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【書籍14巻発売!・コミカライズ全2巻】魔界帰りの劣等能力者  作者: たすろう
劣等能力者の受難

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忍び寄るもの


 琴音は今、足早に兄のいる水重の部屋に向かっていた。


(秋華さんのところに長居してしましました。秋華さん……強引なんですもの)


 つい先ほどまで、秋華の部屋におり、秋華がとりとめもない話をしてくるために帰るタイミングを掴めず、琴音には珍しく長話に時間をとられてしまった。


(お兄様と……今日はあまりお話ができていません)


 そもそも、一緒にいたとしても大した会話にならないのは分かっている琴音だが、それでも兄の近くにいるのが当然と思っている。

 いや、兄を見ていていたいのだ。

 あまりに高い上空を飛ぶが故に、誰にも知覚されず、理解されない兄。

 そして唯一、それに気づいているのは自分。

 であればこそ、せめて私だけは、兄の傍にいなくてはと思う。

 兄にとって自分が取るに足らない存在であったとしても。

 ところが、水重の試合が終わり、兄の勝利をいち早く称賛するつもりだったのだが、そこに秋華が現れ、一緒に夕食を、と誘いに来たのだ。

 もちろん、琴音は断ろうとしたが、水重に「行ってきなさい」と言われ、間髪入れずに秋華に手を引っ張られるように連れていかれてしまった。

 そのため、ここに来てから初めて、長い時間、兄の姿を見ずに至っている。

 急いでいる琴音だが、実は今の琴音の心は少々、弾んでいた。

 いままでこれほどまでに同世代の女の子と話す機会がなかったのだが、秋華との時間は正直……楽しかったのだ。

 だから、琴音は兄にこのことを伝えてみたいと思っていた。

 秋華と交わした会話の内容を水重に話してみたい。

 それでもし、水重が少しでも柔らかい表情を見せてくれたら……そう思うと、別の意味でも帰る足が速まってしまう。


(……え?)


 兄の部屋の近くまで来ると、琴音は眉を顰めて足を止める。

 何故なら、兄の部屋から退出していく人物を見つけたからだ。

 その人物は退出の際に屈託のない笑顔をして、部屋の中に顔を向けている。


「じゃあ、また返答を聞かせて欲しいな。いい返事を貰えると嬉しいよ、水重さん」


 そう言うとその人物は水重の部屋のドアを閉めると、琴音のいるこちらに歩いてくる。


(この人……たしか参加者の)


 見覚えのあるその少年と琴音は目が合う。

 一瞬、警戒してしまう琴音に対し、その少年は笑顔を見せた。


「やあ、琴音ちゃん、だったっけ?」


「あ……はい。あなたは……」


「ジュリアン・ナイトだよ、この大祭参加者の。覚えてない? ラウンジでもお話したじゃない」


「いえ、覚えています。それで……兄に何か用でも?」


「いや、大した用じゃないよ。同じ参加者のお兄さんと話がしたくてね、ちょっとお邪魔しただけさ。もう話は済んだから、じゃあね」


 ジュリアンは軽く手を上げて、にこやかに琴音の横を通りすぎていった。

 琴音はしばしそのジュリアンの背中を見つめると、水重の部屋のドアをノックした。中から、水重の「どうぞ」という声が聞こえ、琴音は中に入ると水重は窓際に立ち、外を眺めている。


「お兄様、遅くなりまして申し訳ありません。あの……今の方は……?」


「ああ……客人が来ていた」


 言葉少なめに答える水重は、こちらに顔を向けてはこない。

 また、重苦しい空気が流れ出すが、琴音はどうしても気になり口を開く。実家にいる時も水重に客人などとは聞いたことはない。また、水重に個人的な付き合いをしている人間も知らないのだ。


「一体、どのような用件で来られたのですか? あの方はたしかこの大祭参加者で、初戦も突破された方だったと記憶していますが……」


「ふむ……たいした話ではないよ」


「そうですか……」


 水重らしい回答。

 きっとこの兄にとってはすべてがたいした話ではないのだろう。

 もちろん、自分も、そして、兄に話してみようと思った秋華と盛り上がった話なんてきっと時間の無駄以外の何物でもない。

 琴音はそれ以上、この話題に踏み込むことをあきらめると、水重はこちらに向いた。


「さあ、琴音、もう自室で休みなさい」


 琴音は頭を下げると兄の部屋を出て行った。

 このような会話は慣れているはずなのにもかかわらず、琴音は自分の目が潤んでいることに気づいていた。





「運が良いといいますか、不運といいますか……。とんでもないのに出くわしてしまいましたねぇ。早く旦那に知らせたいのですが……」


 四天寺家の入家の大祭トーナメント戦初日。

 日の落ちかけたイングランドのコーンウォール地方にガストンは来ていた。

 その吸血鬼特有の高い身体能力で風のように跳びまわり、数十メートルの高さのある岩壁の海岸線中腹の影にガストンは身を潜める。

 ガストンは息を殺すように頭上の方に意識を集中させつつ、彫の深い目で自分自身の左腕の付近を確認する。

 今、伝説の不死者であるガストンの左腕はない。先ほど、自分自身で切り落とした。


(まさか……私のポジショニングに気づくとは思わず、油断してしまいました。この腕もすぐに切り落として正解です)


 祐人に今回の四天寺の大祭の参加者に不審な人物はいないかを探るように言われ、トーナメント戦進出を果たした名簿をもらうとガストンは思うところがあり、すぐにイングランドに飛んだ。


 それはかつて、ガストンがこのポジショニングの能力を奪ったフリーの能力者エドモンド・スタンが、よくこの場所に足を運んでいることを思い出したのだ。

 当時、ガストンはそのエドモンド・スタンと出会い、行動を共にする期間があった。

 その時はソフィア・サザーランドを失った直後で、ガストンは心身ともに憔悴し彷徨うようにロンドンの空港に訪れ、目的地もないままに空港のフライト表を眺めているところにエドモンドに声をかけられた。

 エドモンドは能力者だ。自分が人間でないことは分かっていたはずだが、エドモンドはそれにかまわずに話し続け、最後にこう言った。


「あんた、行くところがないんだろう? だったら俺の仕事を手伝わないか?」


 ガストンはソフィアから得たサトリ能力が働き、エドモンドの瞳の奥に、悪行を重ねてきた人間特有の深い闇を見たが、その時のガストンは心の中に開いた大きな穴にどんなものでもいいから埋めてしまいたい気持ちが支配し、エドモンドの申し出を受けてしまった。

 これがのちに、自分を狂気に走らせることなど、この時のガストンには思いもよらずに……。

 その後、行動を共にしたガストンはエドモンドがポジショニングなる能力で数々の組織に忍び込み、そこで手に入れた情報を売りさばくことで荒稼ぎをしていることを知った。

 また、エドモンドは生粋の悪党でポジショニングの能力を乱用し、数々の無関係の人間たちの家に入り込み、寝食をともにしたり、その財を平然と奪う。そして、時にはその毒牙は若い女性たちにも及んだ。

 千数百年の人生のほとんどを独りで過ごしてきたガストンは初めて人間の……エドモンドの持つ悪の本質に触れ、それに加え、得たばかりのサトリ能力のコントロールが未熟だったガストンは、込み上げる不快感に何度も嘔吐した。


 そのエドモンド・スタンには何人かの上顧客が存在した。

 普段、横柄な態度のエドモンドもこの上顧客の前では、卑屈なほど低姿勢で応対していたのをガストンは覚えている。

 その上顧客の中に……このコーンウォールに居を構えていた者がいたらしいのだ。

 ある時、このコーンウォールの地に同行したことがあった。

 いたらしい、というのは、その人間の家に行ったわけではないからだ。

 ただ、その人間と面会する時は、決まってこのコーンウォールの郊外にある寂れた一軒家の一室で会うとエドモンドがその時に言っていた。

 エドモンドはその人間と会う際、ガストンに「別室で待っていろ」と言い、ガストンはそれに従った。

 エドモンドの商談は思ったより長引き、埃くさい部屋の中で手持無沙汰のガストンは周囲の風景でも見ようかと考え、立ち上がった。

 ガストンは控えていた部屋を出て外に行こうとした時に、エドモンドたちがいる部屋の前を通った。

 その時、僅かに開いた古びた扉の間から、エドモンドたちのいる部屋の中が一瞬ではあったが目に入ってきた。

 それはある意味、異様な光景だった。

 というのも、エドモンドは床に両膝をつけ、相手に拝するようにしながら話をしていたのだ。いくら上顧客とはいえ、ここまでの態度を示す必要があるだろうか。

 また、その相手は、エドモンドの前で椅子に座り足を組み、まるでエドモンドを上から睥睨するようにしている。

 さらにその光景を異様たらしめているのは、その上顧客らしい人物が、まだ子供といって差し支えない容姿をしていたからだった。

 ほんの一瞬、目に入った光景だった。だが、ガストンはこの幼さの残る少年が能力者に間違いがないことを理解する。また、この時、気のせいかも知れないが、その少年の目がこちらに向けられたように感じ たが、ガストンはかまわずに玄関の外へ向かった。

 ガストンはその時の光景を思い出し……いや、厳密にはその少年の目を思い出すと全身に寒気が走ったのを覚えている。


 ガストンが祐人からニイナの作成したトーナメント進出の大祭参加者のプロファイルをメールで受け取ったとき、ガストンはロシアからスペインに移動をしようとしている時だった。ガストンはどの人物から調査をするか思案すると、その中にコーンウォール出身の能力者がいることを発見する。

 どの能力者も情報は少なかったが、祐人からの依頼の性質上、名の通った能力者でより情報の少ない人物から調べようと考えてはいた。だが、ガストンはこのプロファイルを見て眉を顰めると、何故かイングランド出身のこの能力者を最初に調べようとすぐに日本を飛び立ったのだった。


(それが、まさかビンゴだったとは、我ながら自分の優秀さに称賛したい気分ですねぇ。ただ、携帯を壊されたのは痛いです。なんとか、ここを切り抜けて街の方に行きたいところですが……)


 ガストンは岩壁の窪みから、視線を動かし、眼下に広がる波しぶきをあげる海を見つめる。


(ふむ……ここで戦ってもいいですが、あ、旦那に怒られますね……)


「そこか……鼠め」


 ガストンの頭上から、波音にも負けない女性の通った声が聞こえるとガストンはすぐさまその場から跳ぶ。


「おっとっと……」


 ガストンは十数メートル下方の岩の上に着地すると、先ほどまで自分のいた辺りが粉砕されたのを確認した。その原因を作った女性は上空からゆったりと下降しガストンの前方の空中に現れた。

 深紅のドレスを身につけ、カールのかかっている赤黒い髪をしたその女は、グレーの鋭い視線をガストンに向けている。


「何を探っているのかは、もういいわ、吸血鬼。ここで私があなたを殺してあげます。もう、十分に生きてきたのでしょう? 不死者」


「いえいえ……私は長くは生きていますが、ある人のおかげで私の人生は始まったばかりなんです。今は死ぬつもりはこれっぽちもないですねぇ」


「では、死ぬがいいわ!」


「人の話を聞かないご婦人ですね」


 女が右手を薙ぐと、身長190センチを超えるガストンほどの大きさをもった闇の刃がガストンに数十と襲い掛かる。


「あまり……私の力を低く見積もってはいけませんよ」


 ガストンは闇の刃の中を平然と立ち、その刃を受け止める。

 すると、間髪入れず、ガストンの立つ岩に向けて禍々しい姿をした巨大な鳥が直上から獲物を見つけた隼のように急降下してきた。

 その巨大な鳥の上には、ボロキレをまとった男が乗っており、殺気立った目をガストンに向けている。


「ハハッ! 逃さねーぞ!」


 だが、ガストンはその場から動かない。


「まったく……私を甘く見るな、と言ったのは、あなたにもだったんですよ?」


 ガストンは右腕を振りかぶると……なんと、その巨大な鳥の鋭いくちばしを素手で殴り飛ばした。漆黒の羽根に包まれた巨鳥はガストンの凄まじい膂力に、回転しながら鳴き声を上げ、上に乗っている男もろとも海に墜落した。


「……!? やってくれましたね! 吸血鬼!」


 女が髪を逆立てて激高するが、ガストンの実力を目の当たりにして明らかに先ほどよりは警戒心を持ったようだった。


「ふむう……左手がまだ戻ってないので威力も半減ですねぇ。まあ、逆に痛かったかもしれませんが。私と素手でやり合えるのは私の知る限り、私の友人だけです」


「吸血鬼が……我らを相手にこれほどの力を……まさか! 貴様、純粋種か!?」


「うるさいですねぇ……うん? さっきの厄介なのが来ますね」


 ガストンは女を相手にもしていないように数十メートルの岩壁を見上げた。その崖の上にはフード付きのローブをまとう小さな人影が複数見え、ガストンは嘆息するようにもらす。


「嫌ですねぇ、あの格好。もう少し、オリジナリティーはないのですか? あれでは教科書通りではないですか……謎の悪党の」


 ガストンは女に視線を移し、その彫の深い目を細め笑顔を見せる。

 実はその女はなかばガストンの【イクイヴォーカル】の術中にはまっているのだが、赤黒髪の女は、そのせいで自分の判断が鈍っていることに気づいていないようだった。


「ではでは……私は退散します。あんまり頑張ると旦那に怒られてしまいますからねぇ。あなたもせっかく美しいのですから、もっと穏やかにいることをお勧めしますよ。その赤いドレスは、あの連中より数百倍よいですが、この場所では場違いです。似合ってはいますがね!」


「吸血鬼風情が戯言を……!? 待ちなさい!」


 突然、ガストンはひらりと背中から体を倒したかと思うと、そのまま波の中に消えていってしまう。

 女は再び、闇の刃を夕日で黄金に反射する海面に放つが、波は何事もなかったようにその刃を受け止めるのみ。

 女は波間を睨むと悔し気に拳を固める。


「一体、あの吸血鬼は……」


“逃げられたか……赤い魔女”


「……チッ」


 赤い魔女と呼ばれた女は脳内に声が響くと、舌打ちをし岩壁の上へ上昇する。


“まあいい……。それにしても、この私の腐食虫に気づき左腕を切り落とすとは、吸血鬼とは便利な連中よな。しかし、何なのだ? あれ程の力をもった吸血鬼が何をしにここに来たのか……偶然か、いや、あり得んな”


“あの吸血鬼はあの家に踏み込んだ。ということは、だ。時期的なことも考えれば……四天寺に関係すると思うがな”


“まさか……貴様は四天寺が我らの存在に気づいたとでも?”


”いや、相手が吸血鬼となると、微妙だな。四天寺が吸血鬼コミュニティと縁があるとは考えづらい。……別の存在か、もしくは……。赤い魔女よ、何か気づいた点はあるか?”


「分からないわ……ただ、あの吸血鬼は妙なことを言っていたわね。たしか……“旦那に怒られてしまう”とかなんとか」


“……ほう”


“……”


“純粋種の吸血鬼と契約だと? それこそ馬鹿げた話だ。あのプライドの塊の連中と契約できるものなどおるのか? 吸血鬼と契約する能力者など聞いたこともない”


“まあ、いい。いずれにしても我々の計画も早めるとしよう……。計画が成れば、どのような者にも組織にも止めることはかなわん。要はそれに集中すればよいのだ”


“うむ……あ奴にも、遊んでないで戻ってこい、と伝えるか。本気でスルトの剣や伯爵の仇を取りにいったわけでもあるまい。我らの悲願が動き始める前の見せしめにするために四天寺に向かっただけであろう?”


“うむ……。で、海に落ちたルフはどうする?”


“放っておけ、そのうち自力で出てくるだろう”


 この会話を最後に岩壁の上にいる者たちは、姿を消した。

 赤い魔女は日の落ちかけた水平線を見つめると、髪と同じ赤黒い唇の角度を僅かに上げた。


「この世界の黄昏は、新しい世界の始まり……。フフフ、楽しみなこと」


 次第に太陽の光は衰え……辺りは闇が支配し始めた。




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