タクの日常 その35
WFOにログインし、ノーブルとドワーフのハーフを捜索し続けるタクとメリッサ。
が、結局、それらしい候補は誰1人として見つからず。
手掛かりも掴めず。
時間だけが刻々と過ぎ去っていったのだった。
二人が小屋に戻ると、アレンが光の膜を全身に纏い、カタリナの包帯を取り変えている場面に遭遇する。
カタリナの二の腕辺りにある変質し、ケロイド状になっている皮膚を目の当たりにし、タクは思わず吐き気が込み上げる。
VRなのに、それほど生々しいリアリティがそこにはあった。
そのタクの様子に、メリッサが怒りを露わにした。
「何よその態度は! この子は今、必死に生きているのよ! 気持ち悪がらないで!!」
「す……すみまぜん。分かってます。分かって、ます! でも、う、うえっ……」
「いい加減にしなさい! 貴方一体何なの!? ただの偽善本位で動いているだけ!!?」
「メリッサ! 落ち着くのは君の方だ」
アレンがメリッサを宥めるが「でもコイツ!」とメリッサが捲し立てようとした矢先。
小さくか細い声が聞こえた。
「ごめ……なさ……わた、し……きもち……わるくて……ごめんなさ……」
「っ……! カタリナ!!」
昏睡状態にあった筈のカタリナがうわ言のように、繰り返し謝罪する。
メリッサは必死に「喋らないで」「そんな事はないわ」「あともう少しだから」とカタリナを励ましていた。
タクも謝罪をするべきなのだが、カタリナの肉体の悍ましさに怯んでしまう。
自分本位に、アレンが早く包帯を巻いてくれれば謝罪できるのに、とタクは吐き気を抑えながら思った。
何故、アレンが何も動かないのかと言うと……彼はメリッサとカタリナ、タクの現状を観察し、ある判断を下すべきか思案していた。
そして……アレンは口を開く。
「メリッサ……もう、止めよう」
「な……何を言っているの、アレン!?」
「ノーブルとドワーフのハーフを見つけるのを止めようと言ったんだ。……僕の兄弟に頼んでみないか」
「え……」
「君が彼を気に入らないのは分かっている。だから、僕が頭を下げて頼む……君は我慢して欲しい」
「ま、待って……アイツが本当にカタリナを治療できるかなんて……」
「カタリナだけじゃない。君も、ドンク君も………みんな限界なんだよ。もう十分頑張ったじゃないか……! だから……僅かでもいい。残された可能性に賭けよう」
「…………う……うう……うううううううっ!」
アレンに頑張ったと慰めを貰い、メリッサは涙を溢した。
最初から無謀な挑戦だった。
僅かな可能性に賭けて、メリッサは死に物狂いで頑張った、賭け続けた。アレンもそれに付き添って。
だけど、それで彼女が限界寸前になってしまった。
昔の彼女は医者として誰でも真摯に向き合って……それがタクに対して怒鳴り散らすような精神の荒れようになっている。このままでは駄目だとアレンは悟った。
治療できる、否、直せると言っていたアレスに頼む。
新たな可能性を信じる事にしたのだ。
当事者でもないタクは、アレンの言葉を受けて涙を流す。
久しぶりに「十分頑張った」と誉め言葉を貰った。
アレンは決して、タクを励ます目的で言った訳ではないのだが……タクは気力を取り戻す。
吐き気を堪え、涙を拭いながら告げる。
「あの……! 僕、アレンさんの兄弟がどこに住んでいるか……知ってます……! 案内、できまず!」
「え……!?」
「以前……会ったって言ったじゃないですかっ! 本当なんです!!」
まさかの言葉にメリッサとアレンは目を丸くする。
すぐに、アレスに治療を依頼できる。探し出す必要もなくなった。
初めて2人は、タクという存在に感謝し、彼に「ありがとう」と言ってくれた。
タクはえへへと「たまたまですよ」なんて謙遜の言葉を返すが、心のどころかで自分を認めてくれて良かったと安堵する。
そう、この時ばかりは
★
「え……? アレクがそんな事を言ったの!? 人の治療ができるスキルなんて、あの子は持っていないわよ!」
「でも! 治療ができると仰ってたんです!! お願いします! カタリナちゃんを助けられるのはアレクさんだけなんです!! もう、それしか方法がないんです!! お願いします!!」
アレクが住んでいる家に尋ね、タクがそうして必死に頭を下げた。
義母のドワーフは困った様子だが、強面の義父のドワーフの方が「アレクを呼んでくる」と立ち上がる。
タクはパァッと顔を明るくして「ありがとうございます!」と再度頭を下げる。
(良かった……! カタリナちゃんが助かる!! これで漸く……これで、これで……?)
あれ? とタクは思った。
自分は何を必死にカタリナを助けようとし、その結果で何を求めようとしていたのだろう。
そういうイベントだから……イベント? タクは頭を上げてポカンとする。
(イベント? ……違う。イベントなんかじゃない。クエストでもないじゃないか。だから……カタリナちゃんを助けても、別に報酬なんて……ない……)
「ねえ……ちょっと……ちょっと聞いている?」
「あ、はい?」
慌てて反応したタクが振り返った先には、目を見開いたメリッサの姿が。
あまりの形相にギョッとしたタク。
彼女は感情のない声で告げた。
「アレクって、なに?」




