タクの日常 終
タクの事件から、しばらく……相当の時間が経過した後の話である。
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タクとの繋がりで巡り合ったミミ、アキ、琴葉が久々に現実で飲み会を行う事に。
少し前までカラオケボックスで集まっていた彼女たちが、居酒屋で酒による乾杯を交わす姿は感慨深いものがあった。
豪快にアキが生ジョッキを飲み干したのを皮切りに、彼女達は近況を報告し合う。
アキは兄弟の中でも上の弟が有名企業に就職できたとか、三つしたの弟が野球の全国大会に出場したとか。
ミミは自分のデザインや家具のアイディアが社内採用されたのを機に、独立して自身の店を持とうと考えている事や。
琴葉は社内でも順調に成績を上げていき、中央部署に配属が決定されたと報告する。
ふと、アキが言う。
「そーいや。シィって今、どうしてるんだ? 忙しくって、ゲームの界隈の話が耳に入って来ないんだよ」
「シィちゃんは色んな大会に出ているよ! この間も大会で準優勝!!」
4人の中で、シィだけは会社を退社した。
社内で交流関係が上手くいかなかったのもあるし、シィは元々、タクがバイトで雇われるからなぁなぁの形で正社員採用を受けたら、受かったもんだから、という流れ。
別に、長く続ける気概はなかったのだ。
琴葉が、静かに尋ねた。
「空気を悪くさせるつもりはないんだけど……タクがどうなったのか、知っている?」
アキとミミもシンと静まり返る。
少し間を置いて、申し訳なくアキが話しだした。
「いや……あたしは知らねー。忙しかったのもあるけど。変に関わったら、弟たちにも迷惑かけると思ってさ」
「……私が聞いた限りだと……結局、示談金で解決したみたいだけど、全部合わせて、とんでもない額になったって。半分くらいはタクのご両親が払って、もう半分はタクが頑張って働いて返済してるみたい」
「そう」
それを聞いても琴葉は、特別心を動かす事は無かった。
VRで活動していた自分が嘘のようにすら感じる。
里香からの、タクはナルシストの部類に入ると言う指摘に、タクの言動はパワハラそのものだと理解できた。
琴葉は重く呟く。
「私達も悪かったのよね」
えっ。
琴葉の呟きに、そんなリアクションをミミとアキは浮かべた。
「タクがあんな風になったのは、私達にも責任があった。タクがNPCに気をかけて約束事をすっぽかした時だって、ちゃんと怒って、タクが物忘れしないように私達も改善するべきだった。タクがクラフトに没頭していた時もそう。企業ギルドの時だって、タクが長時間ログインしているのを止めてたら、少しは変わっていた。私達はタクを甘やかして、私達もタクに甘えていたのよ」
「「…………」」
結局、タクが改心した切っ掛けも、ミミたちや里香や、今まで被害を受けた人々ではなく。
最後の最後まで、タクと向き合い続けた荻野が産み出したもの。
タクの両親、ミミたち友人達、その他に周囲にいた人々も、タクと最後まで向き合わず、どうしようもない奴だと諦めて野放しにした。
あの事件は、野放しにしたツケの集大成だったとも言える。
何とか、彼が改心し、堕ちなかったのが奇跡であった。
琴葉は「ごめんなさい」と謝罪を入れて、2人に告げた。
「今日は思いっきり飲みましょう! 私が2人の分を奢るから!!」
★
正社員として輝くミミたち。
プロプレイヤーとして注目されるシィ。
彼女たちとは別で、タクは薄暗い工場で作業をしていた。
加速時間ではない現実の限られた時間で黙々と、指示された事を大人しく従う指示待ち人間になっていた。
でも、自分を抑える為には、こうするしかないのだとタクは噛みしめている。
あれから時間をかけて示談交渉が行われた。
『みずの』こと『荻野』との交渉は、鮮明にタクの記憶に残っている。
VR関連のトラブルを専門に扱う『VR法律事務所』の弁護士と、VR空間で対面する形となる。
この時のやり取りも、しっかり記録されるのだという。
そして、最後まで『荻野』が同席する事は無かった。
弁護士曰く。
「彼が、貴方の場合、相手と対面して謝罪するだけで償えた気になってしまう為、同席する事はないそうです。それを差し引いても、貴方がヒートアップしてしまえば、更なるパラハラ行為を行う可能性は否定できません。彼を守る為の措置です」
モルモーの事件でも、日和からそう言い放たれた事を思い出すタク。
「その通りです」と肯定するのだった。
荻野の目的がタクに罪を自覚させる事と、VRMMOの未来への投資という名目で少な目の示談金でもいいや、と荻野は投げやりだった。
しっかり、タクでも逃げ出さない、払える金額と銘打って。
というのも……後からタクに損害賠償を訴えたアイドル事務所がタダ事ではなかったからだ。
意訳すると
「タクがいくら反省してたとしても、アイドルの営業妨害とセクハラ行為をした相手への処罰を生温くすれば、この程度で済むのだと甘く見られ、他の所属アイドルも同様の被害が起きかねない」
というもの。
要はケジメをつけさせる、という事。
ある意味、タクを見せしめにし、アンチ側への牽制を目的としているのだ。
結果として。
荻野に便乗して起訴する、と言ってたプレイヤーも、弁護士費用が高くて断念したり。
タクの被害を訴える会のクラファンも、資金が持ち逃げされ有耶無耶に。
最終的にタクの負担が大きいのは、アイドル事務所が高めに設定した示談金。
しかし、荻野側の示談金も相応であった。
勝てる勝負だからと、荻野の弁護士が引き下がらなかった結果である。
彼らも稼ぐ仕事な以上、勝てる勝負で稼ぐのは仕方ないのだ。
何より、タクはタクなりに反省をし、全て受け入れたのである。
こんな小さな工場で働き続けても大した収入は得られない。
それでも、タクは自分ができる範囲の仕事をこなし、示談金を支払う覚悟を背負った。
VRが身近な時代だ。
ふとした時、子供たちがVRの大会ポスターを見て語り合うのを耳にする。
「大会だってよー! いつか、スゲープレイヤーになって優勝してぇ~」
「わぁ……僕も、こんなプレイヤーになれたらなぁ」
タクは思い出す。
自分もそんな気持ちでVRMMOを始めたのだと。
誰かの為に、ではなく。
誰もが主役になれるVRMMOという宣伝を聞いて、自分も凄いプレイヤーになりたい!と。
一体、どうしてこんな事になってしまったのか。
タクは二度とVRMMOに戻ってくることはなかった。
それでも、また彼が戻って来るのではと、戦々恐々する人々がいる事を知っているからこそ、戻らなかった。
彼は主人公になれない。
ただ、他人を不快にさせる事しかできないのだから。
タイトル通り、タクの話はこれで終わります。
でも、物語はまだまだ続きます。




