タクの日常 その23
「わ~! 凄い食べてる~!!」
「赤ちゃんを産む為に、栄養をつけないといけないのよ」
「そっかぁ! 沢山食べて元気な赤ちゃんを産んでね! モモ! ミケ! チャチャ!」
雄のモル助から離し、落ち着いた場所である日和たちの家に引き取られたモモたち。
日和が用意した栄養価ある牧草をもっもっもっと、モモたちは食べていた。
日和と日美子が微笑ましく見守っている中、1人の女性白鬼が現れる。
彼女は三姉妹の長女『日葵』。
神社の巫女の役目を熟しており、彼女達の所に現れた際も巫女の恰好のままだった。
「あら? もしかして、日和が引き取った土鼠たちのお世話をしているのかしら」
「姉さん!」
「日葵おねーちゃん! モモたち『にんしん』したの! 元気な赤ちゃんが産まれるように、あたしがお世話するんだぁ!!」
「ふふ。日美子がお世話するなら安心ね。モモちゃん達の事、お願いね?」
「うん!」
日美子がモモを見守る中、日和と日葵はさり気なく距離を置いて小声で会話をする。
「何かあったの? 急に戻って来るなんて……」
「例の土鼠の件でね。鬼神様よりお言葉を賜ったの」
「え……鬼神様が動く程なんて」
鬼神を祀る神社を含む、この世界の神を祀る場所と管理する神職者が存在する理由。
それは、彼らが世界を管理する『天井の神』から言葉を受け取る為にある。
同時に神社のような施設は、神の祀る以外にも役割があるのだ。
日葵が説明する前に、ある事から伝えた。
「この件を異邦人の方々にも説明をしないといけないわ。彼らはこちらの事情を把握していないでしょうから……表にいる彼にもね」
「彼?」
窓ガラス越しから表の様子を伺う日和。
そこに俯いた姿勢で立ち尽くす白凪の姿があり、息を飲んで呆れた。
思わず「アイツ……!」と頭を抱える日和に、日葵は不思議そうな顔をする。
「本当、珍しいわね。日和が誰かと喧嘩なんて」
「アイツ、私と喧嘩したって姉さんに吹き込んだワケ!? アイツはテイマーとして無責任な事をしたのよ!! 今回の件は、ちょっとしたミスでは済まされないわ!」
彼女の憤りを見て、仕方なく日葵がタクと対話する形となった。
★
「ごめんなさいね。日和はテイマーとしての責任感が強い子だから」
「いえ……僕が悪かったんです。僕はただ、モモたちの出産を手伝いたくて……」
カゴの中でモル助が動く音が聞こえるタクの自宅で、日葵とタクが会話をする。
あれから――タクはモモたちのテイムを切った。
妊娠の一件の責任を取る形で。
だが、せめてモモたちの出産を手伝いたいと何度も日和に頭を下げたが、日和から断られた。
反省の意味として、タクはモルモーたちの介護を続け、引き取るモルモーの性別も確認すると主張しても日和は「だから何?」と突き放す。
そんなのは当たり前の事でしょう、と。
タクに対し、日葵が微笑みと共に神妙な面持ちで告げた。
「白凪さん。そう落ち込まないで。私は巫女をやっていて天井の鬼神様のお言葉を賜る事があるの。つい先日、鬼神様から派遣される神族の御方が対処して下さると、そうお言葉が届いたわ」
「……え? 神族……? 対処……? どういう事ですか……?」
「今回の土鼠たちの一件、事は想像以上の被害をもたらしているわ。最早、貴方や日和たちが土鼠たちを丁重に介護しても収拾がつかない段階に至っているの」
「……そう、ですね」
「今回のような我々が手の施しようがなくなった場合だけ、鬼神様を含めた世界を管理する『天井の神』が神族の派遣をして下さるの。神族……ノーブルとも呼ばれる種族の方々よ」
「ノーブル……知ってます。でも、あの人たちが何を?」
「端的にいうと――今回の件をなかった事にする」
「な……なかったって……」
「土鼠たちの心の傷も、体の傷も全てなかった事にする。それが今回の派遣で行われる処理」
「それって、極端過ぎませんか……」
「白凪さんの気持ちはわかるわ。本来あったことをなかった事にしてしまうなんて、ね。でも、山脈が立ち入り禁止となれば私達は他里との交流が困難となってしまう。時間で解決するには時間がかかり過ぎる。そうするしかないの……」
「そんな……」
タクは自分自身が事を招いておきながらも、日葵の言い分に納得ができなかった。
神族――ノーブルがそのような事をするのも許せなかった。
一方で、日葵は告げる。
「ただ、これでモモちゃんが助かる可能性は広がった。違う?」
「え」
「勿論、普通の出産でもかなり大変よ? でも、今よりは助かるかもしれない。白凪さん、前向きに考えて頂戴?」
「……はい」
日葵の指摘通りであった。
あの悲劇がなかった事になるならば、モモは出産を耐えられる可能性が高まる。
喜ばしい点もある……なのに、タクは釈然としない。タク自身、何故か分からない程に。
そして、日葵は重要な事を告げた。
「ただ……一つ、白凪さんに教えておかないといけない事があるわ。神族が派遣されると、必ず誰か1人『神隠し』に合うの」
「神隠し?」
「生贄のようなものよ。神族は気に入った誰かを連れ去ってしまう習性があるの。連れ去られた者は二度と戻って来れない」
「そ……そんな!?」
「未成年者だけ、神族が来訪中の間は神社に匿う事が許されるわ。……妹の日美子も、その1人ね」
タクはいても経ってもいられず、宣言する。
「僕が日美子ちゃんを、他の子供たちを守ります!」
「ありがとうね。じゃあ、日美子や他の子供たちを神社に誘導して、そこで見張ってて欲しいわ。事が事だから、協力して貰えたら本当に助かるの」
「はい! 僕に任せて下さい!!」




