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VRバイターが往く!~近未来の生存戦略~  作者: ヨロヌ


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タクの日常 その29


日和は淡々と言う。


「この赤ちゃんの状態を説明しなさい」


「……へ?」


「この赤ちゃんの状態がどういうものか、ちゃんと説明しなさい。出来たら、この赤ちゃんを返してあげる。難しい問題ではないわ。だって、私が貴方にちゃんと教えてあげた内容が関係しているんだから。説明できるわよね」


「え? ……え?」


「早く説明しなさい。この子に代用乳をあげないといけないんだから」


「え……えっと」


「……じゃあ、台所を貸して。ここで代用乳をつくるから。……なにこの哺乳瓶。粉末がこんなに。まさか規定量以上の粉末を入れてないわよね? 粉末が溶けなくなるし、そんな粉っぽい代用乳を赤ちゃんに飲ませるなんて。粉を詰まらせて窒息死させる事になるわ」


「っ……! 僕――」


「流石にそんな事はしてないわよね? 散々、育成所の子達が貴方に指導したんだから」


「………」


「それよりも、この赤ちゃんがどうしてそんな状態になったのか。考えなさい。制限時間は私が代用乳を作り終えるまで。それだけあれば十分でしょう?」


「………わかりません」


タクは正直に答えた。

日和がちゃんと教えたと言うが、タクの記憶はすっかり曖昧になっている。

自分は一生懸命頑張っていたつもりだった。自分なりに工夫しようと努力していたつもりだった。

その結果が、これなのだ。


「ミルクの……テイムをする資格は、僕には、ありません。でも、教えて下さい。ミルクがどうしてこうなったのか。僕には分からないんです。教えて下さい。何がいけなかったのか……」


日和は溜息をついてタクに言う。


「私がミケを貴方にテイムするように促した理由は覚えているかしら」


「それは……モモが寂しくならないように………あ……」


タクはようやく気づいた。

真っ白な赤ちゃんモルモーは1匹だけで生きていた。

本来、モモに兄弟達と一緒に育てられる筈だった真っ白な赤ちゃんモルモー。

日和は更に告げる。


「モル助はいつ捨てたの。今、いないようだけど」


「その……近所の人達に言われて、さっき……」


「なら、分かるわよね。この赤ちゃんが今日まで頑張ってこれたのは――モル助のお陰だったのよ」


「………!」


「モル助がいたから頑張れた。モル助がいたから寂しくなかった。モル助は、この赤ちゃんにとって生きる糧、生きる希望だった。それを、貴方が奪った」


「あ……ああ………ああああ………」


「貴方、本当に何も分かってなかったのね。相手に寄り添って考えられないのね」


「ああああああ、あああああ! うわあああああ、あああああああ……!!」


タクの慟哭が響き渡る中、日和は淡々と粉まみれの哺乳瓶を洗浄し、ちゃんとしたミルクを作り上げた。

生きる気力を失い、怒鳴られる事に怯えている真っ白な赤ちゃんモルモー。

日和はテイムの能力で赤ちゃんモルモーの精神を宥めた。


気持ちが落ち着いた赤ちゃんモルモーは、ごきゅ!ごきゅ!とミルクを飲み始める。

飲んで、飲んで、飲んで。

全て飲み干した赤ちゃんモルモーは……


「ぷいいいいい! ぷい! ぷい! ぷい! ぷい! ぷい! ぷい!」


とても元気な鳴き声を上げ始めた。

可愛らしい赤ちゃんモルモーに微笑む日和は、おやつの柔らかい草を赤ちゃんモルモーに与えると、赤ちゃんモルモーはもっもっもっ!と激しく食べる。

更に欲しいと言わんばかりに「ぷい!ぷい!」と赤ちゃんモルモーは鳴くのだった。


「沢山食べて元気になったわね。偉いわ。後で私が名前をつけてあげる。ミルク、なんてややこしい名前は嫌よね?」


タクは呆然とする。

優しく声をかけ、優しく呼び掛け、優しく褒める。

対して自分は?

赤ちゃん相手に怒鳴り散らしていた自分は?

打ちひしがれたタクは震える体を起こし、微笑ましい日和と赤ちゃんモルモーに告げた。


「ひ……日和、さん。僕、モル助を……モル助を探しに、行きます」


「そんな事しなくていいわ。この子にはモモたちがいるんだから」


「責任を、取らせて下さい」


「なら、モル助を探さないで頂戴。モル助を巻き込まないで。モル助は保護された土鼠なのだから、野生に戻るのがあるべき姿なのよ」


「………」


「モモも赤ちゃんが離乳したら野生に帰すわ。モモだって野生にいた子でしょう。違う?」


「ちが、わないです」


「責任がそんなに取りたいなら一つ、貴方がやるべき事があるわ。二度と土鼠に、モルモーに関わらない事よ」


「それ……は」


「貴方がモモたちに対して、どうしてそこまで責任を取りたがるか、最初は分からなかったけど、今なら分かるわ。……例の、騒動の切っ掛けになったモルモーを虐待した異邦人って、貴方なんでしょう?」


「……!」


「やっぱり。そんな気はした。正直に言って、貴方のモルモーに対する執着が異常だったから。何でそこまでモルモーの為に尽くそうとしてるのかってね。でも、こんな事になってしまったから、モルモーに何かしないと、責任を取らないとって思ったんでしょう?」


目を見開いたタクは、言葉を何とか引き出して「はい」と答えた。

日和は赤ちゃんモルモーを優しく撫でながら告げる。


「ハッキリ言わせて貰うけど、貴方は責任を取ろうとしては駄目よ。責任を取れば気持ちが楽になるから。何かした気になって、モルモーを酷い目に合わせた罪を償えたと感じてしまうから」


「………!」


「本当に責任を感じているなら、二度とモルモーと関わらないで一生罪を抱え込みなさい。モルモーをちょっと助ける程度で償えると思ったら……大間違いよ!」


赤ちゃんモルモーの手前、怒鳴れない日和は静かな怒りを吐き出した。

日和は元気に鳴く赤ちゃんモルモーをつれて家から立ち去っていく。

タクは何も反論できず、ただただ立ち尽くすばかりだった。

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