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第一話

 天気は良かったが、男は落ち着きがなく、びくびくしながら歩いていた。

 それもそのはずである。ここは町であり、人が大勢住んでいる地域で、この先、五十メートルぐらい先には保育園まである。しかし、ここのすぐ傍に住んでいた五十代男性一人と、保育園に登園中の保育園児とその付き添いの中学生一人と小学生二人の四人姉妹と、計五人の人間がクマに喰い殺された場所であり、そのクマはまだ駆除されていなかったからだ。


「こんなところさっさと通り抜けよう」

 そう呟くと、自然と歩く速さが速くなる。

 男は、住宅街を速足で通り抜けていく。細い脇道などもあっても真っ直ぐ進む。


 男が通り過ぎた細い脇道には、大きなツキノワグマが潜んでいた。そして、獲物が自分に気付かずに目の前を通り過ぎて行くのを見た。クマは、細い脇道から男が通り過ぎて行った本道の方へ行き、男の背中を見た。

 クマは、男が自分に気が付いていないと確信し、男の背後へと近づいて行く。


 男は、十字路にまで来て歩く速度を落とす。横道から何かが来るかもしれないと思い、無意識に慎重になったからだ。左右を気にしながら、ゆっくり十字路へ入って行く。

 男は、ビクッとなり、固まる。

 左手側からクマが現れたからだ。


 動きを止めたのは、最悪の行動であった。


 男はまだ、背後から近づいて来ているクマには気付いていない。

 背後のクマは、それで距離を縮め、背後から前足の爪で背中を思い切り、切り裂いた。


 背後のクマ、左側のクマ、二匹のクマの襲撃を同時に受けた。

 男は、哀れ、二匹のクマに喰われて死んだ。


 男の魂は、現世と幽世の狭間の何もない空間を漂っていた。

 時の流れもないので、どのぐらい漂っていたのかも分からないが、しばらくすると声が聞こえてきた。


「いつまで、こんなところで漂っているのですか?」


 誰の声だ?


 辺りを見回しても誰も見つからない。

「あなたは、クマに殺されました。幽世へ行くことをお勧めします」

 謎の声は言った。声質は女性の声だ。

「幽世?」

「いわゆるあの世、死後の世界のことです」


 なんか、このまま死ぬのヤダな。だからと言って、また、サラリーマンになるのもヤダしな。そもそも、この声の主は一体何者? もしかして神様とかだったりして。神様だったら、異世界転生とかさせてくれないかな。


「あなたは一体何者ですか?」


 神様だったら異世界転生を頼むぞ。


「私は、この空間の見回りをしている者です」

「神様じゃないんですか?」

「違います」


 異世界転生は、ダメかも。


「それじゃあ、異世界転生とか、無理ですか?」

 しばらく沈黙があった。

「おススメしませんが、人間以外への転生ならいくつかできます」


 なんか、脈ありかもしれないぞ。


「何に転生できるんですか?」

「異世界転生なら、チャバネゴキブリに転生させてあげられます」


 チャ、チャバネゴキブリだって! そんなの需要あるのかよ。


「やっぱり、嫌ですよね。折角の異世界転生なのにみんな断るんです」

「そうでしょうね」

 姿かたちは見えないのに、どこかションボリしているのが、伝わってくる。


 ガッカリしているのは、こっちだよ。


「他には、何があるんですか?」

「異世界転生ではなく、日本限定の転生なのですが、ドブネズミに転生させてあげられます。ただ、欠点としては、一度畜生道へ落ちるので、なかなか人間への再転生が難しい事です」


 おい。マジメにやっているのか!


 男は、明らかに不機嫌そうな態度をしている。

「ダメですか? チャバネゴキブリよりは需要あるんですよ」

「そうなんですか? 俺はいやだなあ」

「そ、そうですか……」

 姿かたちは見えないのに、かなりションボリしているのが、伝わってくる。


 超ガッカリしているのは、こっちだよ。


「それでは、私的にはまったく、全然、おススメではないのですが、しかも、異世界転生ではなく、異同世界転生になるんですか。良いでしょうか?」

「はぁ? その移動世界転生って何?」

「あの、移動ではなくて、異なるの異に、同じの同で異同世界転生です」

「なんだい、その異同世界転生って」

「最初は日本に転生するのですが、その後、異世界と日本を自由に行き来できるように転生するんです」


 おお、おお、おお。キタ、キタ、キター!


「どうして、それを先に言わないんですか!」

「でも……。全然おススメじゃないんですぅ」

「それで良いから、何に転生できるんですか?」

「一番のおススメは幽世に行く事なんですよ。そうすると生前悪い事やっていると地獄に落ちますけど、来世はほぼ確実に人間に転生できるんですよ」

「それは知っているから」


 なんで、コイツ必死なんだ?


「正直に言うと、異同世界転生をさせると、私個人の評価は、上がるので有り難いのですが、本人にとっては最悪なんですよ。実際、異同世界転生した人たちから苦情がいっぱい上がっているんですぅ」

「わかった。苦情あるのは、分かった。だから、何に転生するんだよ」


 しばらく、静寂が支配する。


「可愛いヌイグルミ」


 ん。何か聞き間違えたか?


 男は、自分の耳を疑う仕草をする。

「聞き間違えていませんよ。可愛いヌイグルミに転生します」

「なんですとー」

「ちなみに、私ができるのは、チャバネゴキブリとドブネズミと可愛いヌイグルミの三つしか転生させられません。なので、人間に転生したかったら、幽世に逝ってください」


 この四択の中では、実質、幽世に行くか、可愛いヌイグルミの二択だよな。とりあえず、可愛いヌイグルミに転生した場合のデメリットを聞くか。


「可愛いヌイグルミに転生した場合のデメリットはなんですか?」

「そうですよね。まずはそこから説明しましょう。まず、ヌイグルミなので日本では動けません」

「ま、そりゃそうだな」

「異世界に行くと、自由に動き回れます」

「はぁ。異世界ってどんな世界なの?」

観念投影世界(イデアビジェクションワールド)と呼んでいますが、日本と 観念投影世界は、お互い影響を与えあっている世界で、日本で悪い事が流行ると、観念投影世界でも悪い影響を受け、観念投影世界で悪い事が流行ると日本にも悪い影響を受ける。そう言う関係の世界です」


 うーん。いまいちイメージが湧かないな。


「その世界では、ヌイグルミが動いていても誰も驚かないの?」

「はい。その世界は、私を含めた私の同僚たちが、転生させた可愛いヌイグルミと元から存在している人形しか住んでいませんので」

 ニッコリしている雰囲気が伝わって来る。

「異世界に行っている間は、日本からなくなるんだよな? 突然、人形が無くなったら日本で人間たちが驚くんじゃないの?」

「それは問題ありません。異世界に行っても、日本に戻って来ると、日本から異世界に行った時間に戻されるからです」

「そうなると、日本に長い間いると、異世界ではとてつもなく長い時間が流れているってことかい?」

「因果律がコントロールされているだけで、日本での時間と異世界での時間の流れは同じです。日本での一日は異世界でも一日です」

「日本で一秒毎に異世界へ行って、異世界では一時間毎いると、同一ヌイグルミが複数異世界にいることにならないか?」

「それは因果律がコントロールされているので、そう言う事は起きないようになっています。今の例でいうと、異世界では、一時間ずつ異世界に連続して居る形になります」

 声の主は、姿は見えないが思い出したようにいう。

「肝心なデメリットですが、ヌイグルミなので、突然、寿命が尽きることもありますし、永遠に生き続ける事もあります。ヌイグルミの人生は、持ち主が決ってから始まり、終わるときは、壊れたり、捨てられたりで終るけど、壊れたり捨てられたりせず、持ち主が転々と変わるとすごい長い時間をヌイグルミとして生きなければなりません。もちろん自殺もできません」


 寿命が安定しないって事がデメリットなのか……


「他には?」

「異世界は、日本以上の競争社会ってことぐらい……ですね」


 男は決心した。

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