タクの日常 その21
最終的に、もう1匹モルモーを迎え入れ、テイムをしたタク。
その個体の名は全身が茶色だから『チャチャ』。
モモ、ミケ、チャチャ。
彼らは無事に仲良くなり、モモからぷいぷいと愛嬌ある鳴き声が聞こえる事が多くなった。
心なしか、モモは落ち着いたように感じるタク。
そんな時、日和から招集の声がかかった。
タクが呼ばれた建物内では――無数のモルモーの叫び声が響き渡っている。
他の白鬼のテイマーたちが、布で覆われたカゴの中にいるモルモーの世話をしている光景が広がっていた。
まさかとタクが顔色を変える。日和は険しい表情で状況を説明した。
「実はね。ここ最近、山脈での事故が多発していて、その原因がモルモーだと判明したの。他のテイマーたちと山脈にいるモルモーの調査をしたら……貴方のモモと同じ目にあっているモルモーたちが、山のようにいた。同族の虐待を目の当たりにした野生のモルモーたちや、この前、黄鬼たちが逃がしたモルモーも加わって、山脈一帯のモルモーが狂暴化してしまっている……被害は甚大よ」
他の白鬼たちも口々に言う。
「山脈は物流だとか、金のない平民が他の里に使う通り道だ。土鼠の狂暴化が拡大したら、山脈を渡ることすら困難になる」
「これは最早、国全体の問題。一種の災害だ」
「ああ……恐らく、各里長による緊急会合が開かれるだろうな」
最悪の形でモルモーのテイムに失敗し、連鎖的に悪循環が巡り巡って、遂には国家レベルの問題に。
愕然とするタクに、日和は声をかけた。
「白凪。貴方も手伝ってくれるわよね。見ての通り、手が足りないの」
「……はいっ。僕に出来る事は何でもやります……!」
真剣な眼差しでタクは、一つのカゴと向き合う。
中からは、モモよりも刺々しい鳴き声が聞こえてきた。
「ぎゅいいいい! ぎゅいいいい!!」
「ビックリしちゃったね。ごめんよ。すぐ終わるから、大丈夫……いたっ!?」
モモの時とは違い、今度のモルモーは攻撃をしてきた。
カゴの中に入って来たタクの手を噛みついたのである。
だけど……彼らはそれ以上の苦痛を味わったのだ。タクの騒動をきっかけに――
「……怖いんだね。そうだよね……ごめんよ……怖い目に遭わせて……ごめん」
ここ最近、モモが大人しくなった為、久々の感覚にタクは罪悪感に蝕まれる。
今度は彼らを救わなければならない。
どれほど懐かれず、嫌悪され、罵倒のように鳴き喚かれても。
黙々と休む事なく、タクは世話を続けた。
一通り、全てのモルモーのカゴの内装を整え、餌なども与え終えると、テイマーたちは各々モルモーを持ち帰り、各々で手厚く介護を行う事となった。
タクも新たなモルモーをテイムし、自宅に連れて帰った。
低賃金かつ簡素な小屋のようなところが、タクの自宅となっている。
「ただいま」と扉を開けると、勝手に家に上がり込んでいた先客の姿があった。
「シロナギー! おかえり~!!」
「わっ。日美子ちゃん!?」
銀髪おかっぱの少女が出迎えるなり、タクに抱きつく。
彼女は美人三姉妹の三女・日美子である。
自信満々に彼女は言う。
「今日はあたしがモモたちのお世話をやったのよ!」
「日美子ちゃんが! ありがとう」
タクが日美子の頭を撫でると、彼女はえへへと嬉しそうに笑う。
ふと、タクの手元にあるカゴに気づく日美子。
「それなぁに?」
「新しい子だよ」
カゴに入っているモルモーは「ぎゅいいいいい」と威嚇している。
日美子は暗い表情を浮かべた。
「もしかして、この子も……?」
「うん。日和さんが言うには、かなりの数のモルモーが虐待を受けている様なんだ」
「酷い……! モモもこの子も、何も悪い事してないのに……!!」
「本当に、モルモーたちにどれだけ謝っても足りないくらいだ……」
「なんでよっ。シロナギは頑張ってるじゃん!」
「でも……モルモーたちにこんな目を合わせているのは僕達、異邦人の人達だから……」
「シロナギはアイツらとは関係ないよ! あたしだって、そのくらい分かるもん!!」
「……ありがとう。日美子ちゃん」
怒りを露わにしている日美子にお礼を告げながら、タクはカゴ越しで新しいモルモーとモモたちを会わせる。
モモはどことなく、新たなモルモーを気にかけた様子でぷいぷいと鳴いている。
最初、警戒し続けていたモルモーも、モモやミケ、チャチャとしばらく顔合わせすることで、威嚇はなくなった。
しばらくすると「きゅるるるるる……」と愛嬌ある鳴き声が聞こえた。
微笑ましく一連の流れを見守って、安堵するタクと日美子。
「シロナギ! この子はなんて名前?」
「あ……まだ決めてなかったや。折角だし、日美子ちゃんが決めていいよ」
「ほんと!? えーとえーとぉ……じゃあ『モル助』!」
「も、『モル助』?」
「うん! この子は男の子だから、モル助だよ!! これからよろしくね、モル助!」
この時、タクは新たな悲劇が幕を開けるとは想像していなかった。




