タクの日常 その48
「……参ったな。つまり、タクの不安は現実味を帯びる訳かい?」
「いえ……その……何とも言えないんです」
里香と職員が話し合っていたのは、タクから相談された件について。
WFOのセクハラ行為が訴えられるかもしれない事。
自分の事だけは一人前に不安を覚えて、相談してくるタクに職員たちは呆れていたものの。
実際、WFO内のデータを調査して困惑していた。
「実は彼が接触したフォルという女性エルフ……実は中身が男性でして」
何故、個人情報が明かされているのか。
そもそもWFO自体が、里香の財閥が開発に携わったVRMMOの1つ。
故にフォル、荻野の個人情報など容易に見れるのだ。
事実を知った里香は目を見開く。
「はぁ? 男性なのにセクハラがどうとか騒いでいたのかい。呆れたものだね」
「お嬢様。今のご時世、男性だからなどとは通用しませんよ。男性が男性への接触で不快感を覚えた、セクハラになった事例は多くあります。事実として、この男性ユーザーはタクさんとの接触データを要求しております。裁判での物的証拠になりますからね」
「おいおい、冗談だろう……?」
「しかも、管理AIが既にデータのサルベージを開始しております。もしも、法的措置に至れば」
「こちらからデータ改竄できないのかい」
「……里香お嬢様。そこまで彼に期待するのは何故です?」
「期待、ね。私は彼の才能が本物だと確信しているが、一方で彼を完全に負かしたいという思いもあるのさ。彼が昔、私のVRMMOを破壊したように――」
職員たちが少しざわつく。
里香の話には覚えがあり過ぎるのだ。
かつて、彼女は当時最新鋭のVRMMOを世に送り出した事がある。
だけど……それをタクに破壊された。全ての隠し要素を運だけで切り抜け、取得し、彼が一強となり。
他ユーザーが離れていった……
そして、里香が次に産み出したのがWFO。
タクが上手くいかないと、苦しんでいた要因は里香が念入りに用意したタク対策なのだ。
しかしながら、それでもタクは確信ある行動を行っていた。
逢魔鴇の神隠しは、タイミングが合えば、タクが日葵の神隠しに遭遇していた。
実際、里香が肝を冷やした場面である。
とは言え、神隠し自体はプレイヤーが阻止できない仕様となっているうえ。
最悪、タクが神隠しを引き起こしたノーブルに接触しようものなら、相応のイベントが用意されていた。
ゲルヒィンでのハーフ捜索も、一種の隠し要素イベントだ。
他プレイヤーではなく、よりにもよってタクが渦中に巻き込まれてしまった。
本人のとんだ勘違いによって。
あと一歩、歯車がかみ合えばハーフ捜索をタクが攻略していた。
タクがどうこうする前に、別プレイヤーが騒動を終わらせなければどうなっていた事か。
里香は再度職員に告げる。
「管理AIを阻止してくれ。まだ、タクを完全敗北させるまでは、タクを打ち負かす完璧なVRMMOを完成させるまでは、タクを終わらせる訳にはいかない」
「……データ改竄を行えば管理AIの保護システムが作動し、外部との接続をシャットダウンします」
「それで構わない。やってくれ」
「……わかりました」
★
後日。
タクは精神科の診断を終え、処方された薬を飲んで、一段落したところで里香から提案される。
「タク。気分転換ではあるが、デバックの仕事を引き受けてくれるかい」
「デバック……デバッカー、だっけ。僕に出来るかな」
「何。心配はいらないさ。普通にゲームをプレイして貰って、そのデータを職員が調べるんだ。あと、やってて気になる事を報告してくれるだけでいい」
「でも……僕……」
うじうじと、自棄に自信をなさげなタク。
里香は思い出したかのように告げた。
「例の女性エルフの件なら問題ない。私の方で対処するから、タクは何も気にしなくていいんだ」
「……」
「やれやれ。なら、オフライン版のゲームでもやってみるかい?」
「オフライン版……?」
「サービスは終了してしまったが、サービス終了後も楽しめるように簡易的になったものさ。私の企業が開発に協力したものは無料で遊べるから、やって見たまえ」
「……うん。ちょっと気分転換にやってみるよ」
タクがVR機器にダウンロードされていたソフトの中から『タロッツ・オブ・オンライン』を選択。
最初に選択するアルカナで『運命の輪』を選択する。
別に、タクは覚えていたから選択した訳ではない。
荻野の推理通り、根幹で友好関係が重要だと理解しながら、友好関係が上手くいかない自信の無さを抱えたタクの本能が選択したのだ。
かつて、タクが無双したVRMMOのオフライン版。
だが、オフライン版だからこそ、かつてのようにタクは思い通りいくこと無かった。




