タクの日常 その20
「なによこれ……酷すぎるわ……」
タクが連れてきたモルモーの記憶を、『テイム』で読み取った白鬼の女性テイマーが絶句した。
タクは白鬼の里『銀ノ峰』にたどり着いて、テイマーの捜索を行った。
噂を辿って尋ねたのは、大正時代を彷彿させる豪邸。
そこには白鬼の中でも名高い美女三姉妹が住んでおり、その三姉妹の次女・日和が1級テイマーの資格を有していた。
最初、突然訪ねてきたタクを適当にあしらおうとしたが、タクが必死にモルモーを診て欲しいと頭を下げた。
仕方なく、日和がモルモーをバスケット越しで診てやった。
だが、彼女の想像以上の状態のモルモーが、そこにいる。
「便の毒素が体に蓄積してしまっているわ。脱毛症も広がってる。そして、精神的な問題ね。人型の種族への恐怖心が強く刻まれているわ」
「……っ……どうにか、どうにか、この子の心を癒せませんか」
「とても時間を要する事になるわ。貴方……白凪といったかしら、貴方はこの子を最後まで見守る覚悟はある?」
「はい……僕は、この子を救わないといけません……」
たかがモルモー1匹。
されどモルモー1匹。
このただ1匹を救ったところで、何の解決にもならない。
だが、タク自身はタクなりに己の罪を自覚する。
「でも……僕はモルモーの事を、何も知りません。救いたいのに、何とかしたいのに……お願いします。モルモーの事を、僕に教えてください」
そして、一歩踏み出すタク。
自分は何かしたいと行動をするが、何もできなかった。その知識を持ち合わせていなかった。
それを認め、テイマーの日和に頭を下げたのだ。
NPCたちからすれば、ただのモルモー程度の事としか思えなかったが。
タクが異邦人であるなら、仕方ない事かとNPCの日和は受け止める。
「分かったわ。貴方にテイマーの基礎を徹底的に叩き込む。この子を救いたいなら、絶対に投げ出さない事。いいわね」
「はいっ!」
モルモーのステータスを把握した日和がさり気なく言う。
「この『土鼠』……モルモーは『雌』ね。女の子よ。まずは、この子に可愛い名前を付けてあげて」
「性別? 雌?」
「なっ……全く! ちゃんとステータスを見なさい! ステータスの把握なんて初歩どころか、種族としての基本でしょ!」
「す、すみません!」
モルの性別は何だっただろうか?
覚えていない。
否、タクはステータスを把握していないし、記憶すらしていなかった。
本当に自分は何も見ていなかったのだと、ショックを受けていたタクは何とか命名する。
「『モモ』……この子の名前は、モモです」
「可愛い名前ね。名前をつけるのは大事な事よ。ちゃんと名前を呼んであげなさい」
「はい……」
色々と理解することで、逆にタクは自信がなくなってしまった。
果たして、自分にモモの傷を癒せるのか。
また、同じ失敗を繰り返してしまうのではないか。そんな不安が渦を巻き続けていた。
★
タクは『銀ノ峰』で働き出した。
冒険者ギルドでクエストを受け、モンスターの素材を換金し、真っ直ぐ家に帰り、モルモー……『モモ』の世話をする。
「モモ。ご飯だよ」
タクはモモの入っているカゴに被せている布を少しずらす。
「きゅいいいいいい! きゅーい! きゅーい! きゅーい! きゅーい!」
「……っ。怖いね、モモ。ごめんよ、直ぐに終わらせるから」
タクは、優しい口調でテキパキと餌の入れ替えとカゴの清掃を行う。
清掃には光の魔法の粘着性を利用し、糞や牧草だけを回収する。
「終わったよ、モモ。我慢してくれて、ありがとう。布を被せるね、モモ」
なるべく静かに立ち去るタク。
だが、一連の作業中、モモは常に激しく警戒と恐怖の悲鳴を上げ続けていた。
何一つ改善しない現状に、タクは思わず溜息をついてしまう。
(僕には無理なのかもしれない……)
タクの気持ちが更に塞ぎ込む中、日和があるものを持って来た。
「モモの為に、この子を連れてきたの」
「えっ、ま……待って下さい。どうして――」
日和が用意したのは、新たなモルモー。
動揺するタクに、日和は教えた。
「モルモーは群れで生活するのよ。だから基本、1匹で飼わないで複数飼うの。モルモーは寂しがりやだから。この子をテイムするのはモモの為よ。仲間もいない。ひとりぼっちのモモの為……わかった?」
「……はい……わかりました」
三毛猫のような模様をしていることから『ミケ』と命名したモルモーをテイムするタク。
いきなり、ミケをモモのカゴには入れず、別々のカゴ越しで匂いと鳴き声だけで接触させる事に。
タクは優しく声をかけた。
「モモ、君の新しい家族だよ。ミケっていうんだ。ミケ、この子はモモ。仲良しくしてあげてね」
ぷいぷいと鳴いているミケに対し、初めてモモが姿を現した。
布があるせいで鼻先しかみえないモモ。
モモからぷいぷいと愛嬌ある鳴き声が聞こえくる。警戒ではない。恐怖ではない。普通の鳴き声が……
タクは息を飲んで、小声ながら興奮気味に日和へ呼び掛けた。
「日和さんっ。モモが、モモが姿を! 鳴き声もぷいぷい言ってます……!」
「落ち着きなさい、白凪」
「でもっ、モモが、モモがっ……! 良かった……本当に良かった……! うう……」
「そう思うなら、ミケに感謝しなさい。ミケのお陰よ」
「はいっ! ミケ、ありがとう。ミケのお陰でモモも喜んでる。来てくれてありがとう……ミケ」
お礼を告げても、ミケはぷいぷいと鳴き、牧草をもっもっと食べる。
でも、モルモーはこういう生物。
タクもそう理解を示し、ミケが好き勝手に糞をしようが鳴こうが、微笑ましく見守るのだった。




