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呪いの劣等能力者


「こ、こいつら!」


「どうしますか、瑞穂さん!? この妖気は……もう、人間の部分が隠れてしまって、もはや妖魔そのものとしか感じられません……」


「瑞穂様、仕方ありません! 苦労して捕縛はしましたが、これではこちらが押し切られます! 死鳥の人質に何かあったら元も子もありません」


 人間の面影は完全に消え、奇声を上げながら迫ってくる元闇夜之豹の能力者たちに瑞穂たちは攻撃を加えてはいるが、初手で中途半端な対応してしまい、今、状況が悪い。

 その理由としては、彼らが人間である可能性を否定しきれないためであった。

 完全に捕縛し、戦闘能力を失ったはずの人間に攻撃を仕掛けるのを一瞬、ためらったのだ。そのため、巨大化しながら妖魔化した闇夜之豹たちは完全に自由を勝ち取り、近距離からの攻めを受けることになってしまった。


「仕方ないわ、やるわよ!」


(でも、この近距離では大技も使いにくい! こちらには子供たちもいる、一旦、引くことも出来ない)


 瑞穂は対応が後手に回ったことに、内心、舌打ちするが、ここは力で押し返さなければならないと切り替える。

 だが、この直後、四天寺従者の一人に妖魔が二体張り付いたため、むしろ敵に力技で押し切られた。


「うわ!」


「ハッ、しまった! 明良!」


「瑞穂さん、私が行きます!」


「マリオンは駄目よ! あなたは下がってなさい! あくまで敵の狙いは……」


 瑞穂の指示が届く間もなく後方から全員の防御に専念していたマリオンが、思わず前面に走り出す。


(ククク、待ってたわよ……この時を)


 マリオンが前に出ると、突如、地面が黒くぬかるみだしマリオンの両足を重くさせる。


「これは!」


 地面の異変に驚き、跳躍しようとするが、マリオンの足をぬかるんだ黒い土は放さないどころか、より絡みつき、動きを取らせない。そして、その黒い土はマリオンの足から這い上がっていくように、上半身にも絡みついていく。

 瑞穂たちも妖魔に対応しながらも、マリオンの異変に気付いた。

 すると、その地面から嫌悪感を覚える女性の声が響いてくる。


「フフフ、この子は頂いていくわ……お前らはせいぜい、その化け物たちと遊んでいなさい」


 身動きの取れないマリオンの背後にロレンツァが現れ、口元を扇子で隠しながら目を垂らした。

 突然、姿を現したロレンツァに瑞穂たちは目を剝く。


「おまえは!? マリオンを放しなさい!」


「ククク、この娘は大事な贄……妖魔たちと共存する世界を創造するのに必要なのよ? 今、あなたちが遊んでいるその子たちのように全員がなれる平等で、争いのない世界のために」


「こ、こいつ何を言って……何をとち狂ったこと言ってるのよ、あんたは!?」


「瑞穂さん! 攻撃してください! この人から人間とは思えない凄まじい邪気を感じます! しかも、これは法月さんのところで感じた……」


「え!? じゃあこいつが今回の呪詛の?」


「黙りなさい、忌まわしい小娘!」


「っ!」


 マリオンはロレンツァの扇子で頬を叩かれ、唇を切るが、その目に力をさらに込めた。


「瑞穂さん! こいつはここで私を殺せません! 早く攻撃して……!」


 マリオンが叫ぶように口を開くと、マリオンの喉元にロレンツァが扇子を置く。


「黙れ、と言っているのよ? 小娘。別にお前は息さえしていればいいの。お前の声帯を潰そうが、手足の靭帯を切断していてもこちらは構わないの」


「や、やめなさい! あんたの目的は何なのよ!?」


「では、この子は頂いていくわ。ごきげんよう、四天寺の精霊使いたち……次に会うときはお仲間よ。特にお前たちは今回のご褒美に私たちの先兵として働かせてあげるわ。ククク、ハハハ! アズィ・ダハーク様も喜ばれるでしょう! お前たちはその体が崩壊するまで戦い、この下らない世界の変革を見届けるがいい!」


「……逃さないよ」


「……!」


 この時、突如、背後から聞こえてきた声にギクッとロレンツァはする。

 直後、ロレンツァの横腹に強烈な衝撃が走った。

 バン! という衝撃音と同時にロレンツァはその場からはじけ飛び、低空で滑空すると受け身もとれずに広場の端の大木に衝突する。


「フグァ!!」


 ロレンツァはあばらをへし折られ、白目を剥き口元から血を吹き出した。

 そして目の前からロレンツァが消えたかと思うと、瑞穂たちの横から冷静で淡々とした声が上がる。


「こちらは任せろ……堂杜祐人」


 すると、瑞穂たちが何とか突進を抑えていた妖魔たちの半数が体の中央に大きな穴を開け、さらに拉げるように脳天から叩き潰された。

 

「!」


 あまりの急展開に瑞穂もマリオンも現状認識が追い付かず、自分たちの前に忽然と現れた二人の仙道使いに目をやる。マリオンの拘束が解け絡みつく黒い土は大地に戻った。

 この事態に明良も呆然とし、まったく身動きができなかった。


「祐人!」


「祐人さん!」


 瑞穂とマリオンが叫ぶ。

 目の前に現れた祐人……そして、もう一人の仙道使いに明良は目を大きくした。


「お前は死鳥! 何故!? 死鳥までが」


「俺は……燕止水だ。もう死鳥ではない」


「は?」


 止水の言いように瑞穂とマリオンも明良と同様、呆けてしまうが、徐々に止水の説得に祐人が成功したのだろうと理解し始めた。

 そして、ここで二人のあまりにボロボロの姿に瑞穂たちは驚く。

 祐人も止水も全身の傷で各所が血で赤く染まり、また、二人とも左腕をダラリと下げており、止水はなんとか右腕で棍を握ってはいるが、祐人は倚白を持ってはいない。

 よく見れば、祐人の右腕は表面の傷だけではなく、内出血で広範囲に黒い痣のようなものが広がっていた。

 瑞穂とマリオンには厳密にどのような状態か分からなかったが、祐人の右腕は握力を失いかけているようで、それで倚白を持っていないのだと悟る。


「祐人! 大丈夫なの!? ちょっと……それは」


「あああ、祐人さん、祐人さん! あれほど無理はしないでくださいって……」


 顔を青ざめさせる瑞穂と涙を浮かべてしまうマリオン。

 止水は残った蠢く妖魔を牽制するように、棍を構える。

 止水の正面にいる妖魔はかつて百眼と呼ばれていた男の成れの果て……。


「堂杜祐人、ここは俺に任せて、あの呪術師の女を」


「分かった。瑞穂さんたちはここをお願い! 僕は大丈夫だから! 種を植えられてここまで妖魔化してしまったこいつらはもう……元には戻せない。せめて、ここで終わらせてあげて」


「え?」


「……種? もしかして認識票が?」


「あとで説明するよ! 燕止水を前面に出してフォローをお願い! 僕はあいつを!」


「ちょっと! 祐人! そんな体で……って、この馬鹿ぁぁぁ!」


「祐人さん! 後で絶対、説教ですからぁぁ!」


 ロレンツァに向かい颯爽と走り出す祐人の背中に瑞穂とマリオンの怒りと呆れが入り混じった叫び声が叩きつけられた。

 その後ろで止水は鼻を鳴らし「……やるぞ」とだけ言うと、残った妖魔たちに突撃をしかけた。




「あんたが今回の呪術師だね」


「グウ……こ、小僧……この私に! この私に!?」


 ロレンツァは自らの体で倒した大木の幹の根元で、自分を見下ろす祐人を睨む。


「動くな。あんたには……聞きたいことがある」


「何を……小僧ごときが生意気な…………うっ!」


 祐人からの眼光から強烈な威圧を受けて、ロレンツァは動きを止めた。


「別にここですぐに終わらせても……いいんだよ?」


 祐人の静かな語りに、恐怖心が芽生えたが、ロレンツァはそれを隠すように笑みを見せる。


「……何を聞きたいのかしら? 坊や」


「そうだね、まずその前に……呪詛を解いてもらうか? 今回、あんたが呪ったすべての関係者の」


「ククク、それは無理ね……私の呪詛は一方通行。私をここで殺しても呪詛は残るわ。呪いを解きたいのなら、闇夜之豹の本部にある祭壇を破壊することよ。大国、中華共産人民国の防衛網と私たち闇夜之豹が構築した結界、そしてあらゆる侵入者に対しても対応出来る闇夜之豹たちの防御網を突破でもしてね」


「ふむ……やっぱりそうか。それもあり得るとは思ってた。分かった、そうするよ」


 祐人の淡々とした応答に憎らし気にロレンツァは臍を噛むが、それを無視するように祐人は口を開いた。


「じゃあ、質問だけど聞きたいことは2つ。一つはマリオンさんを攫って何をするつもりだった?」


「……」


「もう一つは、その妖魔の力を取り込んだその体……その術はどこから学んだ?」


「フン……それを聞いて、坊やはどうするつもり? まさかあなたも妖魔の力を……」


「異界との繋がりがお前らにはあるのか? 僕らは魔界と呼んでいるけど」


「!」


 祐人の思わぬ質問を受け、ロレンツァの顔に驚愕の相が見える。


「……どうやら、あるようだね。ということは、スルトの剣ともお前らは繋がっている可能性は高いわけだ。ロキアルムとかいうやつも妖魔の力を取り込んでいたからね」


「な! 何故、お前がそれを!?」


「……質問をしているのはこちらだよ?」


「ひ!?」


 祐人から発せられる、身を砕くような殺気にロレンツァは小さな悲鳴を漏らす。


「誰から学んだ? もしくは、誰に施された? いや、これも違うかな……どの魔神と通じてる、かな?」


「お、お前……お前は一体」


(何者なの!? この小僧が何故、異界の魔人の存在まで知っている!? この小僧は……まずい。生かしておけば、我らの最大の障害に……っ!)


 突然、祐人がロレンツァの顔の真横に前蹴りを放つ。

 その蹴りで倒れた大木の幹に膝下ぐらいまでめり込んだ。


「……答えろ」


 全身から冷や汗を流しながらロレンツァは、必死に頭を回すが、祐人の鋭い視線を受けて息が止まる。


「悪いけど、お前の態度によっては……事を穏便に済ませる気はないよ?」


 ロレンツァはしばらくの時間、祐人を睨み返すとニヤリと口角を上げた。


「今……私たちは敬愛する盟主に従っているだけ」


「盟主? そいつが、お前らと関係する魔神……か? どこにいる?」


「ここにはいないわ」


 祐人はロレンツァを見下ろす。


「ここには……いない、ね。ここ、とは……この世界のことか? ということは、お前らがマリオンさんを攫う理由は、まさか、この世界にその盟主を召喚する気か!?」


「ええ、あの小娘の血を贄にしてね、ククク」


「お前らは……! 生贄に人質、そして、呪詛……どこまで腐って」


「あら、召喚に触媒が必要なのは当然のこと。召喚する相手が強大なら強大なだけ、より価値のある触媒が必要。あの小娘はそれに選ばれたのよ? この世界を変える贄として! こんなに光栄なことはなくてよ!?」


「てめえらは……」


 祐人は歯を食いしばり、体を震わす。

 祐人はかつての魔界で、その魂を災厄の魔人に囚われた戦友たちと……藍色の髪をした少女の姿が脳裏に浮かんだ。それはその魂を生贄にされた祐人にとってかけがえのない人間たち……。

 今回、祐人が志平や止水に拘った理由もここにあった。

 生贄、人質……祐人にとって最も許せない、決して見過ごすことも出来ないものだ。


(こいつらは兄弟を人質にとり燕止水を利用し、己を殺そうという悲壮な覚悟までさせ、瑞穂さんたちの友人を呪詛にかけ、ましてや、マリオンさんを生贄にしようとした……?)


 ロレンツァは感情を高ぶらせていく祐人の姿を見て、ニヤリと笑う。


「そう! 我らが盟主アズィ・ダハーク様の降臨のためにね!!」


「なっ!」


 祐人はその名を聞き、あまりの驚きで目を広げ硬直した。

 これを見たロレンツァは狙ったように、闇夜之豹たちの黒く染まった認識票を素早く取り出す。


「!」


「ククク、では帰らせてもらうわ」


「何を! 逃すわけ……」


「あら、早くしないと、あそこにいる連中、全員、死ぬわよ?」


 ロレンツァの左手から垂らされている闇夜之豹たちの黒い認識票がチカチカと光を放ちだす。


(それは!?)


「あいつらが役に立つのは、何も戦闘能力や妖魔化だけじゃないのよ?」


「まさか!!」


 祐人は振り返り、瑞穂たちのところへ走り出し怒号を上げた。


「全員 その妖魔たちから離れろぉぉぉ!! 止水! そいつらを自在棍で遠方に弾き飛ばせ! ほかの人は全力で防御! 瑞穂さん、マリオンさん、子供たちも含めて結界防御も張って!!」


 今、動ける妖魔はかつて百眼だった一体。その妖魔と対峙していた止水は、突然の祐人の怒号に眉を顰めた。

 瑞穂やマリオン、そして明良たちも油断をせずに、止水のフォローをしていたが、この血相を変えて叫びをあげている祐人に驚く。


「え!? 祐人!」


 ロレンツァは高笑いを始めた。


「ハッハハー!! ああ、可笑しい! そうよ! この認識票はね、異界の術を応用して色々な機能をアレッサンドロが付与した傑作なの! たとえば、霊力系の能力者に魔力を、魔力系能力者に霊力を大量に注入することも出来るのよ?」


 ロレンツァの高笑いをしている中、この祐人の指示に瑞穂とマリオンの反応は早かった。考えるよりも先に行動に移したのだ。

 このような時に祐人が無駄な指示はしない、と分かっている。

 しかも、その声色から緊急事態であることも伝わってくるのだ。


「明良、マリオン、協力して多重結界と防御陣を張るわよ! 大峰、神前は土精霊で壁を作って! 質よりもスピード重視で! 死鳥、奴らをお願い!」


「はい!」


「死鳥ではない、と言っている!」


 瑞穂たちが防御のための術を緊急速攻で発動する中、止水は眼前の妖魔に棍を突き出した。かつて百眼だったその妖魔に、もう百眼の面影はない。

 冷静沈着で優秀な頭脳を持ち合わせていた百眼。

 その百眼の過去は止水も知らない。どのような経緯か分からないが、闇夜之豹に参加し、認識票によって洗脳され、今は妖魔と化し、ロレンツァの捨て駒としてこちらに突進してきている。


「憐れな……。洗脳されていたとは思うが、あれだけ尽くして最後は捨て駒か……。百眼、いけすかぬ男だったが……ここまで貶められることもない。せめて、俺の手で戦士として果てろ。鴻鵠の燕止水が、最初に倒した男として!」


 止水は既に握力を失いかけた右腕に最後の力を込めて、自在棍で百眼を貫き、そのまま振り回すように前方に投げ捨てた。百眼だった妖魔から言葉にならない断末魔が上がる。

 続いて止水は戦闘力を失い、痙攣をして倒れている妖魔たちを自在棍で、順次、弾き飛ばす。

 妖魔たちの体が内側から膨れ上がり、ここで止水にも妖魔たちが霊力、魔力による相反する力で破裂寸前になっているのが分かる。


「なんと! 強制的に自爆させる気か! あの手練れの連中の一気に!」


 そこに近くまで飛び込んできた祐人が、怒鳴る。


「燕止水! お前も結界の中へ! 志平さんはこちらに来ないで森の中へ走って! 爆発するぞ!」


 志平も広場わきでこの状況を眺めていたが、伝わる緊迫感に山林の中へ走り出す。

 状況が読めてきた瑞穂たちも、霊力を振り絞り急速展開した防御結界に霊力をつぎ込んでいく。


「しへい兄ちゃーん! しすいー、どこー?」


「ばか! 玉玲、外に出ちゃダメって、しへい兄ちゃんが言ってただろ」


 この時、志平たちを匿っていた地下空間から、子供たちが志平を探しに出てきてしまう。


「え!」


「駄目ぇぇ! みんな戻って!!」


 瑞穂、マリオンもこれに気づくが、全力の術発動中でその場から動けない。しかも、最初に出てきた玉玲は、泣きながら志平を探し瑞穂たちが構築している結界の外へ出ようとしている。

 祐人がこれを視認し、目を広げ、玉玲に向かい飛び込む。


「はああ! 間に合えぇぇぇ!!」


 止水の弾き飛ばした妖魔たちがついに内側から光を漏らし、体の所々が破れ、そして全身が光に包まれる。

 祐人は玉玲のところに到着するや、左腕を垂らしながらも玉玲を包み込むように上から覆いかぶさった。


「祐人ぉぉ!」


「祐人さん!!」


「玉玲!」


 瑞穂とマリオンが悲鳴を上げ、止水が叫ぶ。

 あたりは閃光に包まれると同時に凄まじいエネルギーが弾け、大地を震わす爆発音と爆風が吹き荒れた。

 閃光と爆風による土煙で一瞬、視力を奪われた瑞穂たちは、徐々に回復する視界を呆然と見つめている。

 山林に走りこんだ志平は大きな木の幹の後ろで身を隠していた。

 そして、轟音と衝撃風をやり過ごし、それが治まったところで、すぐに広場の方へ目を移し……愕然とする。


「あああ……し、止水ぃぃぃ!!」


 祐人の下で泣きじゃくる玉玲。

 その玉玲に抱き込むようにしている祐人。

 そして……さらにその上には止水が覆いかぶさっていた。

 瑞穂たちも広場の端からの志平の絶叫にハッとするように、祐人のところへ走り寄った。

 祐人は……まるで状況が掴めていないような顔で、ゆっくりと後ろを振り返る。


「あ、あんた……」


 祐人が震えるような声をだした。


「フッ……」


 そこには頭髪の境目から大量の血をポタポタと垂らし、ニッと笑う燕止水の姿があった。

 止水は力を失い、祐人に体重を預けてくる。

 祐人はハッとすぐに止水を受けとめて、そっと玉玲の脇に横たえた。

 言葉を失う祐人は、膝をつき止水を見下ろす。

 そこに志平が駆け寄ってきた。


「止水! 止水ぃ! 何故!? 何故こんな……せっかく帰ってきたのに……止水……」


 玉玲は泣きじゃくりながら重傷の止水を見つけると、その止水の血だらけの姿にひきつけを起こしたように泣くことを止める。

 祐人と志平は、ただただ止水を見つめるばかり。

 瑞穂とマリオン、そして明良も、かつて死鳥と呼ばれた男を見下ろしていた。


「玉玲?」

「しへい兄ちゃんー」

「あ、しすいが倒れてるよ!?」

「あ! 血だ」

「しへい兄ちゃん、泣いてる」


 地下に匿われ、志平を探しに飛び出した玉玲を追った子供たちも全員姿を現し、志平と止水を見つける。

 そして、涙を流す志平と横たわる止水を取り囲むように立つと、まるで怯えるような表情でこの状況を見つめだす。

 皆からも倒れている止水の眼から光が失われていくのが分かり、子供たちは徐々に止水に近づき互いの手を握ったり、志平の背中に抱き着いた。

 各々はあらぬ上空に目を向けている止水を深刻そうに見つめている。


「……玉玲は……無事か? 志平」


 そこで突然、かすれた声を止水が上げる。


「止水! 無事だよ! それより止水は! 止水の方が! 死なないで、止水!」


「泣くなと言ったろう? ……志平」


 止水の口から大量の血液が溢れ、志平の顔が青くなる。


「とにかく止血を! 燕止水! 意識を放すな! 繋ぎとめるんだ!」


 祐人は必死な形相で止水に止血のための点穴を突いた。


「何で!? ここまで来て!? 本当ならあのまま、みんなで平和に暮らせていたのに! あいつらが来て止水がいなくなって! 日本に連れて来られて、ようやく会えたらこんな……」


「志平……」


 止水が右手を上げようとする。

 それに気づいた志平はすぐにその手を握る。

 その手はとても分厚く、ごつい。


「皆はいるか?」


「いるよ! 全員ここに! みんないる! あんたの家族だよ!」


「……そうか。では……聞いてくれ」


 止水の瞼が……閉じられてく。


「駄目だ! 燕止水! 堪えろ、まだ、あんたは!」


 その消え去ろうとする止水にハッとした祐人が耳元に顔を寄せて大声を張り上げると、止水の目が再び開いた。


「……皆、ありがとう。この燕……止水……の人生に……喜びと……温かみを……。この最後に悪くない生であったと……」


「もう止めて止水! もう無理はしないでくれ! 祐人! 何とかしてくれよ!」


「……」


 祐人は苦渋の表情で止水を見つめるばかり。


(もう……このままでは……燕止水は……)


 その祐人の顔に、何かを感じ取り志平は目から涙をあふれ出させる。


「しすい……とうちゃん」


 そこにポツリと玉玲が声を漏らしした。

 すると……周りにいた子供たちが一斉に止水の手を握り、体をさする。

 志平はその子供たちから発せられた言葉に驚くような顔をした。

 この時、志平は初めて子供たちの中にあった止水に対する想いを知ったのだ。

 捨てられ、母である思思に拾われたこの子たちは……自分を兄と呼び慕ってくれていた。

 だが、それだけではなかったのだ。

 この子たちは子供なりに自分に父親はいないという事実を知りつつも……心の中で一番年上の止水をこのように想っていた。


 父さん……と。



「とうちゃーん! 死んじゃやだ!」

「えっ、えっ、しすい父ちゃん……」

「しすいー」

「いなくならないで」


 関を切ったように子供たちが泣き始める。

 志平は自分自身も止水のことをいるはずのない兄と慕ってきた事実と、止水に父の姿を見ていた玉玲たち……この子供たちの想いは何ら変わりがないことを知った。

 志平たちの暮らしは、お世辞にも楽なものとは言えない。

 それでもこの小さい子たちが我慢できたのは、これらの想いが支えていたのだ。


「……志平、ありがとう。そして、すまない。後は……頼む、我が誇りの弟……志平」


 止水の瞼が完全に……閉じた。


 祐人は右手を握りしめる。

 瑞穂たちも唇をギュッと閉ざした。

 志平は大粒の涙を流し、玉玲や子供たちを抱きしめる。

 今からは自分が止水の代わりもこなすのだ。

 もう泣かない、泣いてはならない、と心に刻みつつも、流れる涙を止めることが出来ない自分を責める志平。

 だが、今だけは……。

 志平は子供たちと共に泣き声を上げた。

 祐人はその傍らで止水の体の傷をなぞるように、また、労わるように右手で撫でた。

 それを瑞穂たちは黙り、マリオンは涙を拭い眺めている。

 今、瑞穂たちから、祐人がどのような顔をしているのかは見えなかった。

 マリオンは一歩前に出て、かつて自分を攫おうとした男でもある止水を見つめる。


「あなたとあなたの子供たちに祝福を……」


 そう小さくマリオンは呟いた。


“アーハッハ! 死鳥の最後にしてはなんとも面白みもないわね!”


「!」


 突然に頭に響く、不愉快な声に祐人たちは顔を上げた。


“ククク、世界は最初から呪い呪われているのよ? その死鳥もその呪いには抗うことはできない、ただそれだけのこと。それをそんなセンチメンタルにされると興ざめだわ……。あら、私を恨むのは筋違いよ? この世のどこにでも存在する呪いが、この結果を生んだだけのこと。私はちょっとだけそれをいじるだけ……”


「クッ! 一体、どこから!」


 瑞穂が怒りに打ち震えた声で山林を見回す。


“それと仙道使いの小僧……お前だけは生かしてはおかない。貴様もこの呪われた世界に打ちひしがれ、絶望の中で悶えさせてあげるわ! 全員、呪われているの! 私はたまたま呪う側に回っただけ! 善人ぶったその顔を、世界を憎む顔に変えて朽ち果てていくがいい! アーハッハ! 可笑しいこと!”


 ロレンツァの声はここで途切れ、警戒をするようにしていた明良も構えを解いた。


「なんて不愉快な!」


 明良の吐き出した言葉にマリオンは両手を握る。


「ゆ、許せないです……」


 ここで祐人が静かに立ち上がった。

 左腕を垂らし、全身の傷から今も血をにじませている。

 すると……祐人の全身から使い果たしたはずの仙氣が漏れ始めた。

 瑞穂、マリオン、そして明良は、その祐人の姿を見つめる。

 祐人が今、見せている鋭い眼光は、青空を貫いた。


「人を呪い、世界を呪い、ましてや呪縛から逃れようと努力した人間たちまで玩具にしたこいつらに教えてやる。今度はお前らが呪われる番だ……」


 瑞穂たちは祐人のその表情に恐怖を感じ……驚く。

 だが、瑞穂とマリオンは互いに目を合わせると……祐人のその全身から湧き出す怒りを受け止めた。

 そして祐人は呟く。




「お前らはね……この劣等能力者の僕に呪われたんだよ」




 この時の祐人の視線は奇しくも中華共産人民国の方角に向けられていた。






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