【あなたがアイドル】安全性
ゼウェス王立学園。
荻野の書いた小説の舞台となるここでは、国内の令息令嬢が将来の為、勉学や交流を図る場となっている。
授業は午前と午後に分かれて行われるが、その中休みではお茶会を開いたり、騎士を目指す令息は運動場に移動したり、魔法や刺繍など、各々が将来の為だったり息抜きに活用される。
図書館へ移動し、経営学の予習をしようとしていた令息に声がかけられた。
「テオ・ハーベスト!」
彼をフルネームで呼ぶのは、ゼウェス王国の第三王子『ジャーロ』。
ジャーロの周囲には取り巻きの生徒が複数人いる。
彼らは生徒会メンバーだろう。
王子に呼び止められたにもかかわらず、令息・テオの表情は面倒そのものだった。
このジャーロ第三王子は、貴族内では好意的に見られていない。
権威を振りかざすかのような態度もそうだが、貴族にあるまじき感情の起伏の激しさで、公の場で何度も恥をかいている。
テオは穏便に風の魔力を持つ王族に対する口上を告げた。
「風の女神の寵愛を受けし御方に御挨拶を申し上げます」
「ここは学園内だ。堅苦しい挨拶はいらん! だが、今日はお前の学園内の問題行動に対し忠告しに来た」
やはりか、とテオは仕方なく口を開く。
「申し訳ございません。私の身に覚えがない事実ですが、ご教示頂いてもよろしいでしょうか」
「ふん。お前は同室のカンダタに何もせず、放置しているようだな! 奴は学園内で問題行動を起こすばかりか、授業にも出席せず、残飯を漁り食うというではないか。同室のお前が奴を止めるのは分かっているんだろうな」
「お言葉ですが殿下。彼は普通の男爵子息ではありません。これは仕方のない事なのです」
「その程度の事は把握している! 平民と変わらぬ暮らしをしていたようだが、アデリーとは大違いだぞ!! アデリーの方が落ち着きがあり可愛らしい」
アデリーというのは、優秀な光の魔力を持った平民の少女。
魔力持ちの為、学園への入学が許された特別枠だ。
テオは首を横に振る。
「それが大きな間違いです、殿下。アデリー嬢は王都出身の平民。カンダタは貧民街出身。これだけで格差があります。王都出身の平民は生活が豊かです。彼女の実家はパン屋を経営していると聞きましたが、それなら最低限の文字の読み書きと計算は両親から教えられています。対して、彼がいた貧民街には文字の読み書きも計算も不要……暴力だけで物事を解決する世界です。比較してはなりません」
「なっ……ぐ、しかしだな! 食事はどうだ!! アデリーですら食堂を利用するというのに、奴は生ゴミを漁るというではないか!! 協調性が無さすぎる!」
周囲の取り巻きも「不衛生だ」「気持ち悪い」と陰口を叩くが、これにもテオは首を否と振る。
「殿下。彼は食堂の食事が口に合わないのです。味が濃すぎるとのことです」
「何をいう!? 一流のシェフが作る料理をそのような……」
「それだけではありません。ここでの生活全て、彼にはなれないものなのです。実は彼はベッドの上で寝ていません。床で寝ています。柔らかすぎるベッドになれず、眠れないというのです」
「はあ!!?」
とんでもない話にジャーロだけでなく、取り巻きたちも目を丸くさせた。
テオは一息ついて続ける。
「私も最初は正気を疑いましたが……学園内でこのような話を聞きました。普段の寝具と学園の寝具が違って寝付きが悪く、わざわざ実家から寝具を取り寄せた生徒がいると。彼もそうです。普段とは違う食事と環境に順応できずにいるだけです。私はなるべく改善させようと、彼には使用人と同じ食事を用意して貰うよう食堂にお願いしております。最近では直接床で寝ず、カーペットで寝るようになったので、少しずつ環境になれているかと思われます」
取り巻きの中には、そんな話を聞いた事あると納得した様子をする者がいたが。
ジャーロだけは納得できない、もどかしいのか「しかし」と反論する。
「授業に関してはどうなんだ! 抜け出すどころか出席もしていないではないか」
「……殿下は彼に知力や魔力の価値があるというのですか?」
「そうではない! 勉学は生徒としての義務なのだぞ!!」
「力ある者は民を導く責務がある、故に教育の義務が生じます。ですが、彼に知力や魔力、ましてや重要な血筋はありません。ですから価値がないと判断されております。事実として学園の教師は彼を引き止めていません」
「な……なんだと?」
「そうではありませんか。そもそも、殿下自ら対処する問題ではありません。学園の教師が対処するべき問題でしょう。それを対処していないのは、学園側の総意。学園が彼を貴族として価値はないと判断したからです」
生徒会一同が絶句して、場面は終わった。
★
はぁ、とテオ……の役を演じていた茶髪の青年アバターのプレイヤー『平坂』は溜息をつく。
受験勉強目的で加速時間のあるVRMMOにログインしている彼のようなプレイヤーは、比較的多い。
共通テストが近づけば近づくほど、そういった層の新規ログインが増える程である。
ただ、彼の場合はちょっとした心残りがある。
「今日からか……」
そう、実は平坂は最初『ヴァルフェリアオンライン』に新規登録し、ログインしていた。
世界初の8倍速の加速時間。
これを有効活用したいのはテオだけでなく、多くの受験勢が願ったりだった。
実際、平坂はゲーム内で上手く立ち回り。
安定した環境を手に入れ、存分の勉学に励んでいたが……例のサービス休止事件が発生。
それがゲーム内のシステム介入が原因となると安全性を考慮し『あなドル』に移住する他なかった。
別に、平坂はゲームを好き好んでいない。
とは言え、『ヴァルフェリアオンライン』は慣れ親しんだもう一つの世界だった。
かなり日常的なVRMMOだっただけに、他のVRMMOよりも親近感が湧き、心惜しさを抱いている。
「……なんだこれは」
そんな平坂の目に入ったのは、サービス再開した『ヴァルフェリアオンライン』の騒動についてである。




