エピローグ
「それにしても……とんでもないわね、堂杜君は。ふむ、分かったわ。報告、ご苦労様。わざわざ中国まで行ってもらって申し訳ないわね」
「いえ……」
世界能力者機関日本支部支部長、大峰日紗枝は報告書に目を通すと秘書の垣楯志摩を労った。
機関の研究所応接室のソファーで日紗枝と志摩は真剣な顔で向かい合い座っている。
「志摩ちゃん、この報告でいけば、堂杜君の戦闘力……といっても戦闘力は一概には言えないけど、ランクにしてAAを下らない、という見解ね?」
「はい……この目で確認したのにもかかわらず、今でも信じがたいです。あの闇夜之豹が……四天寺によってその戦力を半減させられていたとしてもです」
「それに大胆な作戦よね、これ。たった3人で東側から全開で仕掛けて……一人でもやられたり突破されれば終わりよ? 考察すれば、これは恐らく瑞穂ちゃんの遠距離重攻撃が効いているわ。敵に堂杜君たちの戦力を見誤らせたのね。この闇夜之豹の中途半端な動きは明らかに東側以外からの襲撃に備えるようにしていたように見えるわ」
「そのように私も感じました。結果としてそれが堂杜君たちに有利に働き、闇夜之豹はあっという間に各個撃破されています。その最前線で戦っていたのが……この堂杜祐人君です。一緒に前に出ていたマリオンさんは、堂杜君が近接戦闘に集中できるよう補佐役に専念していたようですね。それでも闇夜之豹相手に、大したものです」
「まさか……狙い通り、ということかしら。だとすれば……」
「はい……瑞穂さんとマリオンさんは堂杜君の実力と特性をよく理解していることになります。瑞穂さんが言っていた1対1で堂杜君と戦えば勝てる気がしない、と度々、言っていたのも、このことを表していたんだと思います。にわかに信じることができませんでしたが……」
「ランクDだものね……それは仕方ないわ。私も真剣に確認をとろうとしなかった落ち度もあるし」
「いえ……そんなことは」
「じゃあ……本題だけど、どう? 堂杜君は。もちろん、とんでもない子だということは分かったわ。それでミレマー事件との関連付けとして、堂杜君はスルトの剣を倒すほどの力を持っていると思う? 報告書ベースではなくて、志摩ちゃんの見解は」
「はい。まず、その前に彼の実力ですが、実績からいえばSランクに匹敵するもの考えます。いえ……戦闘のあり方が彼の得意な形にはまれば、Sランク以上SSランク以下ともいえるかもしれません。彼の死鳥、燕止水を倒した実力は本物と考えます。大峰様も言っていましたが、死鳥は古傷で以前のような力がない、ということはなかったと推測します」
「! そ、そこまで……。何故、そんな子が新人試験でランクDなの? 手を抜いた? では何のために……」
「それは分かりません。ただ、ヒントになるのは剣聖と体術が互角との記載……。そう考えると、手は抜いてはいなかったのかもしれません」
「……そうね。となると……この機関の試験では測れない能力者だったということに。まったく、調べれば調べるほど、疑問が出てくるわ。なんていう子なのかしら、この堂杜君という子は」
日紗枝も志摩もこのような能力者を見たことがない。
しかし、彼が見せた実力はまやかしではないのだけは明らかだ。何故なら実戦においてその実力を示したのだから。
「じゃあ、スルトの剣を倒したのは、やはりこの子の可能性が高い……」
「いえ……率直に申し上げてその件に関して言えば、物足りない、というのが私の印象です。というのも、バルトロさんの調査では、魔神クラスの魔獣の召喚の形跡がありました。それを個で倒すほどのものとまでは……」
「……ふむ」
「それともう一つ、ミレマーでのことと彼とが結びつかないものがあります」
「それは?」
「各都市を襲った妖魔の大群を退けたという……契約人外の存在です。もし彼がそのミレマーを救った人物ならば、このような戦いに投入してくるのが自然な流れだと思います。ましてや、彼は明らかに近接戦闘型の能力者……。ミレマーに現れ各都市を守ったその人外たちは神獣クラスと考えられます。これが、どうにも結びつきません。しかも、これが複数……これも信じがたいですが」
「……確かに。契約人外を持つ者やその家系の者は、一般的に契約人外の力を100%引き出すための修行を積んでいるわ。それに対してこの子は、自らが前線に飛び込んで、敵と対峙している。まったく対照的な戦い方ね……」
「はい……」
「ということは……分かったのは、この少年が超人的な強さにもかかわらず、ランクDにされていた、ということだけね。まあ、それだけでも私たちにとっては、はかり知れない恩恵があるのは間違いないわ。ミレマー事件の方はまだ分からないままだとしても、その意味ではこの調査は大成功もいいところ」
世界能力者機関に所属する最高戦力といえるランクはSS、S、AAをさす。
それら一人一人の存在が各国の機関に対する態度と評価を決め、そして警戒心を抱かせる存在でもあるのだ。
現在、戦闘系に特化すればSSは5人、Sは7人、AAは12人の能力者が所属している。SSの能力者の実力は主要国の一軍に匹敵する、と言われているのだ。
機関が決して一般人には手を出さないと公言していても、力がある、とうことは、これら警戒心を避けられないのは当然とも言える。
また、機関も力があることを警戒されるというのは、交渉のカードにもなることを知っている。
綺麗ごとだけでは、機関の悲願である公機関への移行は成せないのも分かっているのだ。
だからこそ、今回の闇夜之豹の機関に対する敵対行動は放置できなかった。
その機関に突然、ランクSクラスの能力者が増える、ということは、世界の力関係に影響を与えるほどの大事件である。
この少年の存在が明るみになれば、機関の存在感、影響力は否が応でも上がることを意味していた。もちろん、機関の理念の賛同者であり、機関と強く結びついている、というのが大前提になる。
であるからこそ、機関本部のバルトロは調査を急ぎ、ミレマーを救ったその人物を捜査特定したのちに、いち早く機関に取り込むことを考えたのだ。
機関に所属していない能力者ならその対策とできるならばその力に見合う待遇で勧誘。
万が一、機関所属の能力者であれば、機関は能力者の独立、自営も認めているので、待遇を優遇し、幹部として機関の仕事に専念してもらうようにしなくてはならない。
「堂杜君をもっと調べましょう、大峰様。色々と分からないことが多すぎます。まず手始めにですが、新人試験で何故、彼を実力通りに判定できなかったのか? というところからがいいと思います。いきなり、色々と動きすぎては世界に対して目立ちますし、目立てば彼に各国からの勧誘合戦を引き起こしかねません。堂杜君の実力でランクDであることを知られれば尚更です。堂杜君は将来の機関幹部としての実力を持っているのは間違いありません。必ずや取り込まなければなりません」
「……そうね、慎重さが必要かもしれないわね。今回の闇夜之豹壊滅の手柄は、瑞穂ちゃんとマリオンさんにして、それとなくその情報を流しておく方がいいかもしれない」
すると日紗枝と志摩がいる応接室の扉がノックされた。
「大峰様、よろしいでしょうか?」
「どうぞ、いいわよ。何か?」
機関職員が入室してくると背筋を伸ばす。その顔には若干の焦りのようなものが感じられた。
「大峰様……大峰様に面会を求めておられる方がお二方、来られています」
「……面会を? 二人も?」
日紗枝は怪訝そうな顔をし、志摩を見た。
秘書である志摩は何も知らないというように首を振る。
「悪いけど、断ってもらえる? 今はとても大事な話をしているのよ。その方には改めてアポイントをとるように伝えておいて」
「そ、それが……来られている方というのが……」
「うん? 何? 誰なの?」
「剣聖アルフレッド・アークライト様です」
「はあーん!?」
機関職員から出てきた意外すぎる大物の名前に日紗枝だけでなく志摩も驚愕した。
「アルが!? 何でこんなところに来るのよ!?」
「は、はい、どうしても大峰様に面会したいと……」
「だったら事前に携帯に電話してきなさいよ! 何でこんな忙しい時に……」
「お、大峰様……相手が剣聖ではここでお返しするわけには行きません。直接、来るのであれば何か大事な用件があるのではないでしょうか?」
志摩に諫められて日紗枝は溜息をつき、肩を落とす。
「そうね……分かったわ、ここに通してもらえる? まったくあいつは……こちらからの連絡は中々、繋がらないくせに」
「承知いたしました。それと大峰様……」
「他に何かあるの? あ、二人いるんだったわね。アルと一緒に来た人?」
「いえ、別々に来られたようで、たまたま、剣聖と重なっただけと仰っていました」
「え……? 誰よ」
「……四天寺朱音様です」
この機関のVIPの名前に、日紗枝は改めて、
「ええ!? 朱音様が!?」
と、驚きの声を漏らしてしまうのだった。