第五話
クーちゃんは、日本の愛奈の家のリビングに戻ってきた。
いろいろあった事、学んだ事を、整理するためにも、休憩したかったからだ。
広場にいるフランス人形に、休憩するのにちょうど良い場所はないかと聞いたら、日本に戻るのが良いと聞いたからでもある。
リビングは、観念投影世界へ行った時と同じように誰も居なかった。本当に向こうへ行った時と同じ時間であるかは、ちょっと確認する方法が、クーちゃんにはなかった。
いろいろ考えていると、クーちゃんはウトウトして、寝てしまった。
気が付いたら、お風呂からでてきたばかりの愛奈によって、クーちゃんは起こされた。
愛奈は、眠って居るクーちゃんを起こしてしまったことなど知る由もないが。愛奈は、再びクーちゃんを使ってままごとを始める。愛奈にとっては、クーちゃんはメスで、愛奈の妹と言う設定になっていた。
ヌイグルミの中には、オス、メスわかるモノもあるが、クーちゃんは性別不明と言うより、そもそも設定されていない。中身は男だが。
ままごとをしていても、愛奈は欠伸をするようになる。
「愛奈ちゃん。そろそろ寝る時間よ」
母親が、眠そうにしている愛奈に言った。
愛奈は、母親に導かれて、寝室に行くと、クーちゃんを布団に寝かせると自分もその横に寝転ぶ。母親は、布団を愛奈とクーちゃんに掛ける。
「愛奈ちゃん。おやすみ~」
「おやすみなさい」
そう言うと、愛奈はスヤスヤ眠ってしまう。母親は電気を消すと部屋から出て行ってしまう。
よっぽど眠たかったんだなあ。
クーちゃんには、スヤスヤと穏やかな寝息が微かに聞こえた。しかし、この位置からでは、愛奈の姿は見えないし、真っ暗にも関わらず、まったく眠たくならず、退屈だった。
この愛奈ちゃんが寝ている時間は、自分も一緒に眠るべきだ。さっきは、疲れて日本に戻ってきて眠ってしまった。 観念投影世界へ行って、疲れて帰ってきたら、愛奈ちゃんと一緒に眠れるはずだ。
もう一度、観念投影世界へ行きたい。
そう念じると、クーちゃんは再び、扉の上部に、『観念投影世界』と書かれた看板のある観音開きの扉の前にいた。クーちゃんが扉の方へ近づいて行くと、自動で扉は開く。二度目である。何の躊躇もなく、中へ入って行った。
コンソールルームに来ると、そのままモニターへ近づいて行く。モニターの近くまで来ると、モニターは点灯し、『現在受注できるクエストはありません』と表示された。
やっぱり、まだクエストは、発生していないか。
さて、チュートリアルクエストの続きをやるか、広場を探索するか、どうしようか……とりあえず、フランス人形に相談に乗ってもらおう。
クーちゃんは、広場入口の扉を通り、広場へ出る。そして、受付の前に出た。
「もう、戻って来られたんですね」
フランス人形が、ニッコリしながら言った。
「広場の探索か、チュートリアルクエストに行くか悩んでいるんだけど、どっちがおススメかな?」
フランス人形は、少し間を置き、「チュートリアルクエストはいくつクリアしましたか?」と聞いた。
「まだ、一つ目しかクリアしていない」
「なら、チュートリアルクエストを先に行くことをおススメします」
そう言うと、フランス人形は、ニッコリする。
クーちゃんはフランス人形に礼を言うと、コンソールルームへ戻る。
コンソールを操作し、今受注できるチュートリアルクエストは、すでに攻略済みの一つ目のクエストと、二つ目のチュートリアルクエストが表示された。そして、二つ目のチュートリアルクエストのタイトルは、『広場の施設と住民とのコミュニケーション』であった。
なるほど。そう言う事か……、とりあえず、二つ目のチュートリアルクエストをやるか。
やってみると、広場を含む町の主要な施設とその場所、 観念投影世界におけるヌイグルミとの交流方法や人形たちの役割などがわかるチュートリアルクエストであった。
そして、クエストをクリアすると、クーちゃんは、再びコンソールルームに戻された。
今、日本に戻っても眠れるかどうか微妙だな。折角だからチュートリアルクエスト内の広場じゃなくて、本物の広場へ行ってみるか。
クーちゃんが、コンソールルームを出ると、すぐにやっぱりフランス人形がいた。
「二つ目のチュートリアルクエストをチャレンジしましたか?」
フランス人形が話し掛けてきた。
「ああ。クリアしたよ」
「そしたら、小クエストにチャレンジしませんか?」
「小クエスト?」
クーちゃんは思わず聞き返す。
「ええ。町の住人からの頼まれ事の事を小クエストと言います。報酬は、経験値だったり、スキルだったり、お金だったりといろいろです」
報酬か、何がもらえるんだろう? 聞いてみるか。
「今回の報酬は何なの?」
フランス人形は苦笑いを浮かべる。
「報酬だけ聞くんですか? 小クエストの内容は聞かないんですか?」
フランス人形は、からかうように言った。
「もちろん。内容も教えてよ」
フランス人形は、受付台に付いている引き出しから、紙切れを取り出す。
「この転居届の用紙にお名前を記載して、町長に届けて欲しいのです。報酬は引っ越し祝い金、千ドールです」
「千ドル!」
クーちゃんは驚く。
フランス人形は、真剣な表情でクーちゃんの目をしっかり見る。
「違います! 千ドールです」
クーちゃんは首を傾げる。
「千ドル?」
「千ドールです。ドールと伸ばすのです。ドルだと日本と同じ世界の外国の通貨だと聞きましたよ」
なんで、そんな事知っているの? それにヌイグルミの世界の通過だからドールなんて、安直だよ。それに千ドールってどのぐらいの価値があるんだろう。まだ、分からないことが多すぎる。
そんなこと、思いながら、クーちゃんは溜息を吐いた。
「ちなみに、報酬は町長からもらってくださいね……。これで小クエストの全貌が分かったかと思うんですけど、受けてくれますか?」
フランス人形は、営業スマイル全開で言った。
「この際だから、受けますよ。それに引っ越し祝い金が貰えるんだしね」
クーちゃんは、転居届の用紙をもらうと、ボールペンをフランス人形から借りると、名前の欄にクーちゃんと書き込んだ。
「ところで、町長は何処に居るんだ?」
「おそらく、町役場にいると思います。居なければ、町役場にいる人に聞いてください」
その程度の事なら誰でもわかるって。
クーちゃんは、町役場へ向かって、広場の中を歩いて行く。