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呪いの劣等能力者⑩


「首領! ここだよ! な、鞍馬」


「おうよ、筑波、この部屋にいた!」


「ご苦労様、本当にありがとね、鞍馬、筑波」


 祐人はしゃがんでにこやかに鞍馬と筑波の頭を撫でた。

 鞍馬と筑波は気持ちよさそうに喜ぶ。

 実は祐人が水滸の暗城に踏み込んだところで、この二人が突然、現れると飛ぶように抱き着いてきたのだ。そして聞いてみれば、鞍馬と筑波はここに着いてからずっと潜伏していたことから中の構造は大体知っていると豪語するので、アレッサンドロの部屋まで案内をしてもらったのだった。


「なあなあ、首領、私たち役に立った?」


「なあなあ、ご褒美はもらえる?」


「もちろん! 帰ったらご褒美をあげるから、先に帰っていてね。外には僕の仲間が二人辺りを警戒しているから、声を掛けてごらん。その二人は特に鞍馬と筑波のお手柄にとても感謝していたから」


「おお! 仕方ない、声をかけてあげよう!」

「おお! その人たちからもご褒美もらえそう!」


 そう言うや、鞍馬と筑波は先を争うように部屋を出て行った。


「……さてと」


 祐人は立ち上がり、表情を消す。

 斜めに傾いた部屋の中を一通り見渡すと、傾いた部屋の中で倒れることもなく不自然に置いてある本棚を見つめた。




 水滸の暗城の名の由来となった北側にある大きな池の西側、そこにある粗末な小屋の扉が開く。


「よし、納屋においてあるジープを出す。待っていろ、ロレンツァ」


 アレッサンドロとロレンツァは秘密の脱出口である小屋にまでたどり着き、若干、息をついた。途中、建物が傾いたために通路が繋がっておらず苦労したが、この通路の設計士でもあり、錬金術師でもあるアレッサンドロが魔力で道を応急処置しながら進み何とかここまで来た。

 もちろん、応急処置したところは通りすぎたところで破壊している。

 アレッサンドロがまわしてきたジープにロレンツァは乗り込むとアレッサンドロに顔を向けた。


「あなた、それでどういたします? これから」


「そうだな、まず軍の基地に向かおうか。そこならば、たとえ追いかけてきたとしても手は出せんだろう」


「ああ……そうですね」


「どうした?」


「いえ、部屋に残した私の呪詛や占いのための祭器を残していくのが、口惜しくてなりません」


「まあ、堪えろ、ロレンツァ。奴らが退散した後に回収できるものはすべて回収させる。それに我ら二人がいれば、いくらでもやり直しがきく。その上で長い年月をかけて、機関の連中……特に今回、ここに来た仙道使いの小僧と四天寺にはそれ相応の目にあわせてくれる。死んだ方がましだ、と思わせるぐらいにな……ククク」


「フフフ、そうですね。必ずや……」


「それに我々には、これがある。基地に着いたら、早急に祭壇を設けるぞ」


 そう言い、胸からアレッサンドロはマリオンの髪と幾何学模様の描かれた羊皮紙を取り出す。


「はい、それがあれば、どうとでもなりますわね」


「フッ、そういうことだ」


 アレッサンドロはニヤリと口元を歪めると、アクセルを踏み、水滸の暗城を背に北に向かいジープを獣道の間を走らせた。

 そして……ジープがその場から離れた直後に、水滸の暗城の脱出口の小屋から出てくる人影があった。




 ジープが森の中の悪道を抜け、木々の葉を煩わしそうに扇子で弾いたロレンツァが憎々し気に口を開く。


「それにしても、今回はあの小僧と四天寺にしてやられましたわ。特にあの小僧……あの小僧がいなければ今頃、私たちはアズィ・ダハーク様をお招きしておりましたのに……ああ、憎らしい」


「……あの小僧についての情報が全くなかった。これほどの力を持った能力者を機関はランクDに添えていた。恐らく……愚かな機関も知らなかったのだろう、いや、その実力を測れなかったのかもしれんな……。何という阿呆ども! だが結果として、それが我々の計画を狂わせたのだ。機関の愚鈍さに我らが巻き込まれた形になった……はらわたが煮えくり返るわ」


「ですが、あの小僧は満足なのでしょうか? あれだけの戦闘力を持って、たかがランクDの扱いを受けて、それではその辺の劣等能力者と同じ烙印を押されているようなもの……。それにあの異界の知識……」


「確かに不気味な小僧だな……何が目的で機関に所属しているのか? この小僧は危険だな。最優先で徹底的に調べ上げる必要がある……うん? チッ」


「どうしました? あなた」


「どうやら、パンクしたようだ。こんな時に……!」


 アレッサンドロは運転席を飛び降りて、イライラとした様子で後部車輪のタイヤを確認した。見れば後部車輪のタイヤは二輪とも破裂し、完全に用をなさなくなっている。


「ム!? これは……ロレンツァ!」


 アレッサンドロに呼ばれて、ロレンツァも車を降りる。


「何か……」


「このパンクは自然のものではない! 誰かいるぞ!」


「……!」


 そのパンクは明らかに、外部からの攻撃でパンクしたものとしか思えない。アレッサンドロとロレンツァは周囲に最大限の警戒をするが敵の気配はない。


「機関の能力者か……ハッ、また契約人外の類か!?」


「だから、それは違うと言っているだろうが……」


「!」


 アレッサンドロは突然に返答があった声の在処を探すと、その声の主は先程自分が座っていたジープの運転席にいた。


「き、貴様は……いや、その声は先程の!?」


「お前は仙道使いの小僧!」


 驚愕し、身構える錬金術師と呪術師を前に祐人はゆったりとした動きでジープを降りる。


「言っただろう? 僕は……お前らにとっての呪いだと」


「な、何を死にぞこないが!」


 ロレンツァが扇子を広げ、水平に祐人に投げつけた。

 祐人は立ち位置も表情も変えずに、その扇子を右腕から現れた倚白で薙ぐ。その扇子は真っ二つに切られて、祐人の背後にある木々に突き刺さった。


「クッ!」


 祐人に軽くあしらわれるようにされ、アレッサンドロとロレンツァは顔を歪ませる。


 本来、アレッサンドロとロレンツァは実戦闘を得意とする能力者ではない。であればこそ大きな組織に寄生し、その内部から権力を握ろうとしたのだ。

 アレッサンドロにしてみれば、最前線で敵と遭遇し自らが戦うなど鼻から考えてなどいない。それは駒である闇夜之豹のような者たちがすればよい。

 そして、それらを駒として、数字として動かしていくのが自分、アレッサンドロ・ディ・カリオストロの生まれついての立ち位置なのだ。

 この考えは今も昔も変わらない。200年前、民衆たちが自分たちに反旗を翻したときも、何故、それが分からんのか、とアレッサンドロは涙をした。

 頭も能力もないのならば、頭も能力もある自分に任せて、指示を待つのが当たり前なのだ。

 その命も人生も自分に任せればいい。

 大きな視点で人々の生活をとらえれば、それが最終的に幸せへの最短距離になる。

 その途上で起きた犠牲や被害など些細な事だ。

 愚民に理屈を説くことなどは無意味で、貴重な時間の無駄である。

 今回、起こした行動も長い目で見れば、時代の影で生きてきた能力者のため……いや、ひいては人類全体のためになる、という崇高で遠大な目的のためのもの。

 それも分からずに、このアレッサンドロを非難し、怒り、ここまで来たこの小僧のやり方は、逆恨みの何物でもない。

 アレッサンドロにしてみれば、その馬鹿で愚かでしかない少年が一歩前に足を進める。


「……う」


 思わずアレッサンドロとロレンツァは後退った。

 見た目は重傷でも、この少年は、ほぼ一人で闇夜之豹を壊滅させたのだ。そして、何よりもその眼力に気圧された。


「おい……お前らには色々と聞きたいことがある」


「……何をだ、小僧」


「まず聞きたいのは、その半妖魔の体はどうやって手に入れた? スルトの剣という奴らもそうだったが、お前らとの繋がりは? あるんだろう? それとあの認識票にかけられた術式……。おそらく同じルートだろうがどこからヒントを得た?」


「……それを聞いてどうする小僧」


「二つ目はアズィ・ダハークをどこで知った? いや、誰に吹き込まれた?」


 アレッサンドロの目が驚愕に染まる。

 ロレンツァから、この少年が異界のことについて何らかの知識があるとは聞いてはいた。

 だが、少年のこの物言い……これはまるで魔神アズィ・ダハークを知っているようではないか。


「き、貴様は何者だ。何故、そこまで……」


「聞いているのはこちらだよ。答えろ……」


「……!」


 祐人の眼光にアレッサンドロもロレンツァも息が詰まる。

 だが、次第にアレッサンドロは表情を整え、慇懃な振る舞いで祐人に声をかけた。


「よし……いいだろう、どうやらお前は色々と知っているようだな。それで我々の持つ情報に興味があると……。それではどうだ? 交換条件といこうではないか?」


「……交換条件?」


「お前の聞きたい情報を我々が教えてやる代わりに、お前は今回の件から手を引く。もちろん、今後、あの金髪の娘には手を出さんと約束もする。それがお前の目的のようだからな。お前の顔は潰さんよ。そして、お前の今、持っている異界の知識を提供してくれるというのなら、それ相応の対価も払うが……どうだ?」


「へー、対価ね……それはどんな?」


(乗ってきた! ククク、ある程度の手の内は見せた方が信用も得られるか……この状況だ、仕方あるまい。それに取り込めるなら取り込んでおきたい小僧だ。実際、こいつには何かありそうだしな……。いや、ここは慎重にいかねば! 今は欲をかいている場合ではない。とにかくこの場から離れることを最優先に……)


「おい、あんた。それで対価はどの程度なんだよ」


「あ、ああ! 当然、金銭的なものは保証する。いくらでも言ってくれて構わんぞ? 知っての通り、こちらのバックは中華共産人民国の国家予算で賄えるからな。それとだ……」


 アレッサンドロは祐人の目を見てニヤッと笑い、一拍置く。

 いかにも今から、お前にとって有益なものになる、と言わんとするような演出をした。

 それに対し祐人は片眉を僅かに上げて、アレッサンドロの言葉を待つ。


「お前の機関での立場……そのランクというものを、ある程度ならこちらで上げることも出来るぞ? 本来、お前の実力でランクDということはあり得んが、機関の試験ではお前の実力を測ることが出来なかったのだろう。まったく、愚かなことだが……」


 祐人は一瞬、目を大きく広げた。

 それをアレッサンドロは見て、大袈裟に肩を竦める。


「まあ、今回の働きでお前のランクは上がるだろう。何といってもたった3人で闇夜之豹を叩き潰したのだからな。とてつもない戦果だよ。機関も驚きを禁じえないだろうな……。だが、それでもお前の新ランクはせいぜいランクBだ」


「……」


「通常、機関のランクはAAまでは試験を受けなければならないのは知っているな? 実績でランクを上げる制度もあるが、そちらはランクS以上以外は、上げたとしても2ランクまでだ。過去約80年の機関の例として、実績だけで3ランク以上の昇格をさせたのはたった一人だけ。だから、このままではお前は良くてランクB止まりだ。それにあのランクAの二人の小娘に手柄を持っていかれるだろう。“ランクDが闇夜之豹を相手にそこまで活躍は出来まい、ランクAの二人の裏でおこぼれをもらったのだろう。さすがは四天寺、流石はオルレアンの血統”と、判断されるのが落ちだ。実際はお前の活躍があってのものだとしてもな」


「ふーん、あんた……随分と機関の内情に詳しいんだな」


「フッ、私もただ長く生きているわけではない。機関は実績だけでランクを上げるのを嫌がっているのさ。というのも、それではせっかく立ち上げた試験が蔑ろにされかねんからな。機関はどうしても試験を受けてほしいのさ。……何故だか知っているか?」


「いや……」


「表向きは能力者の特性を知り、それに見合う効率的な依頼をあてがうため、となっているが、そうではない。あれは……リスク管理なのだよ」


「リスク?」


「ああ、そうだ。もし……能力者の一部が社会に対し反乱を企てたとしたらどうする? もちろん、現在の既存社会を守る意思のある能力者はこれらと対峙することになろう。機関のような組織を作った連中は特にな。それでその時に……相手の能力の特性を知っておくことは重要だと思わんか?」


「……」


「世界能力者機関の発足の経緯は能力者大戦から始まっているのだ。能力者の持つ術や技は千差万別。力は弱くとも、その能力如何では大物も喰うことがある。それで、大きく戦況も大いに変わることがあるのだよ」


 かつて第一次大戦の裏側で能力者同士が大規模に争った歴史があるということは、祐人もガストンから聞いていた。


「そういうことが実際にあったのか? その能力者大戦時に……」


「……うむ。だが、大事なところはそこではない。お前はそのような機関に所属している。しかも、見ている限り随分と忠実に働いているのではないか? 実力に見合わないランクDという劣等ランクにされてまで。いいのか? 機関はランクを上げる機会は必ず試験を受けさせる。それは、お前の術や技がどんどん見抜かれ、解析されていくということだ。それで目をつけられれば、もっと調査が入る可能性も否定できんぞ?」


「……なるほど、ね。それは困るな」


「どうやら何故か、お前は異界のことを色々と知っているようだ。これは我々のトップシークレットでもあるのにだ。ということは、お前にも色々と事情があるのだろう? どうだ? この取引に応じてくれればランクAAは保証しよう。ランクAAから昇格しようとすれば試験の必要はない。つまり、お前は試験を受けなくてもよくなるぞ。あとは上手く立ち回れば、報酬だって今までのものより比べ物にならないだろう。どれもお前にとって悪い話ではない」


「……ふむ」


「何を悩む? 約束は必ず守らせてもらうぞ? お前ほどの実力者との取引はそれだけの価値がある。私は足し算、引き算くらいはわきまえているつもりだ」


「そうだな……」


 アレッサンドロは交渉成立と見て、表情には出さなかったが内心、安堵した。その横でロレンツァもニヤリと笑みをこぼす。


「うむ、では……」


「いや、対価としては、もう一つ弱いな」


「は? クッ……見た目によらず随分と欲が深いな。まあ、そういう人間は嫌いではない。むしろ信用がおけるからな。それで……お前はさらに何を要求するつもりだ?」


「欲が深いとは心外だね。むしろ、今、あんたが提示してきた条件はすべていらないよ。必要もない」


「何!? では何を……!」


「僕がお前らに望むのは、ただ一つ……」


 祐人の瞳の奥に怒り……全身から湧きあがる怒りがほどばしった。

 謂れもなく呪詛にかけられた投資家たちとその家族。

 その中には瑞穂の友人である法月秋子がいた。

 秋子は極度に衰弱し、髪の毛の大半が抜け落ち、その干からびたような唇を僅かに動かして涙した。従妹からお見舞いにもらった(くし)が必要なくなったと……。

 それは年頃の少女にしては、あまりに残酷な状態だったろう。

 また、祐人の大切な友人であり、戦友でもあるマリオンを拉致しようと画策し、その目的は魔神を召喚するための生贄にするというものだった。ましてや、それを邪魔する人間をすべて殺すことも厭わないもので瑞穂や明良も、その身を危険にさらした。


 さらに……、


 そのマリオンを拉致するために雇われた、かつて死鳥と呼ばれた男。

 その男は恵まれない生まれから、闇に誘われ、闇に生きた。

 だが、その男は出会ったのだ。

 その闇から抜けだす温かみをくれる人々に、家族に……。

 初めて知った人生の喜びも束の間、闇はこの男を追いかけてきた。

 この時、燕の姓を受け生まれ変わったこの男が……出した決断。

 それは家族となった子供たちを守るために……闇と繋がる自らの生を断つ、という壮絶な決意をさせた。

 そして今、その男、燕止水は生死の境を彷徨っているのだ。


 そのすべての元凶が、祐人の前にいる。

 しかも、その元凶の狙いは魔神によって人間を管理する世界。

 それを成そうと数々の人間が巻き込まれ、失われた命も数知れないだろう。


「僕の望みは……貴様らの贖罪。その身をもって贖罪をしろ」


「な、何だと……!?」


 祐人の視線が、全身から出る仙氣が、アレッサンドロとロレンツァに鳥肌を立たせる。


「……言わなかったか? 僕は……貴様らにとっての呪い。貴様らの存在を消すための、決して解けることのない呪いなんだよ」


 祐人は愛剣倚白の刃先を下方から静かにアレッサンドロたちに向ける。

 そして……気迫と共に辺りの木々がざわめくほどの声を上げた。


「貴様らの目的のためだけに……人を呪詛で巻き込み、弄び、小さな幸せを欲した人たちを踏みにじった貴様らに! その相応しい最期をこの僕が与えてやる!」





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