私はたまごがむけなかった
幼い頃、私はゆで卵をむくのが苦手だった。
小学校に上がっても、給食に出てくるゆで卵が苦手だった。
みんなが簡単にむいていくのに、私だけむけない。いつも白身の部分までむいてボロボロにしてしまう。口にすることは出来ても、残っていた薄皮を飲んだり殻を噛んだりで散々。
丸ごと一個残すこともあり、先生に怒られまくったし、友達にもバカにされまくった。女の癖に卵もむけないのかと。
だがある日、突然転機が訪れた。
それは、また給食にゆで卵が出てきた時のこと。
「お前、やっぱり卵むけないのか?」
そう言って私の隣の向君は、不思議そうに私の手元を見つめてきた。
私の手にある卵はやっぱり、殆どむけておらず固いまま。
あぁ。私また、バカにされるのか――
思わずため息をついてしまったが。
「貸せよ。
誰も見てないうちに、少し手伝ってやる」
そう言うが早いか、彼は私の手から卵を取った。
すると彼は、慣れた手つきで軽く卵をお皿の端で叩いてヒビを入れると、器用に殻をむいていく。
男の子にむいてもらうなんて、情けないなぁ……俯いてしまう私。
しかし。
「ほら。
これなら、行けるんじゃねぇか?」
差し出されたものは、先端のあたりだけが綺麗にむけている卵。
でも殆どの部分は、殻に包まれたままだ。
「こういうの、きっかけが大事って。婆ちゃんが言ってた。
俺も最初はこうやってむいてもらってたし」
そう言われて、恐る恐る卵に手を伸ばす。
震える手で、殻と白身の間に指を入れてみると。
パリパリと心地よくむけていく殻。不思議!
薄皮が引っかかることも、白身が崩れることも殆どなくむけていき、つるつるの裸体を晒す卵。
すると先生の声が聞こえた。
「あら!
貴女、卵むけるようになったのね」
いや、違う。手伝ってもらっただけ。
そう言おうと思ったが、それを聞いた友達までわっと集まってきた。
私が卵をむけた。それだけでみんな大騒ぎ。
慌てて向君を振り返ったが、彼は何食わぬ顔でそっぽを向くばかり。
どうしよう……困った。
しかしその後も向君は、卵が出るたびに最初にむいてくれた。
「お前がちゃんとむけるようになるまで、手伝ってやる。
誰にも秘密だからな?」
それはしばらくの間、彼との小さな秘密となった。
私が一人で卵をむけて、彼と結婚の約束をした、その時まで。