールの眼前にいた祐人が下方へ消えると同時にリーチの長い槍が右方から現れた。
「チィッ!」
咄嗟にシャフリヤールは曲剣で受け止めるとそのまま左方へ飛ばされる。この間にも祐人はかがんだままにマトヴェイの放った針を倚白で弾いた。
「むう、私の貴重な針が!」
マトヴェイの放った黒い針は次元遮断の防御結界を張るものだった。一本を精製するのに一年をかけて精密な術式を編み込んでいく。
マトヴェイは秋華の周囲にこの防御結界を展開し王俊豪も含めた全員が秋華に近づけないようにしたのだ。アシュタロスに秋華の体を奪うことに専念さえさせれば必ず秋華の体はアシュタロスのものになる、そう判断したものだった。
(この小僧、何というマネを。これで退散しても体裁は整ったはずを)
マトヴェイは悔し気に祐人を睨み、槍を薙いだ英雄は祐人を背後から見つめた。
(こいつはこの場の状況を、俊豪さんと戦っている時ですら把握している。そんなことが何故できるんだ)
それだけではない。
祐人は周囲にまで気を配り、琴音、大威、楽際、マトヴェイの位置と行動も予測している。
大威はもうすぐ動けるだろうこと。
楽際は魔神を決して外に出さぬために黄家の敷地を覆う結界を強化しに行くこと。
マトヴェイはこの戦場から離脱する機会を探しているということ。
そして琴音だ。
今、琴音は楽際を前回よりも強い風に乗せ天井の大穴から外へ送っていた。
(琴音ちゃん、君は僕たちが俊豪さんの攻撃を受けた際に足元を柔らかくして衝撃を緩和し、僕たちの負担を減らしていた)
それは驚愕に値する。
(彼女は今、まさに成長し続けている……む、何だ?)
この時、背後の静けさに気づいた祐人は視線を秋華に移した。
「英雄君、秋華さんが!」
英雄も秋華に目をやると秋華が静止している。
「秋華! これは……」
秋華は目を開けたまま、まるで時間が止まったかのように動かないでいた。
英雄は慌てて秋華の肩に手を置き揺さぶる。しかしまったく反応がない。
「秋華! おい、秋華」
秋華の全身を影と光がまるで領地を奪い合うかのようにせめぎ合い、色合いが目まぐるしく変わっている。
祐人にも秋華の状態がどういうものなのか分からない。
しかし、考えられるとすれば。
「戦っているのか?」
「何⁉ どういうことだ、堂杜!」
「分からない。でもアシュタロスも出てこない。英雄君、秋華さんはアシュタロスとの主導権争いをしているんじゃないのか? しかも今、互角の戦いをしているのかもしれない!」
「な、そんなことがあるのか⁉」
「断定はできないよ。でもそうとしか思えない。英雄君、秋華さんは戦っていると思う、しかも魔神とだ。だから!」
英雄は祐人の言わんとしていることが分かる。
要は秋華がアシュタロスを追い出し戻ってくるまで誰にも手出しをさせるな、ということだ。
「ああ、分かった。やるぞ」
祐人たちは周囲に目を向ける。
今、SSランクの王俊豪が面倒そうな顔もちで青龍偃月刀を肩に担いだ。
さらには別方向からシャフリヤールが態勢を整えて殺気を放ち近づいてきた。
マトヴェイは先ほどの黒い針を破壊されたことに怒りを覚えているのか、新たな針を両手に握る。
どの能力者も超一級の力を持つ実力者。
祐人と英雄は自分の得物を握りしめた。
「お前、作戦とかあるのか」
英雄の問いに祐人は苦笑いした。
「ないよ。ただなんとなしに分担しようか。僕が俊豪さんでそれ以外は英雄君。あとは何となしで」
「堂杜、そういうのは無策って言うんだ!」
「悪かったね! ほら来たよ!」
シャフリヤールが背中から曲剣をさらに抜き両手にそれぞれ握ると猛然と襲い掛かってくる。
英雄が迎撃に槍を繰り出す。
「さて行くぞ、ガキども。俺の仕事は後ろの悪魔を倒すことだ。邪魔をするなら容赦しねー」
祐人は王俊豪と対峙すると臍下丹田に濃厚な仙氣を練り上げる。
「させないよ」
直後、偃月刀と倚白がぶつかり合った。




