タクの日常 その43
翌日、タクは起床した後、ストレッチをし、意を決して部屋から出る。
両親に相談しなければならないからだ。
タク自身、稼ぎもないから病院の通院費を出す事はできない。
車の免許もないから、両親に運転して貰わなければならない。
もう、まともに会話したのも何年前の事だろう。
しかし……
タク自身、ツクヨミに指摘された鬱の症状をネットで調べたら、見事に自分の症状と一致していた。
大学サークルでも
企業でも
VRMMOでも
一生懸命やってたのに、決定的なミスを犯して叱られる……を繰り返していた。
両親と対面するのも怖いが、他の人に迷惑をかけない為にもやらないといけない。
一歩踏み出すだけでも憂鬱になりながら、リビングへ向かうタク。
姿を現したタクの姿に、珍獣を見たかのような反応をする母親。
父親の姿はなかった。
「タクヤ!?」
「あ……その……母さん……話が」
一瞬、驚いていた母親だったが、盛大に溜息をつく。
「あなたの分の朝ごはんは作ってないわよ」
「あ……うん。分かってるよ……そうじゃなくて」
「はぁ……相変わらずね! その言い方!! やめなさいっていってるでしょ!?」
「え? あ、えっと」
「さっき言った『分かってるよ』よ! 生意気な口調に聞こえて、相手を不愉快にさせるから止めなさいって注意してたでしょ! 本当にお母さんの話、聞いてないのね!」
「ご……ごめんなさい……」
「その『ごめんなさい』も止めなさいって言ったでしょう!? タクヤ、貴方はもう成人なのよ! 子供じゃないんだから『すみません』か『申し訳ございません』にしなさい!! 大人の人が『ごめんなさい』なんて謝らないでしょ!?」
「ご……すみません……」
それからも、タクは何度も病院の話をしようとした。
だが、タクの話を遮るように母親が「企業の人にもそんな態度取ってないわよね」「お客様にも生意気な口調で話してないわよね」とガミガミ注意ばかりを聞かされ。
挙句の果てに、タクの過去の失敗談ばかり話す。
幼稚園の頃、他の子の絵に「こうした方がいいよ」と勝手に描き足した事や。
小学校の頃、生徒集会で意見を言い合う場で「それじゃ駄目だよ!」と上級生相手に生意気な口調と態度で説得したつもりが、逆に笑い者にされた事や。
中学校の頃、学園祭の演劇で緊急事態をフォローする為に割り込んだ事で、舞台は無事に終わったものの、演劇部の生徒たちを不愉快にさせた事や。
高校生の頃、同じく学園祭でクラスの出し物で行ったカフェで、待たせているお客様の為に椅子を用意したが、その椅子は別の用途で使う椅子で、とんだ騒動に発展した事や。
話せば話すほどキリがない。
むしろ、これだけの失敗を犯してもタクの性根が変わらないのだ。
タクは、ただただ俯くばかり。
そんなタクを尻目に、母親は再度溜息を吐いて告げる。
「もうね。お母さんも本当なら、顔も見たくないし一緒に生活したくもない。でも貴方を社会に放りだしたら、そっちの方が被害が大きくなる。だから、貴方が一生働かなくてもゲームばっかりしてても、何も言わない事にするわ。その代わり、貴方も勝手に家を出て他人に迷惑かけるのは止めなさい。いいわね」
「………うん」
とんでもない事を言われている実感もないまま、タクは返事をするしかなかった。
タクの返事に、母親が「うん、じゃないでしょ」と言いかけた途中で噤み。
「何でもないわ。部屋に戻りなさい。お母さん、貴方の顔を見ているとイライラする」
と告げられ。
結局、話せない事も話せないまま、タクはトボトボ踵を返すしかなかった。
しばし、部屋の中で蹲っていたタクだが、ぼんやりと病院の事を思い出す。
だが……
「これじゃあ、病院にも行けないよ……」
ツクヨミに相談しようにも、彼ですらタクの状況を解決する術があるか分からない。
本当に途方に暮れた特。
タクのメッセージアプリが着信音を鳴らす。
里香からだった。
『タク、最近はどうしているんだい?』
『WFOでドワーフで活躍していたようだが、あれから何一つ話を聞かないじゃないか』
藁にも縋る思いでタクは、病院に行きたい旨を伝える。
でも、母親に話そうにも全く話を聞いてくれない。どうしたらいいのか分からない。と。
里香が遅れてメッセージを送る。
『成程。いや、むしろ納得しなかったよ』
『正直言うと、タクの行動は企業ギルドに所属してた時点で何かおかしかったのさ』
『私も、タクはうっかり忘れてしまう事があったから、その直線状のものかと勝手に思い込んでしまった』
『その点はすまない。タク』
「里香……」
確かにタクは元から集中して周りが見えなくなり、忘れてしまう事があった。
タクも多少自覚はあった。
それが悪い意味で相乗効果を生んでしまったと分かり、複雑な心情を抱く。
里香は続けてメッセージを送る。
『タクは私の家がVR企業に携わっている事は覚えているだろう?』
『だから、脳の検診は今すぐにでも準備できるんだ』
『私に任せてくれないかい』
[ありがとう、里香]
『ただ、やはり、主な原因は鬱か精神的な要因で脳が働かない事ではないかと思うよ』
『精神科の方も私が根回しして、手配しておくから何も問題ない。安心してくれ』
『そうと決まれば、何日か分の着替えの準備をしてくれ』
『あと1時間、いや30分後に迎えに往こう』
[分かった]
[でも、母さんには何て]
『その辺りは私に任せたまえ』
『あと、携帯端末とVR機材も持って来るんだ。念の為にね』
[うん、わかった。待ってるよ、里香]
このやり取りは、里香とタク以外にもミミたちが利用しているグループチャットであった事。
そして、GWという期間も相まって、他のメンバーも見る機会があった。




