タクの日常 その2
「おはよう!」
タクは十時前に出社というログインを行った。
既にギルドにてログインしていた猫の獣人『ミミ』が彼の挨拶に応える。
「おはようにゃ! タク、今日はいよいよ遠征だにゃ!! 頑張るにゃ!」
「うん! 僕が皆の準備をしておくから、ミミは休憩を取ってて」
「ふ、ふにゃ~……うう、そうするにゃ。もう眠いにゃぁ」
交代の時間になってミミは一旦ログアウトを行う。
彼らが言う遠征とは、クエストの事ではなく、ここから人間の国へ目指す遠征の事。
以前説明した通り、企業ギルドも他プレイヤーと同じ仕様となっていて、宣伝の為に広告範囲を拡大する為、他国へ第二第三の施設を立てるには自力で何とかしなければならない。
タク達の場合、ここから一番近い『ヒュルアニア公国』へ目指す。
そこは主に人間中心の国である。
一般プレイヤーも多く所属していると聞き、真っ先に第二の施設建設ができるようギルドレベルを上げ続けていた。
そして、漸く目標に到達。
ジェルヴェーズ王国の施設も完成した為、今日は全員で遠征をし『ヒュルアニア公国』に向かうのだ。
否、全員ではない。
実はもう一人、ここに企業ギルドの施設が一番に立った原因であるプレイヤーがいた。
「タク、私の食事を作ってくれ~!!」
「あっ、ごめんごめん! 今持って来たところだよ、里香。コーヒーにスクランブルエッグとハチミツたっぷりのトースト!」
ダボダボの研究着を着て『後輪』と、そこから出る線で椅子を作って座っている黒髪ロン毛の女性。
里香と呼ばれるノーブルは、実は彼らの中で早く町に到着して、ここにギルドを建ててしまった。
仕方ないので、そのまま第一の拠点として選び、他のメンバーもギルド申請から飛んできたという具合なのだ。
彼らも彼らで大概だが、里香の場合、頭の良さに反してとんでもなく我儘なので、仕方なかったのもある。
折角のハチミツトーストをコーヒーの中にブッ混む、とんでもない食べ方をする里香に。
タクは改めて尋ねた。
「里香。今日は皆で遠征するんだけど……一緒に行こうよ。たまには外に出るのも」
「いやだね!」
「はぁ……里香! こういう時は協力しないと。一緒の会社で働いているんだから」
「いーやーだー! やだやだやだやだやだやだ!! 私はここにいるよ! 一生ここにいる! 私を倒してでも連れ出してみろ!」
とても成人している女性とは思えない駄々っ子にタクも、珍しく苛立ちを見せた。
「言っておくけど、僕は皆についていくよ。そしたら里香のご飯は用意できない。分かる?」
「フン。食事を人質に取るとはタクにしては珍しいじゃないか」
「それだけじゃない。里香がちゃんと働かないなら、もう食事を作ってあげないよ」
「別に構わないさ」
「……え?」
タクの方が困惑してしまった。
彼もそれなりに強気の発言をしたつもりが、里香はケロっとした表情をしている。
里香は続けた。
「ここでならコーヒーもトーストも、ああそれからハチミツも自分で作れるからね。タクが用意しなくても平気さ。私を何だと思っている? 事前にタクが不在のケースを想定し、対策を怠ると思っているのかな」
「……で、でも! 里香はトーストなんて焼いた事ないじゃないか!!」
「ふふふ。詳細はノーブルの企業秘密だからね。タクにも教えられないが、コーヒーとトーストを作れるのは事実さ。ほらね」
「え!?」
里香が『後輪』の中から、タクが用意したものではない、別のコーヒーとトーストを取り出してきたのに、タクは目を見開いてしまった。
それに里香はこうも言う。
「もしもの時。ここに誰もいないのも良くないだろう? 琴葉にはちゃんと許可を貰って、私はここに残るから何も問題ないのさ」
「え? え?? こ、琴葉からそんな事聞いてないよ! また適当な事を言って……」
「はぁ。どうせタクのことだから、琴葉の話を聞き逃しているんじゃないかな」
「ちゃんと聞いているよ! 琴葉はそんな事、言ってなかった!! もういい、話は琴葉たちが戻ってからにしよう。僕はクエストに行ってくる!」
「ん? おいおい、タク……はぁ。困ったものだね」
飛び出していったタクに里香は呆れていた。
念の為、里香は琴葉へメールを送信。
加速時間内でのメールは、時差が生じてしまうが、それでも届くので送らないよりマシという奴である。
☆
「はぁ……何であんな事いうんだ。僕はちゃんと話を聞いてるつもりなのに」
タクが冒険者ギルドへ向かう途中に、広大な畑がある。
そう、彼はここで目移りしてしまうのだ。
いつもクエストを受けようと、ここを通っていくと、色々な種類の作物、植物が植えられ意識を奪われてしまう。
見たこと無い、ゲーム特有の植物が目に入ると「あれはなんだろう?」とつい近づく。
「初めて見る植物だ! エレメントチェリー……? (水)ってあるから、水属性のエレメントチェリーだ! 他の種類もあるのかなぁ」
なんて当たり前で説明する必要もない事をブツブツ言って感動するタク。
水属性のエレメントチェリーは実から葉、枝までも魔素で青く染まる美しい風貌。
しかも、茶畑のように延々と続いているので、綺麗だとタクは眺めていた。
すると……
「あれ? あそこのエレメントチェリーの色……なにか変だ」
じっくり観察していたからこそ、タクは些細な変化に気づく。
他のエレメントチェリーと異なり濃度ある藍色に変色している部分を発見した。
もしかして、何か不味い状態なのでは!?
焦ったタクが畑の中に入ろうとすると――
「うわっ!?」
見えない壁に衝突した。
これはプライバシーバリアで侵入時に『プライバシープロテクト。ここから先は侵入禁止です』と表示されるのに、タクは必死になって入ろうと試みる。
「そんな! あそこの木がおかしくなっているのに……!! そうだ! 誰か! 誰かいませんか!?」
叫ぶタク。
他プレイヤーを頼って、危険を知らせようとするが誰もいない。
こんな風に侵入を繰り返し細かい所を指摘して、相手を不愉快にしてきたタクを皆がブロックしているのだ。
必死なタクの周囲にはプレミアムパックを利用しているプレイヤーが、普通に畑の手入れをしているのだが、彼は想像できない事だろう。




