タクの日常 その44
「病気……って。あの子、そんな事言って……」
その後、本当に里香がタクの家を訪ね、大方の説明を母親にするが、母親は真に受けないどころか、タクがまた周囲に迷惑をかけているのだという反応をしていた。
里香はしっかりとした口調で話す。
「本日、彼がどうして部屋から姿を現したかと思いますか。顔を見たくないのは、貴方だけではなく彼も同じです。そんな彼が、何を目的で貴方の前に姿を現したのか。まだ分かりませんか?」
「………それは」
「彼は自身がおかしいと自覚して、本気で病院に行きたいと貴方に伝えたかったのです。貴方が彼に苦労しているのは理解し、同情しますが。彼を一方的に突き飛ばすべきではありませんでした」
「………タクヤは本当に、病気……精神的な症状を?」
「正確な診断結果はありませんので断言できませんが、他ならない彼自身が『何かおかしい』と訴えているのです。彼が今まで仮病を訴えた事はありましたか? 私が知るに、彼の場合は逆。熱があっても頼まれ事をやるような人間ですよ。違いますか」
「…………」
「彼は社会のご迷惑にならないよう、私の医療従事者がしっかり監視をつけますので、ご心配なく」
「その、医療費は。あの子に、高額な医療費を返せる力なんて」
「問題ありません。彼は今後、我々の監視下でVR事業のデバッカーとして働いて貰います」
「でば、っかー?」
「何より……彼の為であり、貴方の為でもある。貴方がもう苦労する必要はありません。その為に、我々が彼を迎えに来たのですから」
里香の狙いは、コレであった。
タクをVRMMOのデバッカーとして起用するというもの。
通常のデバッカーは、ゲーム内の欠陥やバグを発見・修正するのを行うのだが、里香がやらせようとしているのは別。
数多のVRMMOを破壊したタクだからこそ発見できる『欠陥』を修正する事で、ユーザーの楽しませ、格差を生じないVRMMOを産み出す事。
それを実現できれば、多くのVRMMOが救われると確信があった。
里香の目論見など知らぬ母親は、唐突な話に混乱している。
無理もないと里香は、一先ずの話を進める。
「一旦、我々の企業への起用については置いておきます。まずはタクヤさんの診断をさせていただきます。よろしいですか?」
「…………そしたら、タクヤは、いつ家に」
「最低でも二、三か月でしょうか。むしろ戻らない方が、彼も貴方も救われるでしょう。彼の精神的ストレスの要因は……ゲームだけではないと、私は思います」
「……」
母親は沈黙する。
タクが産まれてから、ずっと苦労していた身。
彼に愛情がなかった訳ではないが、タクがあまりにも反省しない為、何もかも放棄してしまった。
家にいて貰いたい訳ではない。
だが、家から出て人様の迷惑になるのも嫌。
里香を完全に信用した訳ではない母親は、何とか言葉を振り絞る。
「せめて、せめて夫と話を」
「一体何を話すのですか」
「……」
「旦那様もタクヤさんの教育を諦めた身でしょう。今更何を話し合うのですか」
「た……タクヤを外に出すなんて、そんな事……!」
「彼を軟禁状態にするなら、我々も力を行使するしかありませんね」
「は……? え、ちょ、ちょっと!?」
里香の合図と共に、物物しく男たちがタクの部屋に迎えに行き、あれよあれよとタクを導いて、母親を妨害するように立ちはだかる。
母親が呆然とする中、里香は別れ際に告げた。
「警察にご相談をしたければご自由に、無意味に終わりますけどね」
★
「全く! 君を閉じ込めるなんて人類の損失そのものじゃないか」
「里香……これで良かったのかな……僕、母さんにお別れも」
「いいんだよ、タク。彼女とは、もう話が通じないと思った方がいい。別に実の両親に気を使う必要なんてないのさ」
里香の協力の元、実家から脱出したタク。
真っ直ぐ、彼女の家の企業にある医療機関に向かい、脳の診断を受ける事に。
タクは、母親との別れを出来なかった事に不満を覚えたものの。
準備が整うまでの間、里香と会話を交わしていたら、里香がふと言う。
「改めて話してみたけど、タクの性格は母親譲りみたいだね」
「へ? そう、かな……あ……でも、おばあちゃんがそんな事、言ってたかも??」
「あんなにタクを蔑ろにしてたのに、いつ家に戻って来るんですか、夫と話をしてから決めたいんです的な事を訴えていたよ。ホント、今更何を言っているんだか。自分がタクを引き留めないとって、変な使命感に駆られていたよ」
客観的な里香の話を聞いて、変な気分になるタク。
自分の母親をそんな目線で観察した事はなかったのだ。
「ん。どうやら準備ができたようだね。タク、行っておいで」
「あ、うん。……本当にありがとう。里香。いってくるね」
タクは里香に促されて、診察室へ向かった。
それから、しばらくして……タクが目を離していた間に、トークルームでのやり取りを目にした者達が病棟に足を運んで来た。
彼女たちの訪問に里香は、やれやれといった態度を取る。
「もう君達は来ないものだと思ってたんだけどね」




