第六話
クーちゃんは、フランス人形がいる受付のある広場を、足早に人混みの中、歩いて行く。
クーちゃんの周辺には、ゲームに登場するモンスターのヌイグルミやミカちゃん人形などが歩いている。
この広場、見た目は、日本の地方都市の駅前広場とそっくりなんだけどな。なんか微妙に違うんだよな。世界が違うんだから、違って当たり前なんだけど、なんなんだろうな。
たしかに広場は、日本の駅前広場に似ているが、決定的に違うのは、人間がおらず、ヌイグルミや人形しかいない事である。あと、大きな違いは、自動車がないため車道が無いのも違う。
クーちゃんはチュートリアルクエストで習った町役場への道へと進む。
幅三・五メートル程の石畳の道で、両側は、商店が軒を連ねている。歩いているのが、ヌイグルミや人形で無ければ、日本の商店街とそれほど変わらない道を、クーちゃんは進む。
チュートリアルで記憶した通りの町役場へ行くと、大勢の人間が抗議活動しているのが見える。
どうなっているんだ。この世界になぜ人間がいる。
目を擦って見直すと、抗議活動をしている人間の姿は消えた。
「あなたにも見えました。アレ」
そう言うと、学生服で日本刀を持ったアニメキャラのザンの人形が話し掛けてきた。
「アレって抗議活動している人間の映像の事か? 今は見えなくなったけどな」
「人間がクマに喰い殺されているというのに、クマを殺すなって抗議をしている。そんな、人間界で起きている歪な思いがこちらの世界にも影響して、ああいう幻影が見えたりするんですよ」
クーちゃんは、周りを見ると他にもヌイグルミや人形もいるのに、抗議活動をしている人間に全く興味無さげに見えた。
「でも、全員に見える訳じゃないんですよ。あなたテディベアだし、クマに関係する人だから見えたのかもしれません」
ザンが言った。
「あんたは人形だろ。と言う事はこっちの世界の住人だよな。あんたがクマに関係する人には見えないけど、どうしてあんたには見えたんだ?」
ザンは、ちょっと驚いたあと、ニッコリする。
「僕は、人間界から伝わってくる観念を観測する仕事をしているので」
「そんなものを何で観測しているの?」
「クエストには、皆さんの願望を叶える為の個人専用のクエストの他に、管理局から配信される配信クエストがあるってご存知ですよね?」
クーちゃんは、苦笑いする。
「俺、こっちに来たばかりで、まだ、チュートリアルクエストしかやったことなくって、詳しく知らないんだ」
ザンは、澄まし顔を作る。
「申し訳ございません。クエストには、チュートリアルクエストの他には、個人専用クエストと配信クエストの二種類あります。個人専用クエストは、個人の願望を叶える為のクエストです。そして配信クエストとは、日本の世界の観念を読み取り、管理局からヌイグルミの皆さんへ配信し、日本社会を少しでも良くする為のクエストです」
クーちゃんは首を傾げる。
「いまいち良くわからないんだけど、配信クエストって受注してクリアするとなんか良い事あるの?」
「配信クエストは、個人専用クエストが受注出来ないヌイグルミでも受注できます。あとクリアすると、経験値、スキル、クリア報酬などが手に入ります。あと、日本がほんの少しだけ良くなります」
「ヌイグルミにとってはメリットがあることは分かったけど、管理局にはどんなメリットがあるの?」
「主なメリットは、日本が良くなれば、こっちの世界も治安が良くなりますし、なにより、ヌイグルミの成長に繋がります。優秀なヌイグルミが揃えば、私たちの自治体は優秀な自治体と認められます」
優秀な自治体として認められるって……もしかして、
「この世界って、この町以外にもヌイグルミの町ってあるのか?」
「ええ。この世界は、日本と同じ数だけの町がありますよ」
「それじゃあ、この町のヌイグルミって、俺の持ち主と同じ町に住んでいる持ち主のヌイグルミって事か?」
「残念ながらそうとは限りません。過疎っている町と密っている町では、おのずと人口の差がでますので、上位管理局が平均的に割り振っています。そうじゃなければ、この町にこんな大勢のヌイグルミが居ませんよ」
そう言うと、ザンは苦笑いする。
考えてみれば、自分もこの世とあの世の間で彷徨っていたら、ヌイグルミに転生させてくれる謎の存在と出会った訳だしな。死人がいっぱいでるところじゃないと、人口差がでるわけか。
「あ、そう言えば、俺町役場に、町長に会いに行くところだったんだ」
「どんなご用件ですか?」
「転居届を届けに行くところだ」
「それじゃあ、代わりに届けておきましょうか?」
「あんたに頼んだら、引っ越し祝い金、千ドールもらえるのか?」
「小クエスト中でしたか。それはすみません。僕が届けたらクエスト失敗で、引っ越し祝い金をもらえません」
「自分で届けに行くよ」
すると、町役場から、オレンジ色のトカゲのヌイグルミが出てくる。
「チッ。町長いないじゃないか!」
そう言うと、トカゲのヌイグルミは、足早に行ってしまう。
「どこ行ったかわかる?」
クーちゃんはザンに聞いた。
「僕は分かりません。とりあえず、受付に行けば、聞けるかも知れないから行ってみませんか?」
クーちゃんは、ザンと一緒に町役場へ入って行くと、総合受付に行く。
そこには、ピンク色の可愛いキツネのヌイグルミ、四尾が、受付嬢の制服を着たマイナーな人形と話していた。
「あのね。俺は、町長にこの時間に会いたいと呼び出されて、ここに来たんだよ。なんでいないんだよ」
四尾が激おこだ。
「そう、言われましても町長秘書も現在、町長を探しているところでして……」
受付嬢人形も困っている。
「どうかしたんですか?」
ザンが受付嬢に話しかける。
受付嬢が丁寧に説明する。
「うーん。町長にも困ったもんですね。それでは、三尾さん。あなた魔術探知系ですよね。町長を探し出して町役場まで連れてきてくれませんか? もちろん小クエストなので、報酬をだしますよ」
ザンは、考え込みながら言った。
「報酬は、何をくれるんだ?」
四尾は、怪訝な顔をして聞いた。
「クエスト一回分ぐらいの経験値でどうでしょう」
四尾は、渋い顔をする。
「クエスト一回分の経験値だけじゃ、面白くないな。そもそもミーティングをすっぽかされたんだし」
「その埋め合わせは町長にしてもらってください」
ザンは間髪入れずに言った。
「当然、すっぽかされた分の埋め合わせは町長にしてもらうが、探しに行く報酬がクエスト一回分の経験値だと言うのなら、クエスト一回行った方が良いだろう」
「わかりました。スキルジュエルを三つ付けましょう。その代わり、この新人さんも同行させてください。この方も町長を探しております」
四尾は、不服そうだったが、渋々引受けた。
「あ、そうそう。俺のあだ名は四尾に変ったから」
四尾は、ザンとの別れ際に言った。
「あ、レベルアップしたんですね。おめでとうございます」
四尾は、別れの挨拶を尻尾を振ってする。
クーちゃんは、四尾の後について行く。