第八話
クーちゃんは、町役場を出ると、急に疲れがドッとでた。
そう言えば、愛奈ちゃんの横でぐっすり眠るために、こっちに来たんだった。なんか眠たくなってきたし、そろそろ日本に帰るか。
クーちゃんは、ふらつきながらも、広場への道を進む。この時、クーちゃんは、知らなかった。
この世界の町にいるヌイグルミは、クエスト受注中やクエスト攻略中などを除き、いつでも日本に戻れる。クーちゃんはその方法を知らなかったのだ。あと、コンソールルームへは、屋外にいたら何処でも入れるのだが、そのこともちゃんと理解していなかった。
クーちゃんは、フラフラになりながらも、いつもの広場に戻ってきた。
受付のフランス人形がクーちゃんに気付く。
「転居届を町長へ届けられましたか?」
フランス人形は、相変わらす、最高の営業スマイル全開で言った。
「千ドールもらったよ。ありがとう」
「日本に戻ろうと思って戻ってきた」
なんか、とても眠い。
「あの。日本へ今までどうやって戻っていたんですか?」
「コンソールルームの日本への扉から戻っていたけど」
フランス人形が苦笑いする。
「言いづらいのですが、日本へは『日本への扉オープン』と言うと、どこに居ても日本に戻れますよ」
「え。えー!」
クーちゃんは、試しに『日本への扉オープン』と言ってみる。クーちゃんの目の前に『日本に戻りますか?』と書かれたウィンドウが開き、『はい』と『いいえ』のボタンが表示される。はいを押すと、気が付くと愛奈のスヤスヤと穏やかな寝息が微かに聞こえる布団の中に戻っていた。
もう、いいや。眠いから寝よ。
「愛奈ちゃん。朝よ。起きなさい」
愛奈の母親の声でクーちゃんは目覚めた。
クーちゃんには、今何時か分からなかったが、朝なのは確かである。
実際には、朝七時であり、昨晩寝た時間は十時頃なので、九時間寝ている。九時間では、保育園児の幼児の睡眠時間としては少ないが、お昼寝もするので、そこで愛奈の不足分は解消する。しかしながら、ヌイグルミは一時間寝ると、二十三時間は寝なくても大丈夫なので、寝過ぎである。
それでも、クーちゃんは快適に目覚める事が出来た。
しかし、愛奈はまだ寝ぼけており、母親に手伝ってもらって起き出す。顔を洗う為に愛奈は、母親に連れていかれた。そして、クーちゃんは布団に置いて行かれたままだ。
折角、一緒に寝られて一緒に起きれたのに、一緒に居られないとは。
しばらくすると愛奈は、寝室に戻って来る。
「クーちゃん。朝よ。起きなさい」
起きてますよ。愛奈ちゃん。俺を連れて行ってくれ。
「寝坊助さんですね。朝ご飯ですよ」
愛奈には、当然、クーちゃんの声は届かない。そして、愛奈にとっては、クーちゃんは今起きたことになっていた。
愛奈は、クーちゃんを抱っこすると、ダイニングに行き、食事が準備されている食卓に行く。クーちゃんを自分の席の横に座らせると、愛奈は「いただきます」と言って、食事を始める。
クーちゃんは、愛奈の家族の食事風景を見ていると、本当に仲の良い家族だと思う。
今、愛奈一家が困っていることと言えば、愛奈が通っている保育園が無期限で休みであり、いつまで休みなのかわからないことであった。
食事が終ると、両親は洗い物を食洗機入れて、出勤の準備を始める。
その間、愛奈は、クーちゃんとおままごとをしていた。やっぱり、愛奈ちゃん設定では、クーちゃんは愛奈の妹と言う設定で、愛奈がクーちゃんのお世話をするという内容だ。
しばらくすると、父親は出勤してしまい、母親は在宅勤務の為、部屋に籠ってしまう。愛奈は、気にせず、一人でおままごとで遊んでいる。
クーちゃんは、父親が愛奈のために、ヌイグルミを買って来た理由が分かったような気がした。
恐らく、愛奈が保育園に行けば、園児が大勢居て、遊び相手に困る事はないだろう。自宅だと、遊び相手が一人もいないのだ。
お絵かきに夢中になったり、積み木遊びに夢中になったりすると、クーちゃんの事を忘れている時もあるが、飽きるとだいたいクーちゃんに話しかけて、抱っこして一緒に行動して、別の遊びを始めていた。
やっぱり、愛奈ちゃん、一人で寂しいんだろうな。俺がもう少し寂しさを紛れさせられたら良いのだが。
昼休み時間になると、母親が仕事部屋から出てきた。
昼ご飯の殆どは調理済みで、レンジで温めるだけになっていた。その為、母親は手際よく、温め始める。みるみるお昼ご飯が完成し、食卓に並べる。
「愛奈ちゃん。ご飯よ」
母親は、子供部屋にいる愛奈を見つけ、言った。
「クーちゃん。ご飯ですよ。食堂に一緒に食べに行きましょう」
愛奈ちゃんの様子を微笑みながら母親は見つめる。
ママさんは、自身も忙しいはずなのに、愛奈ちゃんに丁寧に優しく対応している。愛奈ちゃんを大切に思っているんだなあ。
料理を食べ終えると、愛奈は、しばらくクーちゃんと遊んでいたが、欠伸を頻繁にするようになる。食後で眠たくなったのだ。
食器等の後片付けを終えた母親が、ダイニングで遊んでいる愛奈ちゃんを見つける。
「愛奈ちゃん。お昼寝の時間よ」
愛奈は、クーちゃんを抱っこすると、母親に連れられて、寝室に行く。布団にクーちゃんを寝かせるとその隣に愛奈も横になる。
「おやすみなさい」
母親が言うと、愛奈も「おやすみなさい」と言って眠ってしまう。
母親は、愛奈が眠ってしまったのを見届けると、行ってしまう。
俺は、全然眠くない。昼寝ってどのぐらい寝るんだ。異世界だ。異世界に行って確認しよう。
クーちゃんは、また、観念投影世界にやった来た。
コンソールの前に立つと、画面が点灯すると、『現在受注できるクエストはありません』と表示された。
どうすると受注できるクエストが表示されるんだろう。いやいや。いまはそんなことを考えている場合じゃない。愛奈ちゃんがどのぐらい昼寝するのか? それを知る方法がないか?
そうだ。広場受付のフランス人形に聞いてみよう。
クーちゃんが、広場へ行くと、受付にフランス人形がいた。フランス人形はクーちゃんを見ると、営業スマイルをした。
「教えて欲しいんだけど。幼児って大体どのぐらい昼寝するか知っているかい?」
「はぁ!」
フランス人形は面食らう。
「え。人間の事ですか? 人形の事ですか?」
「人間のこと」
フランス人形は首を傾げ悩む。
「残念ながら、知りません。それに昼寝には個人差があるんじゃないでしょうか?」
たしかにその通りだな。
「調べる方法とかないかな?」
フランス人形は、斜め上を見る。
「日本に行って、観察するしかありませんね」
フランス人形も困っていた。そもそも、人間のことなど見たこともないのだ。
「いや。見たい相手は自分の横に寝ているんだけど、時計も何も見えない場所に置かれて居るんだ。だから日本へ行っても分からないんだ」
フランス人形は、急に明るい顔になる。
「それなら、コンソール画面で日本での自分の位置がわかる画面を見ると、その幼児が観察できるかもしれませんよ」
そ、そう言えば、そんな機能あったな。
「ありがとう」
クーちゃんは、自分のコンソールルームへ戻り、コンソールを操作し始めた。すると、日本へ戻る場所が映し出されると、クーちゃん自身が薄く見え、隣に愛奈が眠って居るのが見えた。
クーちゃんはガッツポーズする。