タクの日常 その9
『後輪』から蔦模様の線が伸びると、植物を採取したり、虫を捕まえたりして『後輪』の中へと送り込む。
面白いなぁ、どうやってやっているんだろう?
遠隔で操作しているのかな?
なんて考えながら、しゃがみ込んで観察するタクは完全に子供のようだった。
やがて『後輪』が更に移動をし、ある大木の根元にある穴へと入っていく。
何があるんだろう? と覗き込んだ先に……もっもっもっ!と植物を貪っている何かの姿が。
タクは息を飲む。
芋か何かの茎根を貪るモルモーの姿があったのだ。
あのテイムを切ったモルは、ずっとここでタクを待っていたのだと。
タクは、涙ながらに謝罪する。
「ごめんよぉ。モル……!」
タクはモルを優しく包み込み、テイムを行った。
しゅわん、と特殊なエフェクトがモルモーの身を纏ってテイムが成功した事に安心したタクは、モルモーを抱きかかえた。
「あはっ、全くモルは! 食べるのが好きなんだね」
テイムされた事を気にもせず、もっもっもっ!と食べ続けているモルモーを撫でるタク。
「ちょっとタク……何をしているの?」
「どうした? タク」
「タク兄?」
「にゃ!? タク、その子……」
クエストを放棄していたタクを探す琴葉たちが、集ってくる。
彼が腕に抱えているモルモーに。まさか……というミミたちの表情に気づかず、タクは明るく言う。
「うん! モルだよ!! あれから、ずっとここで僕を待っていたんだ! 僕が戻ってくると信じてたんだよ……だから」
「ねえ……まさか、またテイムをするって言うんじゃないでしょうね」
「え……?」
琴葉の怒声が響き渡る。
「テイムはできないって反省したんじゃないの!? もうテイムはしないんでしょ! 普通の仕様じゃないから自分はもうテイムはしないって……アレは嘘だったの!?」
「いや……でも……モルが」
タクの優柔不断さ、諦めの悪さを琴葉たちは十分理解していたが、こんな状況で再び発症してしまった。
そのせいで、琴葉の苛立ちがヒートアップしてしまう。
「モルが、モルが、っていい加減にして! テイムしてどうするの!? また、そこら中に糞を撒き散らすし畑を荒らすし、クッションとか齧るのよ!? 貴方はそれをコントロールできないんでしょ!? また同じ事の繰り返しじゃない!」
「あ、あの時とは違うよ! あの時は他にも沢山テイムしちゃったから、全部手に負えなくて……でも、モル1匹だけなら!!」
「そしたら、またモルを抱きかかえて何もしなくなるじゃない!」
「皆で世話しようよ!」
「私はしたくないわよ!」
琴葉は――『モル』が嫌いだった。
キラキラするアイテムエフェクトがあったから、何かと思って拾ってみると『モルモーの糞』。
自分が気に入っていたクッションを齧ったのも『モル』。
ぷいぷいきゅいきゅいと絶え間なく鳴き続ける『モル』。
嫌で嫌で限界だった。
「もういいわ」
琴葉はタクに対し、凍てつくような表情で告げる。
「ソイツと一緒に居たいなら好きにしなさい。私はもう、ここにはログインしないわ」
「ちょっと琴葉! そんな事を言わないで!! ほらっ。モルを抱いてごらん。暖かくて柔らかいよ」
「いいの? 私の手に渡ったら、即ぶち殺すわよ」
あまりにゾッとする発言に、タクは息を飲む。
最早、琴葉の顔には怒りはなく、無だけが残っていた。
好きの反対は無関心というように、琴葉のタクに対する感情は無関心なのである。
モルモーは突然、ぷいぷいと鳴き始めた。
ぷいぷいぷいぷいと絶え間なく鳴き続ける。
モルモーの構って欲しい時の鳴き声なのだが、そうとは知らないタクは「モル!静かにして!!」と叱った。
琴葉はバカバカしく溜息を吐く。
「ほら、始まった。こんな鳴き声ずっと聞いてたら頭が馬鹿になる。私は馬鹿になりたくないから、二度とこっちには来ないわ」
そして、沈黙するミミたちにも告げる。
「貴方たちはどうするつもり? 言っておくけど、これから人事異動させられたら、今まで通りログインできないわよ。分かっているかしら」
「………」
「タクと居たければ一緒にいれば? 私も馬鹿になった貴方達を見たくないし、清々するわ」
「琴葉!」
タクが呼び止めるが、琴葉はクエスト途中なのに、パーティからも外れ、ログアウトしてしまった。
その場には、ぷいぷい鳴き続けるモルモーの声が響き続ける。
意気消沈するミミたちに、タクは必死に訴えた。
「大丈夫だから! 今度はちゃんと育てる!! 前みたいにならないように、ちゃんとモルをテイムするから!!」
必死なタクの言葉にも、いまいちなミミたち。
翌日から、彼女達がログインしなくなるのは当然の帰結だった。
別にモルが嫌だから、ではない。
モルをテイムしないと決断した筈のタクがあっさり、テイムをし直したり。
琴葉との約束を破るし。
仕事の話を全く聞いていない姿勢や。
物忘れの酷さ。
つまり、これまでの積み重ねの結果。彼女達もタクを擁護するには限界値を越したのだった。




