第二話
愛奈ちゃんが、ダイニングで遊んでいると、母親がやって来る。
「愛奈ちゃん。お昼寝の時間よ」
愛奈は、クーちゃんを抱っこすると、母親に連れられて、寝室に行く。布団にクーちゃんを寝かせるとその隣に愛奈も横になる。
「おやすみなさい」
母親が言うと、愛奈も「おやすみなさい」と言うと目を閉じる。
母親は、愛奈が眠ってしまったのを見届けると、行ってしまう。
しかし、愛奈が眠ったかなと、クーちゃんが思ったとき、むくりと起き出す。
「全然眠くない」
愛奈が言った。
昼ご飯の前に寝たからなあ。
クーちゃんが納得したが、眠れない愛奈にとっては大問題である。
愛奈は、クーちゃんを自分と向かい合う様に座らせる。
「クーちゃん。愛奈とお話しましょ」
おう。声は出せないけど、いくらでも話し相手になるよ。
クーちゃんは言ったが、当然声が出ることはない。
「クーちゃん。退屈だね。どこか遊びにいきましょ」
愛奈は、クーちゃんに問いかけるが、当然、クーちゃんは答えない。
どこに遊びに行くの?
「そうだよね。遊びに行きたいよね」
愛奈の中では、クーちゃんは遊びに行きたいと言ったことになっていた。
愛奈は、小さなリュックサックにクーちゃんを足から入れ、頭だけ出ている状態で背負う。そして、そのまま寝室を出て行く。そのまま玄関へと歩いて行く。
クーちゃんの視点では、愛奈の背中側の光景しか見えず、愛奈が何処へ進んでいるのかわからない。
愛奈は、下駄箱から靴を取り出すと、床に置き、玄関の端に座って靴を履く。玄関の扉を開けると、外に出て、扉を閉める。リュックサックを下し、クーちゃんと向かい合う。
「クーちゃん。お外に出かける事は、ママには内緒だよ」
愛奈は、クーちゃんに言った。
母親は、愛奈に外に出てはいけないと教えられていたが、どうしても外で遊びたかったのだ。
愛奈ちゃん。外は、クマが居るんだよ。危ないよ。家の中に引き返すんだ。
クーちゃんの心の声は愛奈には届かず、リュックサックを背負うと、愛奈は歩き出す。玄関から門まで幼児らしい足取りで歩くと門を出る。
愛奈の家の前はアスファルトの道路を挟んで、向こう側は近所の家の倉庫だった。その倉庫は、シャッターの横に扉があり、扉の近くには鉄パイプが大量に立て掛けてある。
すると、軽トラがやって来て、前の倉庫のシャッターの前に停車する。車から運転手が降りてくると、扉を開け中に入って行く。勢いよく扉を閉めた為、反動で少し開いてしまう。しばらくするとシャッターが上に上がっていく。電動シャッターで、倉庫の中で、軽トラの運転手スイッチを入れたからだ。運転手は開きかけのシャッターからでてくると、軽トラの荷台に固定されていた荷物を解除すると、倉庫へ運び入れる。荷物を入れ終わると、またシャッターが降りはじめ、軽トラの運転手は閉まりかけているシャッターを通って倉庫から出てきて、軽トラに乗り込む。すると軽トラのエンジンが掛ると走って行ってしまう。
軽トラの運転手は、ちゃんと扉を閉め切らなかった為、三センチメートル程、開いたまま行ってしまう。
愛奈は、自動でシャッターが降りるのをジッと眺める。
「クーちゃん。不思議だね。どうして上がったり、下がったりするんだろう」
クーちゃんは愛奈の背後側を見ているため、シャッターが上がったり、下がったりしているのを見ていない。なので、何が上がったり、下がったりしているのかわからない。
愛奈ちゃん。背中に背負うのを止めてくれないだろうか?
残念ながら、クーちゃんの思いは愛奈に届かなかった。愛奈は、興味の赴くまま歩き出す。
愛奈の家から少し離れた場所に、サネカズラの木があり、小さい赤い実がたくさん生っていた。一匹の人喰クマがその木の実を食べていた。
人喰クマでも、人間ばかり食べている訳ではなく、木の実も食べる。
人喰クマは、木の実を食べつくすと、まだ、満足しておらず、フラッと歩き出す。
愛奈は、まだ倉庫の前に居た。
小さい甲虫が、地面を這っているのを見つけてそれを見ていたのだ。久しぶりに外へ出ると、何気ないモノが物珍しく思えたのだ。
愛奈の好奇心は、尽きることはなく、辺りを観察しているが、その様子はクーちゃんにはわからない。ずっと背後を見ているからだ。
人喰クマは、他にもエサがないか探して歩く。ゆっくりと、愛奈たちがいる方へ、のっそり歩いて行く。しかし、十字路を曲がった位置にいる為、まだ、愛奈たちを視界に捕らえる事はない。
愛奈は、小さい甲虫がカサカサゆっくり歩いているのを観察する。人喰クマが、確実に近づいているのも気付かずにいる。
人喰クマは、十字路の近くまで来る。まだ、愛奈の存在に気付いていない。愛奈は、人喰クマがいる側の十字路を背にしている。
そして、とうとう人喰クマは十字路にまでやって来た。クーちゃんは愛奈の背後をずっと見ている。その為、クーちゃんは、いち早く人喰クマが十字路に差し掛かった事に気付く。クーちゃんはこの人喰クマを一目見ると、観念投影世界で見た、人がクマに襲われる幻影のクマと被って見えた。
愛奈ちゃん。逃げて。クマが来た!
愛奈は、動く虫の跡を視線で追った。その為、向きが変り、クーちゃんから人喰クマが見えなくなる。
愛奈ちゃん。ゆっくり避難して。クマに見つかる。
クーちゃんの声は、愛奈に届かない。クーちゃんの願いとは、真逆に人喰クマは、愛奈に気付く。人喰クマは愛奈をジッと見つめる。
虫が突然飛んだので、愛奈はその虫を目で追うが、飛んで行ってしまい見失う。そして、愛奈は人喰いクマをおよそ十メートル程の距離で発見する。
クーちゃんの可愛さから、クマは可愛い生き物だと思っていた愛奈。しかし、リアルクマはまったく可愛くない。それどころか、愛奈に恐怖を抱かせた。愛奈は恐怖で固まる。でも、背中にはクーちゃんがいる。愛奈は、愛奈の中ではクーちゃんのお姉ちゃんだった。だから、クーちゃんを守らないといけないと思った。
愛奈は、クマに背を向けて走り出す。
それは最悪の悪手であった。
人喰クマは、愛奈に向かって一気に走り寄る。愛奈が倉庫の近くまで来たところで、人喰クマは愛奈に追いつく。そして、鋭い爪を持つ右前足を愛奈に振り下ろす。鋭い爪は、クーちゃんを無残に切り裂く。そして、鋭い爪を持つ左前足も愛奈に振り下ろした。
愛奈は、哀れにも血飛沫を上げて、その場に倒れた。




