タクの日常 その22
新たなモルモー……『モル助』を迎え入れて、しばらくした後の事。
タクがクエストを受けている最中、日美子が世話をしていたモモたちの様子を確認すると……
大変な事が判明し、日美子は姉・日和の助けを求めた。
「おねーちゃーん! お姉ちゃん、どうしよー! モモたちが~!!」
「もう! 大声を出さないの、日美子!! ご近所に迷惑でしょ!」
「早く来て~! モモたちが『にんしん』したって! 『にんしん』って赤ちゃんを産むんだよね!?」
「……ええ!?」
日和は別の意味で驚き、タクの家へ急行した。
改めて、確認すると……日美子が叫んだ通り、確かにモモは『妊娠』をしている。
しかも――ミケとチャチャまで!!
カゴの中にいる唯一の雄であるモル助の存在に、日和は頭を抱えた。
「何をやっているのよ、白凪!」
こうならない為に、日和はこれまでモモと同じ雌のモルモーだけをタクに渡していた。
だというのに。
例の被害を受けた、新たなモルモーを引き取る際。
タクは、雌ではなく雄のモルモーを引き取ってしまい、事あろうことか、雌のカゴに入れてしまったのだ!
これでどうなるかは、考えるまでもない。
何より……
「モモが妊娠してしまうなんて……!」
「お、お姉ちゃん? なんで嬉しそうじゃないの? モモに赤ちゃんが生まれたら駄目なの?」
妹の日美子の存在で我に返った日和は、慌てて笑顔を取り繕う。
「ううん。いい事よ。モモたちが新しい命を運んでくれる。これほど素晴らしい事はないわ。日美子、手伝ってくれる? モモたちには新しいカゴを用意しないと。出産する為の、ね。出産が終わるまで、雄のモル助とは離れさせないといけないから」
「わかった! おばあちゃんの家に行って、新しいカゴ貰ってくるね!!」
日美子は何も知らず、元気に叔母の家へ駆けていく。
対して、日和は険しい表情を隠せないでいた。
★
「妊娠? モモたちがですか?!」
クエストに戻って来たタクに日和は事実をつたえる。
彼が嬉しそうなリアクションをしたのに、日和は顔をしかめた。
「もしかして、貴方は狙ってモル助をカゴに入れたの。雌のモルモーしかいないカゴに」
「え? えっと……」
「モモは、出産に耐えられずに死ぬかもしれないのに?」
「え!? し、死ぬって、どういうことですかっ!」
「これはコッチの台詞よ!」
日和の怒声にタクは怯む。
「モモはようやく元気になったばかりなのよ! 体力なんて回復してない!! 男にはどれほど出産が大変なのか分からないのかしら!?」
そう、ようやく回復したばかりの、あるいは回復しつつあるモモが、出産という体力と気力が必要なものに耐えられる訳がない。
タクは、それを理解していた筈。
否、誰がどう考えても、普通にそのような考えに至る筈なのだ。
日和は――彼女でなくとも、タクの行動を理解できないだろう。
「どういう神経で雄のモル助を、雌のモルモーしかいないカゴに入れたの!?」
まさしく鬼の形相の日和相手に、タクは下に視線を逸らしながらもごもごと言うのだ。
「だって。まさか、こんな事になるなんて――」
信じられない言葉だった。日和の怒鳴る勢いを増す。
「モルモーの生態は散々学習したでしょ!? モルモーは本能的な生物よ! 雌と雄を同じカゴに入れればどうなるか。馬鹿でも分かるわ!」
黙りこくるタクに、息を吐いて冷静になった日和は告げる。
「白凪、これは全て貴方の責任よ」
「ぼ、僕は、そんなつもりじゃ」
「どれだけ貴方が言い訳しようが、貴方の責任になるのよ。モモ、ミケ、チャチャ、モル助をテイムしているのは貴方。彼らに何かがあれば全て貴方の責任」
「……」
「今回、貴方の不手際でモモたちは望まれない妊娠をしたの。モモも、ミケもチャチャも、モル助でさえも望んでない」
「待って下さい! そんな言い方しないで下さい! 産まれて来る子供に罪なんて」
「謝りなさい」
「え……」
「モモに謝りなさい! モモだけではないわ!! ミケとチャチャ、モル助にも謝りなさい!! 貴方のせいで死ぬかもしれないモモに頭を下げなさい! さっきから、そんなつもりじゃ、こんな事になるなんてって……言い訳ばっかり! 何度だって言うわ! 貴方の責任よ! 貴方が悪いのよ!!」
事実を付きつけられ、反論のしようがなく、逃げ場もないタクは、えぐえぐと涙を溢れ出す。
日和の指摘通りだったのだ。
妊娠や交尾なんて、時間をかけてやるものだろうから、ちょっと入れるだけなら、大したことない。
妊娠して、出産しても死ぬことなんてないだろうから問題ないや……と。
でも、違った。
「ごめん……! ごめんよ……!! 僕、ぼぐっ……モモを、死なぜるづもりなんで無がっだんだ……! ごんなっ、ぞんなづもりっ……ながったんだ……! うううう、うううううう!! うっ!?」
パチン!
とタクは日和に叩かれる。
何故?みたいな顔をするタクに日和は怒声を浴びせた。
「だから! 言い訳をするなって、言ってるでしょう!? 謝罪をしなさい! ただ謝罪するのよ!! 自分の非を認めなさい!!!」
「っ……う……ごめん……僕が、ぼぐが……悪かった。僕が間違ったんだ……僕のせいで……ごめんよ……モモ……ミケ……チャチャ……モル助……」
彼がどう謝罪を続けたところで、現実は何も変わりはしない。
奇跡が起きない限り、モモは決死の出産を迎える運命から逃れられないのだから。




