タクの日常 その42
翌日。
タクは普段よりも早く起床をし、体のストレッチから始めた。
ふうと一息ついて、タクは考える。
頭を休ませたからか、普段よりも冷静に考えられた。
「……カタリナちゃんの様子だけ、確認しないと」
気絶判定を受けて、そのままだったWFOの方にログインするタク。
現在使用している『ドンク』のアカウントも、モルモー虐待の首謀者だと特定された為、消さなければならないだろう。
でも、最後にカタリナや、アレンとメリッサがどうなったかだけでも確認しなければならないと判断した。
タクが『ドンク』のアカウントでログインすると……見知らぬ天井が広がっていた。
「ここは……?」
本当に身に覚えのない場所に困惑するタク。
小さな客室で、タクがベッドの上で横たわっているところに、女性ドワーフが入って来た。
彼女は「ああ!」と声を上げた。
「やっと意識が戻ったのね! 良かった~!!」
「あの、ここは? 僕は、どうなったんですか? メリッサさんたちは……」
「ええと~……取り合えず、ご飯を食べてからにしない? お腹すいているっしょ??」
「えっ。あ、はい。ありがとうございます」
女性ドワーフはタクを気使って、まずは温かな食事を提供してくれた。
彼が落ち着いたところで、女性ドワーフは少しずつ説明する。
まず、タクがいるのはゲルヒィンの冒険者ギルドの職員宿舎……つまり、タクが足を運んでいた冒険者ギルドの裏手だった。
タクがあの時、気絶してしまったのは、他プレイヤー達からの暴行を受けた為。
無論、彼らもまた職員に抑えられ、タクは保護され、ここに運ばれ治療をされていた。
タクに危害を加えたメリッサやプレイヤー達は、警備隊に引き渡され、処罰を受ける事になったと言われ。
タクは変に気まずくなる。
「その……メリッサさんの話は本当なんです。僕は、博覧会で迷惑をかけて、モルを、モルモーに酷い事を」
「それはそれ、これはこれ! どんな理由があっても、ギルド内の乱闘は禁止!! 彼らの処罰も軽いものだから心配しないで。一定期間、冒険者ギルドの利用禁止措置! しばらく反省してから、また利用できるようになるから」
「そう、なんですね……あ、あの! カタリナちゃんは、メリッサさんの妹の治療ってどうなりましたか?! 緊急依頼にかけられてたアレスさんが、見つかったとか……」
「あれね! 貴方の騒動を聞いた別の異邦人が、ノーブルの医者の、誰だっけ? その人に治療のツケをしてた分を使って、手術を依頼してくれたんだって!」
「ええっ!?」
とんでもない結末に、タクは目を丸くしてしまった。
説明してくれる女性ドワーフも、驚きと困惑と興奮が入り混じった複雑な感情で語る。
「世の中どうなるか分からないもんね~。騒動になって、その異邦人の耳に入ったって事なら、ある意味、貴方のお陰?」
「あ、あはは……これ、活躍って呼んでいいんですかね……」
「貴方が動かなかったら、それこそカタリナちゃんだっけ? あの子が助かる切っ掛けにならなかったんだから、呼んでいいと思うよ。経緯はどうあれ、1人助かった事に変わりないんだから!」
何とも言えない感情でタクは「ありがとうございます」と答えた。
冷静になって考えると、やっぱりタクは、自分は何もできていなかったと実感する。
メリッサが「貴方のお陰」とかけてくれた言葉も、タクに気使ったものだと理解すれば、タクは一つ溜息を漏らす。
女性ドワーフは「そうだ」とタクに告げた。
「もう少し、ここで待ってて貰える? お医者さんのアレン、だっけ? 彼が貴方とお話したいらしいから、呼んでくるね!」
「あ、はい」
当時のメリッサの様子から、どこか緊張感を覚えるタク。
しばらくし、女性ドワーフに案内されたアレンが部屋を訪ねて来る。
カタリナの手術が行われたというのに、どことなくアレンは以前よりも疲れた様子に見えた。
タクは申し訳ない気持ちで「あの……」と声を出すが、言葉が続かない。
先に、アレンの方から話を進めた。
「怪我は、大丈夫かい」
「はい……その、すみません。僕が直ぐに戻って来なかったせいで」
「……君は悪くない。誰も悪くないんだ。メリッサは……疲れが蓄積していたんだ。肉体的にも、精神的にも。あんな騒動を招いたのは、あそこで彼女が限界に達してしまっただけなんだ。君のせいではない。むしろ、僕達の方こそ、すまなかった。君は君なりに僕達に協力してくれたのに、こんな事になってしまった……」
ますます、気まずい雰囲気になった為、タクは話題を切り替える。
「カタリナちゃんは……手術は成功したんですか?」
「ああ、成功した。今は筋肉が衰えてしまった分のリハビリを行っている最中さ」
「はぁっ……良かった……」
タクの安堵に、アレンがほほ笑むが、少し間を置いて険しい表情で告げた。
「ドンク君。なるべく早く国から脱出した方がいい。君の噂はかなり広がってしまっているようだ」
「そこは、僕は異邦人なので、異邦人の手段を使います。お気使いありがとうございます」
「僕も、メリッサのところに行かないと。それじゃ、お互い遠くで頑張って行こう」
「……はい」
握手を交わして、2人は別れを告げた。
タクも、アレンがさり気なく触れたメリッサの容態が気になったが、今は何かする気力が湧かない。
今までの騒動が原因だろうが、それ以上に
(なんだか……疲れたなぁ……)
頭がぼんやりするのをタクは感じて、珍しくログアウトするとベッドの上で横になる。
(少し仮眠を取ろう。ツクヨミさんが言ってた通り、僕は疲れてるみたいだ……)
瞼を閉じれば驚くほどに、タクは眠りについてしまう。
そして、目を覚ました時……
「ええっ!?」
なんと既に夜の9時になっていたのだった。




