タクの日常 その47
後日。
タクが療養生活を開始したというのに、想定外の事態が発生し、職員が里香に要請をかけるハメに。
里香も、職員たちから経緯を聞かされて、溜息をつく。
まさしく想定外の事だった。
塞ぎ込んでいるタクがいる部屋の扉をノックし、里香は声をかける。
「タク。中に入っても構わないかい」
「里香……ちょっと、ごめん。今は……」
「話は聞かせて貰ったよ。大変な目に合ってしまったようだね。だが、変に気を落とす事はないさ。そういうこともある。ただ、それだけの話なのだから」
「……」
ほんの少し前の時間まで、タクは新規一転、気持ちよくVRMMOの世界に入っていた。
早起きし、施設にあるトレーニングルームで適度な運動をし、朝食を取る。
これだけでも、タクは何だか自分が健康的な気になった。
最近、両親と遭遇したくないせいで、朝食を取る事もなかった為、普段より頭が冴える感覚がある。
タクは少しだけVRMMOにログインしたいと自ら申し出た。
昨日、FEOの方にログインしておらず、ツクヨミに近況報告できなかったのを後悔したから。
しかしながら、今この時間にログインしても、ツクヨミはログアウトしており。
仕方なく、タクはメッセージだけ残す。
次にWFOで新たなアカウント作成を行った。
タクはまた黒目黒髪のモブ顔のアカウントを作成してしまうのだが、種族は今まで選ばなかった『エルフ』を選択。
割と整った顔立ちなので、タクは思わずAIに要求する。
「あ、あの~……もうちょっと普通の顔にして貰えませんか?」
『現在の顔立ちがエルフにおける平均のものです』
「そうなんだ……」
なんだか目立っちゃうなぁと、恥ずかしさを覚えるタク。
それでも、今までとは違う別の種族を選びたい、新たな自分を見つけたいと願掛けのようにエルフのアカウントのまま挑む事に。
プレイヤーネームだけはランダム作成して貰い『ショーン』という男性エルフが完成。
「よーし!」
気合を入れたのも束の間。
タクがランダムスポーンした場所は、森の中。
エルフの国『エルド王国』周辺でのランダムスポーンなのだが、周りはどこもかしこも森で何も見えない。
と、思いきや。
タクも着ているエルフの初期装備を着用している赤髪のエルフが身を屈めいる。
「あの!」とタクが声をかけても、直ぐには反応せず。
何度か声をかけて、赤髪のエルフは無表情で振り返って言う。
「すみません。周囲の探索を行っていたので気づきませんでした」
(え!? お、女の子だ。この声……)
パッと見、中性的だった為、タクは別の意味で赤髪の女性エルフに驚いたのだった。
緑のアイコン表示があるのでプレイヤーだと分かる。
名前は『フォル』。
タクとしては、フォルが女性だと気づいた事で無視しておけなかった。
「駄目じゃないか! こういう場所はモンスターがいつ襲い掛かって来るか、分からないんだよ!! 気を付けないと」
タクは真剣に注意したのだが、フォルは「はぁ」と気だるい態度をしている。
そんな彼女の態度が、ますますタクの心に火を灯す。
何だか抜けている。警戒心が無さすぎる。初心者かGWに便乗して始めたのか分からない彼女だが。
背景はどうあれ、放ってはおけないとタクは「全くもう」と宣言した。
「心配だから僕と一緒に行動しよう! 僕の名前は……ショーン!! これからよろしく!」
意気揚々と手を差し伸べるタクにフォルが「え?」と一言漏らす。
それから、どういう訳か彼女は無駄に沈黙する。
うん、ともスンとも言わない。
何を考えているか分からない淡白な表情でじーっとタクを見つめて来るのだ。
何もアクションを起こさないうえ、何も喋らない。
(この子、また! 本当にしょうがないなぁ!!)
タクは彼女をしっかりさせる為に、彼女を両肩を掴んで体を揺らす。
「あの! またボーっとしちゃってるよ、君!! しっかりして!」
「うっわ。え、キモ」
フォルが無表情で言い放った言葉に、タクはピシリと固まってしまう。
立て続けにフォルが語りに語る。
今まで沈黙していたのは、本当に何だったのか。
「いきなり体触らないで下さい。気持ち悪いです。普通にセクハラですよ? 今から録画して証拠取ったら法的に訴えれるレベルですよ。本気で法的措置取るので、触るの止めて下さい」
気持ち悪い。
セクハラ。
法的措置。
訴える。
普段聞いた事もない単語に、タクは動揺しながらも、彼女の体から手を離す。
何とか謝罪をしようとしたが、彼女は無言でログアウトしてしまった。
それが、タクが気持ちを沈めた理由である。
彼は森の中で俯いて立ちつくし続け、タイマーで強制ログアウトするまでその状態だったという有り様。
タクは扉越しから里香にぶつくさ不満を漏らす。
「だって……ボーっとしてたから、僕が呼び掛けただけなのに。あんな事」
「タク。彼女は琴葉やミミたちとは違うタイプの女性なのさ。君が一番ショックを受けたのは、下心ないのに触った事をセクハラ扱いされた事じゃないかい?」
「っ……!」
「君が遭遇したフォルという女性とは違って、琴葉やミミたちは手を握ったり、肩に触れても、セクハラだなんて騒がなかったからね」
「……うん……うんっ! そうだよ……! 僕、僕そんなつもり、なかったのにっ……!!」
里香に慰められ、タクは涙を流しながら不満をぶちまけるのだった。
それを見届けた職員たちは不穏を抱く。
「里香お嬢様……本当に彼をデバッカーとして起用するつもりなのか?」
「流石にアレは駄目じゃないか?」
「VRでも、いきなり初対面の女性に触れるのはねぇ……?」




