タクの日常 その28
「いい加減にしろよ! モルモーを保護するだけで、飼うつもりじゃねぇって言ってただろうが!!」
「ごめんなさい……その、僕が、僕のせいでミルクが、僕が育てないといけなくなって……」
タクが必死に謝罪している相手は、タクの住まい周辺にいるプレイヤー達だった。
彼らはタクの家から聞こえて来るモルモー達の騒音に悩まされていた。
当初、被害に合ったモモをテイムした件については、彼らも仕方ないと受け入れていたものの。
今は保護でも何でもない。
タクのミスで再び新たなモルモーの飼育を始めた事で、プレイヤーたちの苛立ちは頂点に到達した。
「私達、モルモーの介護が終わるまでっていうから、我慢してたのに!」
「迷惑かけてんのはテメェだけなんだよ」
「アンタ1人の為に、5000円払ってプレミアムパックなんか取りたくないんだから。それともプレミアムパック代、払ってくれるの?」
そう、プレミアムパックでタクごとブロックしてしまえば、モルモーの騒音に悩まされない。
だからといって、この為に、プレミアムパックに入るなんて嫌なプレイヤーたちは、そうやってタクを責め立てるのだ。
タクは、渋々「わかりました」と言う。
「モル助だけ……モル助を野生に逃がします。ミルクはまだ赤ちゃんだから、逃がせません」
「逃がします、じゃねえんだよ。今すぐ、そいつを持って来い。今すぐに!」
「今、やらないと忘れるんでしょ。アンタが忘れっぽい奴だって、テイマーの人が言ってたんだから」
「……っ。はい」
そう。
タクはまだモル助をテイムし続けていた。
他のテイマーたちは保護したモルモーを既に野生へ逃していたというのに。
タクが育成所に夢中になって、逃がすのは今度でいいやと後回しになった結果である。
プレイヤーたちが喝をして促さなければ、ミルクのお世話を理由に、モル助は野生に逃がす機会を逃していただろう。
彼らが厳しく監視をしながら山脈に向かった事で、タクは寄り道できずに、モル助を野生に帰した。
山脈にいるモルモーの群れに合流させるようにテイムを解除すれば、モル助はタクに振り返る事無く、仲間たちの元へ真っ直ぐ向かっていく。
その光景を目の当たりにし、タクは彼らが本当に本能的で、飼育してくれる者に関心はないのだと改めて気づかされた。
プレイヤーたちから解放されて、帰宅したタク。
そんな時、誰かがタクの家の扉を叩いた。
また、モルモーの苦情だろうかとタクが露骨に嫌々しい声色で「はい」と返事し、扉を開ける。
そこには日和がいる。
タクはハッとして、慌てて頭を下げた。
「日和さん……! 日葵さんと、日美子ちゃんのこと、本当にごめんなさい!! 二人の事を全然守れなくて、それどころか……」
「モモの赤ちゃんを1匹引き取ったのを聞いて、ここに来たのよ」
「ミルクの事も、ごめんなさい! 僕の責任です! 僕が、僕がちゃんと講義を聞いていなかったから、ミルクがモモに育てられなくなって……!!」
「いいから頭を上げて」
「……は、はい」
タクが頭を上げ、日和の表情を恐る恐る確認すると、彼女は怒っていなかった。
至って平静で、何もない表情。
タクがモルモーの知識を学習中に、モモの出産を手伝いたいと頭を下げてたとき激怒していた時とは、まるで違う。怒りが無かった。
(日和さん……怒ってない、のか?)
困惑するタクに対し、日和は告げた。
「様子を見せて貰えるかしら。ちゃんと貴方が育てているかの確認よ」
「は……はい」
日和はテイマーの仕事として、タクの元に訪れたのだ。
タクは彼女を家の中に入れ、そこで異変に気づく。
自棄にミルクが静かなのだ。
いつもは「ぷい!ぷい!」と積極的に鳴き続けると言うのに……
「……? ミルク? ミルク、寝ているの??」
カゴの中を確認すると、ミルクの体は動かないまま。
何かあったのかと慌ててタクがカゴから、ミルクを取り出し、ステータスを確認する。
だが、何も異常は表示されていない。
なのに……
「きゅ……きゅ……」
「ミルク……? どうしたんだい、ミルク……!? ミルク!」
タクは何らかの異常だと判断し、幾度も回復魔法を施すが何も反応がない。
一向に改善せず、ミルクは死んだ魚のような瞳でガタガタと体を震わせているのだ。
その状態を見た日和は冷静にテイムのスキルを行使する。
バチン!
と何かを切除したような音共に、ミルクの体から淡い光の輪が切断されるエフェクトが。
そして、日和は「テイム」と一言告げて、ミルクをテイムしたのだ。
タクは訳が分からず、呆然としているとミルクはあっという間に、日和の手元に移動してしまった。
「な、何をしたんですか!?」
日和はタクを無視して、震えるミルクへ優しく声をかけた。
「もう大丈夫よ。怖かったわね。辛かったわね。これからは私が世話をしてあげるから、心配しないで」
「ぷいー……ぷいー……」
「ミルクを返して下さい!」
タクが睨むのを無視するように日和は立ち去るので、タクは無理矢理彼女を掴みかかる。
「待って下さい!」
真っ直ぐ相手の瞳を見つめるタクだが、対する日和はドス黒い瞳でタクを見つめていた。




