カジノ崩壊
キング・オブ・ゼロ 6話「カジノ崩壊」
ああ、この勝負、負ける。
カジノのオーナーの実力は本物だ、イカサマをしているにせよ、していないにせよ、俺たちのような素人が勝てるはずがなかったんだ。
しかし、絶望に伏す俺とは対照的にローキットは全く動じていなかった。
「理解した」
「え?」
ローキットは一言そう言った。
その一言は小さく呟いたものであり、周りの客はもちろん、オーナーに聞こえるものでなく、俺だけが聞き取ることが出来た。
「さぁ、お嬢さん! あなたがカードを切る番ですよ?」
オーナーは勝負に勝った気になった自信たっぷりの表情でカードの束を渡す。
「ああ」
するとカードを受け取ったローキットは目をつぶる。
「お嬢さん、それではシャッフルは出来ないでしょう?」
「いや、出来る!」
俺は何故か、その時のローキットのことを信じ、自然とその言葉が口から出ていた。
ローキットは目をつぶったまま、突然両手を左右に大きく開く。
その両手の指同士には一枚づつカードが挟まれている。
両手に挟まれているカードは合計で8枚、ならば残りの44枚のカードはどこにあるのか?
もちろんそのまま、空中に残っている。
このままではカードの束は失墜するだろう。
だが、それよりも速く、ローキットは両手の8枚のカードを束に刺し戻し、キャッチする。
そして、それと同時にカードの束から8枚抜き取り、それを再び差し戻す。
これを高速で行い、1秒間に数回、いや数十回は繰り返している。
このシャッフルを行ったのは時間にして僅か10秒足らず。
しかし、十分だ。
俺の目でやっと、この高速な動きを見ることが出来た。
おそらく、何が起こっているのかを理解しているのはこの場で俺とオーナーくらいだろう。
だが、何が起こっているのかが理解出来ていても、どのカードが、どのように移動しているか、その全てを把握し続けること人間には無理だ。
よってこの場、全てはローキットのものだ。
「我のシャッフルは終わりだ。よってカードを配る」
「あ、ああ、頼む、お嬢さん(い、今の何だ! 私の倍以上の速度でカードを切りおった! やはり、この小娘只者ではない。才能なら、私以上だ。だが、舐めるなよ! この世界に入って何十年も、何十の富豪を破滅させたこの私だ、普通なら、今どこにカードがあるか分かりもしないだろう。が、私には分かる。目で追えなくとも、次、私に配られるカードが何かは分かる……Aと5、そして小娘は9と7だ)」
ローキットはカードを配り、互いに配ったカードを見る。
「ふむ、(やはり、私の判断は正しい、目にばかりに頼るからいけないのだ。そして私の次のカードはダイヤの3で合計19、小娘は2で合計18、次のカードは5でバースト、どちらにせよ私の勝ちだ)ヒットだ」
「私ももう一枚」
お互い、新たにもう一枚カードを配る。
その新たに配られたカードを見て、オーナーは激しく動揺し、カードを持つ手がプルプルと震わせる。
「な、なん、だと」
「どうした? お望みのカードが来なかったのか? それは、残念、だったな」
ローキットは澄ました顔でオーナーを見る。
「(何故だ! 何故、3ではなく、Kになっているのだこのカードは! いいや、確実にこのカードは3のはず、だったのに……)」
オーナーの顔の表面に汗が噴き出している。
「何か、思い通りに行かなくて、お困りかな?」
「い、いや(こ、この小娘ぇ! やってる、確実にやっているぞ、こいつは! イカサマをやっていりゅぅぅぅう! なぁぜなら、私は全てのカード52枚にそれぞれ違う匂いを付け、カードの位置を把握している。確実にこのカードはダイヤの3だった、のに……い、いや、52種類の匂いだ、私だって嗅ぎ間違えることくらいある。まぐれだ、きっと、そうだ)」
「それではオープンだ」
互いのカードを見せる。
「オーナー、あなたはバーストか、せっかくブラックジャックが揃ったと言うのに」
ローキットの元には9、7、5でキレイにブラックジャックが揃っていた。
「何ぃィいぃぃ!!」
「何か、おかしなことでも? まさか、我の手札が分かっていたとか、じゃあないでしょうね? 例えば、匂いとか?」
ローキットは少し微笑んで、自分の鼻を軽く触る。
「なっ⁉」
「ふふ、冗談です、さあ、続きをしましょう。オーナーさん」
「っっ⁉(そ、そうだ、私はこのカジノのオーナーだ! い、今まで、数多の富豪を破産させ、欲しい女は罠にかけ、全て手にして来た。この、この、この私がっ!! こんな小娘ごときに、負けることなど、ありえん、あり得ることではないのだぁぁぁぁあ!!)」
オーナーは凄まじい覇気で勝負に挑む。
10分後
「ダブルダウンです」
ローキットは微笑んで告げる。
「は、はへ?」
先ほどとは違って意気消沈し、まるで別人のように変わり果てたオーナはローキットの言葉にガクガクと震えている。
それもそのはず、その後の勝負はことごとくローキットの勝利に終わり、オーナーの自信もプライドも粉々にされている。
「にゃ、にゃじぇ? ここで、ダブルダウンを?」
現在のオーナーのチップは10。
ここでダブルダウンをして、掛け金を上げたとしてもローキットにとっての得は一つもない。
なのにそれをする、それはどんなことを意味しているか、それは、「圧倒的な自信」があるという証拠、徹底的にオーナーを倒すことが出来るということの証明だ。
「なんとなく、です」
「なんとなく、だと?」
「ええ、さぁ、どうしますか? この勝負、乗りますか? それとも、こんな賭け事して初日の超素人の少女に負けることが、恐くて怖くて、勝負を降りますか?」
「ぐ、ぐぎ、ぐぎぎぎぎぎぎぎぎっ!!!」
オーナーに残った僅かなプライドが、勝負を降りるという今最も寿命を延ばす行為を阻害する。
まあ、たとえ、延命したとしても、結果は変わりはしないが。
「さあ、どうしますか? 勇気あるオーナーさん?」
勝負に乗らせるため、煽るローキットに俺は戦慄した。
今まで機械的な神であると感じていたが、その本質には途轍もない嗜虐心が疼き、巡っている。
これを良くない成長と取るべきか、個性が出て来たと捉えるべきか、難しいところである。
「ぬぬぬぬぬぬぬ!!! 舐めるなよ! その勝負、乗ってやる!!」
オーナーはカードを握りしめ、勝負を続行する。
後は、想像に難くない。
「嘘だ、嘘だ、うしょだぁぁぁあぁ!」
オーナーは初めの頃の威厳はどこへやら、泣き崩れ、カーペットの上で悶え、ただをこねている。
そのうち、オーナーは黒い服を着た男たちに連れて行かれた。
オーナーがそれからどうなったのかは分からないが、ローキットはいくつかの手続きがあり、このカジノは無事ローキットのモノとなった。
しかし、ローキットはこのカジノの存続を拒否し
「もうここは理解した。だからいらない。ぶっ潰せ」
と、至極当然のような顔で言い放った。
こうして、一夜にしてカジノは崩壊した。
俺としても、カジノを運営し、儲けるようなローキットもとい、神様など見たくはなかったが、それでも、寸分の迷いもなく判断した決断力はやはり人間のそれではないと感じた。