四天寺総力戦④
〝すぐに、そこから離れなさい、エクソシストの少女。その戦場にいていいのは選ばれた能力者だけです〟
「!?」
マリオンは初めて聞く男性の声に驚く。
この風は明らかに精霊使いのものだ。しかし、この時、マリオンはこの声の主は四天寺家に連なる者ではないと考える。何故なら、客人として数ヵ月、四天寺家に身を寄せていたが、このような特徴のある声を聞いたことはない。
また、四天寺家の人間であれば自分を、エクソシストの少女、とは呼ばない。
「あなたは……誰? どこから……」
〝君はその場に配役されたキャストではない。ここからは世界を賭けるに値する者だけが、立っていてよい場所になる〟
「世界を……賭ける? 一体、何を」
耳元で囁かれる声の主はマリオンの質問に答えず、淡々と言葉を続けていく。
ここでマリオンはハッとした。
思い出したのだ。この大祭には四天寺以外の精霊使いが参加していることを。
トーナメント戦でも見る者を黙らせる圧倒的な力を見せつけた精霊使い。
「三千院水重……さん?」
〝さあ、はやく立ち去りなさい。無意味な死を迎えたくなければ。君ではこれから起こる戦いで、何の役割も担うことはできない。あの堂杜という少年の邪魔になるだけです〟
「……ッ!」
水重の言葉にマリオンは目を見開く。
水重の言っている意味は分からない。
だが、祐人の邪魔になる……この言葉が失望と共にマリオンの心に入ってくる。
そして水重に促されるように……眼前で超人たちを相手に奮迅の働きを見せる祐人に視線を移す。マリオンから見える祐人の姿は、自分と比べてあまりに遠く、何故か寂しさすら感じて涙が浮かんでくる。
(祐人さんは……一体、どの次元で戦っているの?)
そう思うが、マリオンはもう一度、潤んだ瞳に力を籠める。
「でも……! 盾ぐらいには」
〝無駄です、やめなさい。それこそ、堂杜君の邪魔になる。この場には重要なキャストが集まりだしています。まさに、始まりの戦い、としては申し分のない方々が。今日の戦いの行方は、今後の世界を左右するもの。君は残念ながら、この重要な場面においてあまりに小さく、意味のない存在だ〟
「……!」
すでに弱っていたマリオンの心を見透かすように水重は丁寧な口調で、それでいて、説き伏せるように話していく。
〝堂杜君は今後、望む、望まんとに限らず、重大な責任をその背に荷うでしょう。そのとき……君が……いや、君たちがいると、堂杜君は一段、上の存在になれない〟
「一段……上?」
マリオンは別にそこまで気になったわけではない。ただ、力なくオウム返しのように、最も理解できない部分を口にしただけだった。だが、それに対し水重は、この青年にしては珍しく饒舌に反応する。
〝そう……人にして人を超える力、存在。私には分かる。精霊を通して彼から伝わってくる、その残り香が。それは私が掴みかけた三千世界の……〟
〝違うわ! 全然、違う!〟
突如、一陣の風が巻き起こり、マリオンを包みこんで水重の精霊風を消し飛ばした。そしてそれと同時に少女の声が割り込んでくる。その風に乗った少女の声は力強く、まるで直接、心に入ってくるように頭の中に響き渡る。
〝マリオンさん! 聞こえてる? その人の話を受け入れないで! 未来はそれぞれの人が握っているのよ。一部の人だけで未来は紡がれないわ。祐人はそれを知っている〟
「……え? この声は茉莉さん!?」
〝そうよ、茉莉よ。だからマリオンさん、祐人と一緒に戦って〟
マリオンは驚き、うまく状況が掴めない。
「ど、どこから!? どうして、茉莉さんが?」
〝祐人の実家から帰ってきたの。今、指令室のようなところにいて袴田君もニイナさんも静香も一緒にいるわ〟
「な! 駄目です! なんで戻ってきたんですか! ここは危険で……」
〝いいから聞いて、時間がないわ! 祐人はマリオンさんをその場に残したのは、マリオンさんを頼ってのものよ。そうでなければ祐人がこんな危険な戦いにマリオンさんを残すわけがないわ。だから、マリオンさんの力で祐人を助けてあげて!〟
「も、もちろん、そのつもりです! どんなことになっても祐人さんだけは……」
〝違うわ!〟
茉莉の怒りの混じった声色にマリオンはビクッとする。
〝全然違うの、マリオンさん、しっかりして! 今、あなたの前で戦っているのは祐人よ。他の誰でもないわ。よく見て、目の前で戦っている祐人の顔を! マリオンさんなら知っているはずよ、祐人のあの顔を!〟
「え……」
茉莉にそう言われて、マリオンはドベルクやジュリアンたちとともに高速移動をしている祐人を目で追う。
祐人に表情はない。
でもマリオンには分かる。
その目には恐怖はなく、この場を切り抜けようとする強い意志と守らんとするもののために、考えを巡らす冷静さを持っていることが。
あれこそ、日常の優しい祐人とは違う、マリオンの知っているもう一つの祐人の姿だ。
〝祐人はこの苦しい戦いの中でも勝利への道筋を立てているの。祐人の考える勝利はもちろん、マリオンさんを含めた全員が無事でこの状況を潜り抜けたときのことよ。それ以外は祐人にとって敗北。誰かを犠牲にしてでも勝とうだなんて微塵も考えていないわ〟
「……っ!?」
マリオンは驚く。
それはまるで茉莉がさっきまでの自分の考えや状態を見透かしているような言いようだったからだ。
〝それに祐人はやられない! 絶対にやられないわ! 祐人は瑞穂さんたちを守ると言っていたもの。ここでやられたら何も守れないじゃない。祐人は絶対に嘘はつかない、それは昔からずっとそうよ。でもそれには、マリオンさんの力が必要なの。共に勝利を目指して戦ってくれるマリオンさんの力が!〟
不思議と茉莉の言葉には、強い説得力があり、弱り切っていたマリオンの心に火が灯っていく。茉莉の言うことは間違いない、と頭ではなく心が理解したように。
〝マリオンさん、あなたは何ができて、何を望んでいるの?〟
「わ、私……ですか?」
〝突然、変なことを言ってごめんなさい。でもマリオンさん、祐人の強さはそこなの。祐人は自分で何ができるか、何を望んでいるかを知っているの〟
「……」
〝何故だか分からないけど、私、感じるのよ。祐人やマリオンさん、瑞穂さん……ううん、ここにいるすべての人の考えや想いが、少しだけ分かる。変えようとする人、得ようとする人、壊そうとする人、そして、守ろうとする人がここにいる〟
この時、四天寺家の指令室では神前孝明を始めとした面々が驚きの表情で茉莉の横顔を見つめている。今、孝明の送る風に茉莉は自らの霊力を乗せているのだ。
精霊使いが使う特有のスキルにもかかわらず、他者が……いや、このような芸当ができる能力者など見たことがない。
この少年、少女たちが突然、この指令室に押し入ってきた時、この少女から霊力が溢れているのを見て、孝明はただならぬ雰囲気を茉莉に感じ取った。
そして、もっとも驚愕しているのは、茉莉が今、見せている威厳すら感じるその横顔だ。
身体を覆う重厚で清らかな霊力……それでいて四天寺に起きている状況を裏の裏まで理解しているような口調。
何かしらの力を発現させていることは間違いないが、どのような力かまでは孝明にも分からない。
だが、感じるのだ。
この少女の振るっている力はまるで固有伝承能力にも劣らない稀有な希少スキルではないかと。
その茉莉が再び口を開く。だが、心なしか顔色が悪くなっていく。
〝マリオンさん、もう一度、言うわ。あなたを祐人は頼ったのよ、それは何故なの? 多分、マリオンさんしかできないことに答えがあると思うの〟
「私にしかできないこと……。私はエクソシストで……それ以上でもそれ以下でも……」
マリオンがそう答えると……息が乱れ、苦し気で弱々しくなった茉莉の声が聞こえてくる。だが、その声には茉莉の確固たる想いが込められていた。
〝そうよ、それでいいの。祐人がこの敵を前にしても頼ったエクソシスト。だから大丈夫……祐人もマリオンさんも、瑞穂さんも、きっと……。マリオンさんたちが望んだことにマリオンさんの神具も、精霊も瑞穂さんに応えてくれる〟
茉莉の呼吸がさらに荒くなり、発する声色も苦し気なものになっていく。
「私の神具が……答えてくれる?」
〝安心して……いつものマリオンさんでいて。悲劇は繰り返さない……いえ、祐人はそれすらも打ち破るわ。だから、マリオンさんも祐人を助けてあげて。祐人を一人にしては駄目なの……。祐人を一人にしたら……取り返しのつかない無茶をしてしまう……〟
そこで茉莉の声は途絶えた。
「ま、茉莉さん!? 大丈夫ですか、茉莉さん!」
マリオンは茉莉の異変に気づいて叫ぶが返事はない。
「茉莉さん……」
マリオンは……呆然とした表情で茉莉に言われたことや問いかけを心の中で反芻する。
すると……マリオンの心が急速に平常心を取り戻していく。
(私は……祐人さんが頼った……エクソシスト!)
そう考えるとマリオンは不思議と冷静になっていき、視界が広がっていく。
マリオンの眼前に死闘を繰り広げる祐人とドベルク、そして、今まさに祐人を背後から襲わんとするジュリアンとオサリバンがいる。
凄まじい霊力と妖気で身体を覆う超人たちが祐人に同時に仕掛けようとしていた。
マリオンは敵の強大な妖力を感じ取る。
この妖力を内に取り込んだことで彼らは恐るべき力を手に入れたのではないか。
マリオンの目に生気が宿った。
(私はなんて馬鹿なの! 私にも祐人さんのためにできることはある! ありがとう、茉莉さん、私は祐人さんを助ける……助けたい! 私の望みは祐人さんのそばで、祐人さんの望む勝利を手に入れること! 私は祐人さんを信じているから……祐人さんが好きだから!)
マリオンの全身から澄み渡った清流が輝きを放ったような青色の霊力があふれ出す。
青色の霊力……それは熟練し、いくつかの壁を乗り越えたエクソシストのみが手にする清らかな霊力だ。
そしてそれだけではなく、その青色の霊力の外側に黄金とエメラルドグリーンの光が現れる。
「こ、これは……ラファエルの法衣」
神具【ラファエルの法衣】を身につけるには、神に祈りを捧げながら全身全霊の霊力を捧げなくてはならない。そのためマリオンは一対一の短時間での大勝負にしか纏わない。
ところが今は、ラファエルの法衣の方から現れ、それでいてまるでラファエルの法衣の方から力が流れ込んでくるように感じられる。
法衣に装飾としてちりばめられたエメラルドとマカライトが光を放つ。
(私に力を貸してくれるの? ラファエルの法衣)
「マリオーン!」
そこに上空から聞きなれた覇気のある声がマリオンの耳に入り、マリオンは顔を上げた。
「瑞穂さん!」
瑞穂はマリオンの横に着地すると、充実した霊力を纏いながら、いつにもまして力の籠った目で立ち上がる。瑞穂の周囲には命令されずとも集まった多数の精霊たちがチカチカと光を放ち漂っていた。
「マリオン……行くわよ」
何故、瑞穂がここに? だとか、守られるべき瑞穂がここに来るべきではない、とか、そんなことをマリオンはまったく思わなかった。
そして、どこに行くのか? などとも思わない。
「はい、行きましょう」
何故なら決まっている。
(私たちが行くのは……)
不敵な笑みを見せる瑞穂と優し気な笑みをこぼすマリオンは大きく頷く。
「私は好きな人をこんなところで独りで戦わせないわ!」
「私より大切な人を困らせる方たちはお仕置きです!」
大声でそう言い放った二人は同時に強く地面を蹴った。




