女学院と調査と④
祐人たち3人の試験生は先生に言われた通りの最後尾に割り当てられた席に移動をする。
それぞれが指定された席の前に着くと、近くにいる学院生徒たちに簡単な挨拶を交わした。特に茉莉はこういう礼儀は、そつがなく率先して声をかけている。
そして、茉莉は席に腰を掛けると隣の席になるマリオンに会釈をした。
「短い間ですがよろしくお願いします。白澤茉莉です」
「あ、こちらこそ。私はマリオン・ミア・シュリアンです。よろしくお願いしますね」
2人ともにこやかに言葉を交わすと、ほんの僅かな時間だがお互いに顔を見つめる。外から見れば、ごく自然なやり取りでしかない。いや、むしろ、見ていればこの二人の容姿も相まってとても華やかな雰囲気だ。
だが……その中身は大いに違っている。
この0コンマ何秒の間に二人は互いの実力(女子力)を測っているとは誰も思いもよらなかっただろう。
(き、金髪、碧眼……なんて可愛い子なの!? それにこの優し気な雰囲気……。祐人がこんな子と知り合いなんて……こんなの聞いてないわよ!)
(き、綺麗な人……それに優秀オーラがすごい。こ、これが祐人さんの幼馴染なんて……)
笑顔の茉莉とマリオンは、自然なタイミングで互いの目を外すと教室前方に顔を向けた。
((只者ではない!))
その二人の様子を正確な形で理解することが出来ている瑞穂は若干、顔を引き攣らせた顔で見ていたが、その瑞穂とマリオンの間に花蓮がドンと腰を掛け、何故か自信に溢れた態度で腕を組む。
瑞穂とマリオンは一見、幼女と見間違えそうなほど小柄な花蓮のその動きに気圧され、両側から顔を向け、体を反らす。
花蓮はニマ~と笑い、瑞穂とマリオンを交互に見た。と言っても、髪の毛がかかり目は見えないが。
「私のことは花蓮でいい。よろしく」
「あ、よろしくお願いします。花蓮さん、私もマリオンでいいですよ」
「わ、私も瑞穂でいいわ。よろしくね」
「うむ!」
「「……」」
花蓮たちの挨拶を横目に、祐人は腰を掛けようとして、隣に座るニイナに視線を向ける。
ニイナはこちらを見ていないが、明らかに視野の中に祐人を納め、意識しているように見えた。
(挨拶をしなくちゃ……でも、なんて挨拶を? 僕のことは覚えていないはずだから、やっぱり、初めまして、だよな)
ニイナは祐人が自分に近づいて来ている時から、祐人を観察するように見ていた。祐人はその視線に気付いて、ニイナに視線を移すと目を逸らされてしまう。
それで、祐人もミレマーでのこともあり、自分を忘れているはずのニイナへの対処に困った。
だが、祐人は思い直す。
こんな弱気はおかしいと。
彼女は忘れていても、自分はニイナを知っている。
(勇気を持て、僕。たとえ忘れられていても、初めまして、じゃない。ミレマーで僕らは会っているんだ。今のニイナさんは、ちょっと、僕を忘れているだけだ)
今まで、祐人は人に忘れられた時、このように考えたことはなかった。今、このように考えることが出来るのも、やはり、一度、自分を忘れた瑞穂とマリオンが自分を自力で思い出してくれたことが大きい。
それは祐人にとって、人と繋がるための行動を起こすのにとても大きな勇気を与えていた。
「ニイナさん、久しぶり。短い間だけどよろしくね」
「え!?」
祐人に声をかけられ、そして、そのかけられた言葉の内容にニイナは驚愕する。
「な、何故、私の名前を?」
祐人にとってニイナの当たり前の反応に……祐人は、一瞬だけ寂し気な表情を見せるが、すぐにそれをかき消し、ニッコリ笑った。
「あはは、覚えてないかな? 実は僕も瑞穂さんたちとミレマーに行ってたんだよ。その時にニイナさんとは顔を合わせているんだけど」
「え!? そうなんですか!? それは申し訳ありません、私、大変、失礼なことを」
祐人の言う、その内容にニイナはさらに驚き、慌てて頭を下げる。
(あ、それでさっき、私はこの人が気になったのかしら? でも、この話が本当なら、そんなに昔の話じゃないわ。それで忘れているなんて……それほど関わらなかったか、余程、印象が薄かったのね)
「あ! 全然、気にしないで。ほら、僕はなんて言うか、そう! 影が薄いから、こんなことはよくあるというか……慣れてるから!」
祐人のアタフタした態度と自虐的に見えるフォローに、ニイナは一瞬、祐人に顔を向けると……思わず吹いてしまった。
「自分で影が薄い、って……面白いですね、堂杜さんは。でも、きっとその通りですね! あ……」
(あ、私、失礼なことを言ってしまったわ! 何でこんな軽口を!)
ニイナはこんな会話で、しかも、相手は自分を覚えており、自分は相手を覚えていなかったという非が、自分にあるはずにも関わらず、簡単に失言をしてしまった自分に驚き、後悔する。
ニイナはミレマーの新政権の首領であり、国家元首であるマットウの娘である。その立場上、どのような状況でも冗談を言う時は慎重に相手を選び、言葉も選ぶのだ。
それが、この目の前の少年にいとも簡単に、自分への戒めを破らされてしまった。
ニイナは咄嗟にフォローを入れようとするが、祐人は笑っている。
「あはは……やっぱり、そうかな?」
ニイナはその祐人の笑顔を見て、肩の力が抜け微笑んだ。するとニイナは……何故か、今、自分がこのほんの僅かな時間の他愛のない会話を楽しんでいることに気付く。
普段は自分の立場を理解し、限定した友人以外には警戒心を強く持っていたはずのニイナは、この大して面識もないこの少年を前に自分が素の自分を出していることに驚いた。
そして、何よりも……それを自然に受け入れている自分に。
(不思議な人ね……多分、これが初めて話す人のはずなのに)
ニイナは祐人を見つめた。
すると、ニイナは祐人の顔に吸い込まれるように、その視線を外せなくなる。
実はさっきもそうだった。一目、見た時から、まるで許されるならずっと見ていてしまいそうになるほどに自分の視線をこの少年は奪うのだ。
(な、何? この気持ち……)
ニイナは心臓の鼓動も速まり顔と身体が熱くなっていくのを感じる。
頭を掻いて笑っていた祐人はニイナの様子の変化に気付いた。
「うん? ど、どうしたの? ニイナ……さん?」
「先生! 堂杜君が隣の人を泣かしてます!」
唐突に花蓮が手を元気よく上げて、クラス中に響く大きな声をだす。
「「「「「え!?」」」」
クラス中の視線が祐人とニイナに集中した。
確かにニイナは右目から涙を流し、祐人を見つめている。
祐人もここでニイナの涙に気付き、激しく狼狽えてしまう。
それは……見方によっては祐人という恐怖に震えつつも、意地らしくその恐怖に負けまいとしている少女の絵に見えなくも……ない。
「いや! 僕は何も! ただ、挨拶をしてただけで! ハッ!」
祐人の左側から3人の少女が凍気を口から吐き出しながら、赤く光る視線で祐人を射貫く。
「祐人ぉぉ! あなた一体、その子に何をしたの!?」
茉莉がすぐさま立ち上がり、駆け寄ってくるとニイナを祐人から守るように間に入り、ニイナを落ち着かせるようにニイナの肩に手を添えた。
「あ……」
「大丈夫ですか? 怖かったら私に言って下さいね。これには後で私から厳しく言っておきますから!」
茉莉はニイナに気を使いつつ、祐人の方を睨む。
「ほ、本当に何もしてないよ!」
茉莉と祐人のやり取りの中、ニイナは我に返ったように、自分の右目から流れた涙を拭い、それをジッと見つめる。
(あ、私……涙を……何で?)
「あらあら……ニイナさん、大丈夫? 最初はこんなこともあるとは思ってましたけど」
担任の先生が落ち着いた感じで、ニイナのところまでやって来て様子を確認する。
ニイナもここで教室の雰囲気が異常なものになってしまっていることに気付き、慌ててしまった。
「あ、はい! すみません、大丈夫です!」
「ふーむ……無理はしないでね? もし怖かったら席を変えますからね」
「いえ! このままで! このままがいいです!」
席を変える、との言葉にニイナは即座に反応する。
「うん? そう……分かったわ、じゃあ、授業を始めますので、皆さんもお静かに。白澤さんもありがとうございますね」
担任に席に着くように促され、茉莉は頷き、涙目の祐人には厳しい視線を、ニイナには気遣いの視線を送ると席に戻った。
瑞穂とマリオンは祐人とニイナの方から目を外すと、同時に大きなため息をつく。
ニイナはというと……横にいる涙目で肩を落としている少年を熱い眼差しで眺めていた。
因みにクラスのお嬢様がたは、一様に頬を上気させ、皆、モジモジしたようにチラチラと教室の後方に視線を送る。
その視線の先はすべて同じだ。
この一連の出来事でニイナの異変に気付いた直後、いち早くニイナのところに駆け付け、怖い男性からニイナを守るように動いた勇気ある行動(祐人限定の脊髄反射)。
茉莉は今、まさに乙女たちが夢にまで見た白馬の騎士として、その脳裏に焼き付けられたのだ。
授業が始まっても絶えることない、この異様な視線の集中砲火にさすがの茉莉も額から汗を流している。
(な、何? この熱い視線は……)
そして、この噂が学院中に広まるのに、さほどの時間も掛からなかった。