女学院と調査と⑥
午前の授業が終わり昼休みになると、学院の生徒たちは各々に食事をとりに動き出す。
聖清女学院の昼休みは一般の学校よりも長く取られており、食事をとった後もゆっくりとすることが出来るようになっていた。
祐人もお嬢様がたが、お昼にお茶会を開きましょう、等の発言を聞いていたが、そんな悠長な時間があるのかと不思議に思っていた。どうやら、この学院の時間割り当てのあり方からそれは可能だったということを知り、感心する。
(なるほど、さすが超お嬢様学校)
ほとんどすべての学院生徒は学院内に3ヵ所ほどある学食……と言うには非常に華美に感じられる有名レストランのような所に向かうようだ。
祐人は瑞穂に言われていた屋上に向かう前に一悟にメールを送り、移動を開始しようと立ち上がると、瑞穂たちに顔を向けた。瑞穂とマリオンも祐人の方を見て頷き、立ち上がる。
「どこに行くの? 祐人。一緒にご飯を食べましょう?」
「あ、茉莉ちゃん」
茉莉が祐人のところまで来て、食事を誘いに来た。
茉莉にしてみれば、当然の行動。試験生として編入一日目で挨拶はしたが、周りは知らないお嬢様ばかりだ。ここは祐人と共に行動しようとするのは自然と言えた。
しかし、祐人は困ってしまう。祐人にしてみれば、これからの時間が、この学院に来た真の目的でもあるのだ。
茉莉には申し訳ないが、ここは断るしかない。
「あ、ごめん、茉莉ちゃん。ちょっと、これから用があって……」
「用? 用ってなによ」
「そ、それは……」
目を細めて祐人を見る茉莉に、祐人はなんと伝えるべきか迷う。
(うーん、困ったな。本当のことは言えないし……かと言って、納得してもらえる理由もないし……)
「祐人は私たちと、ちょっと生徒会の方に用事があるんですよ、白澤さん」
明らかに狼狽している祐人だが、そこに横から瑞穂がフォローするように入ってきた。
「え?」
茉莉は声をかけてきた瑞穂の方に振り向く。そこにはマリオンと共にやって来た瑞穂が自然な笑顔を見せて立っていた。
「あ、瑞穂さん……生徒会? あ! そうなんだよ! 頼まれてるの、用事を」
茉莉は祐人の言うことなど耳に入っていない。それは今、突然、横から現れた瑞穂の艶やかな黒髪と大和撫子のようで、目力のあるその容貌に息を飲んでしまっていた。
茉莉は軽く会釈をしてきた瑞穂に慌てて会釈で返すと、祐人に顔を向けて「誰?」という目をする。瑞穂も祐人をジッと見つめる。
祐人は二人の目を受けて、「あ……」と、声を上げて、すぐにお互いの紹介をした。
「茉莉ちゃん、この人が四天寺瑞穂さんで、ほら、前に言ってた派遣の仕事先で知り合った友達だよ。それでこちらがマリオン・ミア・シュリアンさん。マリオンさんも仕事先で知り合ったんだ」
「初めまして、白澤さん。私は四天寺瑞穂と言います。祐人とはたまたま仕事が一緒で、知り合ったんです」
茉莉の額の筋肉が、皮膚内でピクッと反応をする。
(祐人? 名前で呼ぶの? お嬢様が?)
「それで、さっきも自己紹介したけど、こちらが白澤茉莉さん。同じ高校で幼馴染なんだ」
「あ……は、初めまして。白澤茉莉です」
「先ほどはどうも。改めまして、マリオン・ミア・シュリアンです。よろしくお願いしますね。祐人さんにはとてもお世話になってます」
マリオンも軽く頭を下げる。
(とてもお世話に?)
茉莉の目に外からでは確認できない光がともる。
「あ、はい、こちらこそよろしくお願いします」
茉莉も頭を下げ、3人の少女たちは互いに目をやり、笑顔を見せる。
その横でようやく、お互いを紹介することが出来たとホッとする祐人。
「あ、堂杜さん、私にも紹介をして下さい」
祐人の隣の席のニイナが立ち上がり、祐人に笑顔で声をかけてきた。
祐人も、そうだった、という感じでニイナにも紹介をする。
「あ、茉莉ちゃん、こちらがニイナ・エス・ヒュールさん。えっと、ニイナさんは仕事の派遣先で雇ってくれたことがあって知り合ったんだ。それでニイナさん、こちらが白澤茉莉さんね」
「よろしくお願いします。ニイナ・エス・ヒュールです」
茉莉は小柄で華奢なニイナに目を見張る。
(この子は外国の人? しかも……この子も可愛い。な、なんで祐人の周りにこんな子ばかり!)
「し、白澤茉莉です。よろしくお願いしますね」
茉莉はニイナにお辞儀をした。
茉莉、瑞穂、マリオン、ニイナは互いに体を向けて微笑みながら立つ。
瑞穂は茉莉を間近にみて内心、穏やかではなかった。
(こんな……そこにいるだけで耳目を集めそうな子が祐人の幼馴染? しかも、今でも繋がっていて? 一体、なんの冗談よ!)
マリオンも笑顔でいるが……。
(やっぱり、綺麗です……。こんな人がずっと祐人さんの傍にいたんですか……?)
ニイナは今までに感じたことのない心の騒めきを覚えた。
(何かしら……この感じは。でも、ここから立ち去るわけに行かない気がする!)
茉莉はというと……この3人を見てモヤモヤした感情がとりとめもなく沸き上がってきている。
(べ、別に知り合いってだけよね? だって祐人だもんね。でも、私が知らない間に、こんな超級の女の子たち3人と知り合いになるって……。派遣のような仕事? 一体、どんな仕事よ。これは……絶対に調べなくては!)
祐人は順調に茉莉たちの紹介が終わって、取りあえず胸を撫で下ろしていた。
「茉莉ちゃん? お昼の件だけど、僕は生徒会の用事があるから……」
「「「「キッ」」」」
「はひ!」
凄まじい4つのプレッシャーに後ろに仰け反り、転がりそうになる祐人。
(何、何、何??? ってあれ?)
祐人が前を見ると、そこには……にこやかな少女たちがいるだけ。
(?? 幻覚? 白昼夢?)
その4人が集まっているところに、クラスのお嬢様がたから感嘆の声が上がっている。
「まあまあ、見てください、あちらを」
「え? まあ! なんて素敵なのかしら? あの4人がお集まりなさって」
「ええ、あそこだけ別世界のようですわ!」
「なんて華やかなのかしら!」
「白澤さんが来てくださって本当に良かったですわ」
「ええ、本当に!」
「白澤さんをご昼食に誘いましょう!」
いつの間にか注目を集めている、そのにこやかな4人の少女たちの一人である瑞穂は祐人に顔を向ける。
「祐人、先に行ってて。場所はさっき伝えたところよ」
「う、うん、分かった。じゃあ、あとで!」
祐人は、誰もが羨むその場所から逃げ去るように、一悟と合流するために隣のクラスに向かった。
花蓮は、一人机に座っていると数人のお嬢様に昼食に誘われて嬉しそうに立ち上がる。どうやら食事が楽しみらしい。
花蓮はお嬢様がたの後について、まだ微笑みあっている4人の少女たちの後ろを素通りし、廊下に出ると隣のクラスの方にいる祐人の姿を確認し、ニマ~と笑った。
そして、笑みを止めて花蓮はスッと廊下から窓の外を眺める。
窓の外には広い敷地の整備されている見事な洋風の庭園が目に入った。
「花蓮さん? どうしました?」
「何でもない……ご飯、楽しみ」
「まあ、花蓮さんは愛らしい」
花蓮はニマ~と笑った。