タクの日常 その26
それが何分も、何十分も続いた。
忙しないタクは「あの」と小声でテイマーたちに尋ねる。
「時間がかかり過ぎではないですか? 何か異常があるんじゃ――」
「どのモルモーもそうなのよ。そんな直ぐに産まれて来る訳じゃないの」
「でも、でもっ……モモたちが苦しそうじゃないですかっ……!」
「白凪さん。それが命を産むって事なのよ。私達だって、お母さんたちがお腹を痛めて、必死に頑張って生んでくれたから、こうして生を受けたの」
「あ、見てっ」
「……っ!」
テイマーが指差した先にいるチャチャが、赤ちゃんを産んだ。
だが、タクはその赤ちゃんが羊膜まみれでぬるぬるした状態だったので、思わず引いてしまう。
その次はミケ、その次はモモと、赤ちゃんが産まれる。
モモたちは生まれた赤ちゃんの羊膜を取るお世話を施し始めた。
その状態でも、ぬるっと更に赤ちゃんを出産する。
どんどん産まれる。
一体何匹産むのだろうか。
そんな中、タクはモモたちから視線を逸らしてしまう。
想像以上に生々しい光景だったので、赤ちゃんが産まれた感動より気持ち悪さが勝ってしまったのだ。
テイマーの1人が心配して声をかけた。
「大丈夫? 白凪さん」
「す、すみません……あの、僕は何をしたら……」
「そうね。牧草の準備をしてくれるかしら? 出産を終えたモモちゃんたちはお腹をすかせるから、沢山食べないといけないの」
「わかりました」
逃げるようにタクは牧草を取りに行き、モモたちの所には重い足取りで向かう。
(あの赤ちゃんに触れないと駄目なのかな……嫌だなぁ……)
思ってたのと違う。全然可愛くない。
タクが部屋に戻ると小さなぷいーぷいーという可愛らしい鳴き声が聞こえた。
なんと、あの赤ちゃんたち。
羊膜がとれると、既にちゃんとしたモルモーの形をしている事が分かった。
しっかりした毛並みも持っている。目もぱっちり。ぷいーぷいーと小さく鳴いている。
しかも、既に動き回っているではないか。
(あ、あれ?)
モモたちがお世話をして、羊膜が取れた為、こういう姿が露わになっただけで。
最初から、赤ちゃんはこういうものだった。
タクが勝手に気持ち悪がっていただけで……タクは「わぁ」と子供っぽく赤ちゃんの様子を伺う。
「あはっ。ちっちゃいモルモーだぁ」
「ふふ。モルモーはある程度、しっかりした形で産まれて来るし、ほら。牧草も食べれるのよ」
「わっ、ほんとだ」
モモは3匹、ミケは4匹、チャチャは5匹の赤ちゃんを産んだ。
タクが子供のように微笑ましく眺める中、他テイマーたちはいそいそと準備を整える。
「もう少しして、モモちゃんたちが落ち着いたら牧草を入れましょう。持って来てくれてありがとう、白凪さん」
「そんな……僕は大した事してません。頑張ったのはモモたちです」
決まり文句のように謙遜の台詞を言うタクだったが、テイマーたちは大抵「そんな事ないわ」「白凪さんが気づいたから」など返してくれる。
だが、今回ばかりは
「そうね。モモちゃんたちが頑張ったから、この子たちが産まれてきたのよ。モモちゃん、ミケちゃん、チャチャちゃん。可愛い赤ちゃんを産んでくれてありがとう」
と、テイマーたちが口々にモモたちを褒めるのだった。
タクは物足りなさを感じてしまう。
すると、テイマーの1人が息を飲んだ。
「先輩! ミケが……ミケの体に傷が!!」
「えっ!? これは――出産の時にひっかいてしまったのね。念の為、光の膜でカゴを覆いましょう」
「モモは大丈夫みたいです。チャチャの方は?」
「待って、確かめようにも見えにくいわ……」
タクが動く前に、テイマーたちの方がテキパキと作業を始めてしまう。
それをもどかしく思い、孤立したタクは何かしようと周囲を伺う。
すると……
(あれ……?)
モモが赤ちゃんの毛づくろいをしてあげている中、1匹の真っ白な赤ちゃんモルモーだけがピクリとも動いていない。
モモもその赤ちゃんのお世話をしておらず、他の赤ちゃんばかりに気にかけていた。
タクは焦りを覚える。これは不味いのではないかと。
(あ、ああ……あああ……! 助けないと!!)
タクは、カゴの中に手を伸ばし、赤ちゃんを素手で持ち上げ、手の中で光魔法で回復を施す。
それでも、身動きする様子がない赤ちゃん。
タクがボロボロ泣きながら「頑張って、頑張って!」と赤ちゃんに呼び掛けるのだが……反応はない。
彼の様子に気づいたのか、テイマーの1人が声をかけた。
「白凪さん……? 何を……」
「赤ちゃんが! この赤ぢゃんが動かないんです……!! さっきがら回復ざぜてるのに! 全然っ、反応がなぐでっ……頑張っで! 動いで!! 頑張っで、お願いだから! 死んじゃ駄目だよぉ!!」
悲劇の主人公のようにふるまっているタクを、テイマーたちは愕然と見つめていた。
彼が、素手で赤ちゃんに触れている光景を。
彼らは今まで、タクに関心していたが、彼の非常識な行動に何も言葉をかけられない。
タクが彼らを無視して嘆く。
「わぁっ……あぁぁ……! どうしよぉ……! 赤ちゃんがぁ、赤ちゃんがあぁぁあぁっ……!!」
酔いしれているようなタクの姿に、彼らは初めてタクに嫌悪感を抱いた。
いくら無知であっても、周囲の相談なしで勝手な振る舞いをするタクに、今までの信頼が吹き飛んだ。
同時に、日和が彼を問題視していた理由を納得するしかなった。




