タクの日常 その45
基本的な検査を終え、女性医師からタクは説明を受けていた。
「うーん……そうね。まず一番心配だったVR症候群の前兆ではなさそう。持って来てくれたVR機材のデータから脳波の測定データも確認したけど、問題ないわ」
「そう、ですか。脳が疲れているだけ、ですかね。それとも精神的な……」
「田中さん、落ち着いて下さい。まずは深呼吸をして」
「は、はい……」
落ち着きないタクに優しく女性医師が呼び掛け、深呼吸させた。
早まって話を勧めようとするタクが、一息ついたところで、改めて女性医師が告げる。
「他にも幾つか気になる所があるから、検査をしましょう。もう少し頑張ってね」
「はい。わかりました」
タクが受けたのは質疑応答のタップで行うタッチパネル。
10か20かで終わるかと思えば、結構な出題をされてタクは途中から気持ちが億劫になった。
全て終わり、結果を待つよう一旦タクが退出したところで……
「タク!」
「タク……! 大丈夫か!!」
「タク兄!」
「へ? みんな!?」
待合室には、ミミ、アキ、シィ、そして琴葉の姿があったのだ。
彼女たちと再会した喜びはあれど、タクは企業ギルドでの所業を思い出し、素直に喜べない。
何を言われたまでもないのに、反射的にタクは「ごめん!」と頭を下げるのだった。
「ごめん……ごめん、みんな……僕は周りが見えなくて、そのせいで、みんなに迷惑をかけて……!!」
「それは……私たちの方もだよ!」
ミミが涙ながらに叫ぶ。
渋い表情でアキも声を絞って続く。
「タクがおかしくなっているんじゃないかって、あたし達が気づけた筈だったんだ。それなのに……あたし達はタクから逃げちまった……! こうして顔を合わせる立場じゃねぇよ。でも、タクが病院に行くって聞いて、いてもたってもいられなくてさ……」
シィはモジモジとしながら「私もごめんなさい」と謝る。
企業ギルドでのタクの立ち振る舞いに一番苛立っていた琴葉は、ずっと沈黙を纏っていたが。
タクが面と向かい合い「琴葉、ごめん……」と告げたのに、ようやく琴葉も口を開く。
「私も……ごめんなさい。私こそ、タクの事を何も考えてなかった。まずは、タクを休ませるべきだったのに、将来の為にってタクをすぐ企業ギルドに勧誘してしまったから……」
「それは違うよ! 琴葉!! 僕は勧誘されて嬉しかったし、企業ギルドにいた時だって楽しかった! でも、僕の行動が駄目で、そのせいで。僕のせいなんだ……!」
タクが再び「ごめん!」と頭を下げるのに、里香が制する。
「ああ、もう。謝罪合戦はそこまでにしておくれ。お互い悪かったで話はお終いにしよう。今日はそんな事の為に、我々は集った訳ではないだろう? タク、先程の検査の事を皆に説明したまえ」
「里香……そう、だね。あ、さっき色々検査をしたけど、VR症候群じゃないって言われたよ」
里香に指摘されてタクが思い出したかのように、皆に報告する。
先程から挙げられる『VR症候群』とは、隣人症――世界観が曖昧になり、自分を自分で観測するような感覚――に近いが、長時間VRのゲームにログインし続けると、身体の操作感覚が曖昧となり、腕を上げているつもりが、現実では腕が上がってない。
現実でもVR感覚で身体操作をしてしまい、立ち上がるどころか食事や排出まで困難になってしまう症状だ。
重症化の場合、長期のリハビリを行えば感覚を取り戻せるが、二度とVRをやってはならないレベルとなる。
それには安堵した一同。
しかし、ならばタクの症状は一体なんだと言う訳だが。
検査結果が出て、呼び出された際、タクと共にミミたちも立ち合い人として、ついていった。
女性医師は優しい口調で丁寧に説明していく。
「今回、田中さんに検査して貰ったのは、脳の異常がないかのチェックです。結果からお伝えしますと、どの検査も脳の異常や障害等の基準に満たされませんでした」
タクは「えっ」と嫌な表情で告げた。
「あの、僕、昔に病院で脳の障害の検査はしましたってお伝えした筈です。なんでまた」
「田中さん、落ち着いて。田中さんが検査を受けたのは、小学生の頃。当時より体も、脳も成長している。脳が成長すると、検査結果が変わる事があるの。……疑惑をかけられた事には変わりない以上、不愉快にさせてしまい申し訳ございません」
「あ……いえ。そういう訳じゃ。脳も成長する事や、再度検査をした事も納得しました」
女性医師が素直に謝罪した事で、タクも変に食い下がらず落ち着く。
何より。
再度、検査を受けて異常はないと判断されたのだから、むしろ何も問題ない訳だ。
タクは改めて尋ねる。
「じゃあ……やっぱり、僕が変になっていたのは、脳が疲れているからですか?」
「ええ。このグラフを見て下さい」
女性医師がモニターで表示したグラフは、ほぼほぼ色が染まり切っている異色なグラフだ。
「これは――田中さんのゲームのログイン時間です」




