タクの日常 その15
オギノの漫画に向かってモルモーが糞を放出したのは、始まりに過ぎなかった。
モルモーは謎の浮遊をしたまま、自由自在に宙を疾走し始めて、博覧会内で暴れまくったのだ。
謎の光により、誰からも制止が効かず。
食べられる植物や野菜を食べに食べまくる。そして、糞を流す。
ぷいぷいきゅいきゅいと、タクに黙らされた分だけ鳴き喚く音量はとんでもないものだった。
エコーがかかって反響。会場内で嫌でも響き渡ったのだ。
「誰かあのモルモーを止めてくれえええええええええええ!!!」
謎現象に対し会場は阿鼻叫喚。
八つ当たりで、タクに暴力を振るう者が多く溢れ返った。
そんな中の救世主が、優秀なNPCテイマーの女性。
テイマー1級の資格を持つ彼女は、モルモーに対し「可哀想に」と優しく抱きとめる。
彼女の手によって、一瞬でモルモーは暴走を止めた。
魔法で自分の声を響かせ、テイマーの女性は会場内全ての種族に呼び掛けた。
「皆様、心して聞いて下さい! この子に罪はありません!! 先程の暴走は、この子をテイムしていた彼がテイムで行動を強制させていたからです!!」
ざわざわっ、どよめきが走る。
暴力でもみくちゃにされ、満身創痍のタクが「違います!」と訂正した。
「僕はモルを躾けて――」
「モルモーを躾ける事はできません!」
「え?」
「排便はモルモーの本能的な行為です。モルモーは無意識にしてしまう為、モルモー自身の理性で抑えることは不可能なのです。彼は躾けと称してモルモーの排便を禁じ、更には鳴く事や、行動の自由すら奪いました。これほど卑劣な行いを、テイマーとして許す訳にはいきません」
「だ、だから違います! 僕はトイレの場所をモルに教えて……」
「では、実際に皆様に見て貰いましょう」
「え?」
「『テイム』は、テイムした対象の体験や記憶を読み取る事が可能です。それを他者に見せる事も」
『テイム』にそんな機能が?とプレイヤーたちは、まさかの情報に驚いていたが。
次の瞬間から、テイマーの女性がモルモーの体験してきたものを会場内の者に映像として見せた。
タクがとって来た行いに、様々な声が湧く。
「うわ……なにあれ」
「可哀想……」
「どう見ても嫌がってるじゃん!」
「酷い……」
「なんてことを」
「トイレに行こうとしてたのに、無理矢理テイムで引き寄せてる!」
「こんなの虐待だって」
「もう見てられない」
周囲の人々の声に、タクが愕然と立ち尽くしてしまう。
そんなつもりなかったのに、一生懸命頑張ったのに。
琴葉たちに迷惑かけない為に、モルモーを躾けただけなのに。
周囲からの軽蔑な眼差しに涙しながら、タクは震える声で言う。
「僕は……そんな……つもりじゃ………躾けてただけで……」
テイマーの女性がモルモーを優しく撫でながら厳しく告げる。
「何故、貴方が泣いているのですか。本当に泣きたいのは、このモルモーでしょう」
「……」
「この子が何をしたのですか。鳴き喚くのが嫌? 排便を撒き散らすのが不愉快? 全て貴方や周囲の女性たちの勝手ではありませんか。動物とは、こういうものなのです。貴方の都合よく動く道具ではありません」
最後に、テイマーの女性は告げた。
「先程の現象は、この子の最後の抵抗……『テイム』の友好度が最低値に到達した際に発生する強制解除です。これにより、そこの彼は二度とこのモルモーを『テイム』する事はできません」
「……え!? 待って下さい! モルは!!」
「貴方の手に渡らないよう、私が守ります」
女性は賞賛され、タクは蔑まれた。
彼女がモルモーをテイムし、タクはモルモーとのテイムが解除された。
その結果に、どうする事もできずタクは
「あああ、あああ………ああああああああああっ! うわあああああああん!! モル……モルッ! モルゥーーーーッ!! ああああああ! うわああああああ、うわああああああああああんっ!!」
ギャンギャンと泣き始めた。
おもちゃを取り上げられた子供のように、泣き喚く。
あまりに惨めな成人男性に、周囲の人々は呆れて何も言えなくなっていた。
NPCも、プレイヤーも。
ひそひそと口々に噂し合って、後ろ指をさされ、痺れを切らしたイベントスタッフがタクを連れ出そうとする。
最初はわんわん泣きながら抵抗していたタク。
四人がかりで手足を持ち上げられると抵抗できないので、宙ぶらりん状態となり、酷い有り様で運ばれた。
運ばれている最中も、うえーんうえーんと泣いているタク。
あまりに馬鹿げた姿に、周囲の人々がクスクスと笑うのだった。




