9.最近不運すぎない?
夜。本日は何事もなく学校も終わり、俺は別荘に直帰する。
すっかり慣れてしまったぼっちで惨めな帰宅を済ませた俺は、別荘近くのコンビニエンスストアで立ち読みをしていた。
許して欲しい。
俺の全財産は、残り4850円。
今日の夜は別荘の水道水と買った残りのジュースで腹を膨らませるとしても、漫画を買う余裕なんてあるはずがない。
おにぎりを買うにしたって百数十円、高すぎるだろボッタクリだとクレームを言いたくなるくらいだし、俺みたいな危険人物には、関わらない方がいい。
さっきからチラチラと確認してくる店員に、背中で関わるなというオーラを醸し出し、俺への接近を許さない。
あと2分くらいで読み終わるから、そこで大人しく待ってろ!読み終わったら大人しく帰るから!
売り上げには貢献できないが、俺がいることによってこの店が繁盛しているように見えることだろう。
あ、ちなみに今は眼鏡を外しているから、一応陰キャ…ではないと思う。店のイメージは損なわないはずだ。
自分の容姿なんて自分から見ればそこそこ良いんじゃね?って感じだからよく分からないが、多分今の俺なら、真面目ガネとは呼ばれないだろう。
だって眼鏡つけてないし。
「ふぅ…」
今日も面白かった。
いつもなら300円程度出して漫画を買って帰るのだが、それができない俺は今週分の漫画を読み終え、棚へと戻す。
俺が棚へと漫画を戻すと、店員もそれに満足したのか、ため息を吐いてからレジカウンターの中へと戻っていった。
さて、満足したし、俺も…
帰るか。と思ったところで、見たことのある女子がコンビニの中に入ってきて思わず立ち止まる。
「み…」
宮本沙羅だ。
まるで喪服のように真っ黒な衣装に身を包んでいるから一瞬誰かわからなかったが、顔を見ればすぐに俺と同じクラスの宮本沙羅だとわかった。
俺は普段別荘を使わないから知らなかったが、彼女はこの辺りに住んでいるのか。
沙羅は俺が立ち止まって見ていると、制服で同じ学校の生徒だと気づいたようだが、すぐに興味を失ったように視線を逸らす。
どうやら外で同じ学校の生徒に出会っても、会釈も挨拶もないようだ。
俺もしないからどうでも良いことだが、やっぱりここまで可愛いと挨拶をしてくれたほうが、こっちとしては嬉しいんだけどな。
まぁ、どうでも良いか。
彼女のような優秀な生徒は将来的にも底辺の俺と違ってエリートになるわけだし、高校を卒業すれば、沙羅のことなんてすぐに忘れる日がくるはずだ。
昼も話した通り、俺は彼女に少なからず好意を寄せている。
可愛いし俺より頭がいいし、クールで友達がいないところが何より好きだ。
友達がいない哀れで惨めな生活を過ごす彼女を想像すると、思わず抱きしめたくなるくらいだ。
…ところで一体、彼女は何を買いに来たのだろうか?
沙羅の私服姿を初めて見たという喜びも相まって、ついつい彼女のことを目で追ってしまう。
これは男子なら一度はあるんじゃないだろうか?
好きな人と休日に偶然鉢合わせてしまい、向こうは気づいていないがどうしても気になって目で追ってしまうこと。
俺は慣れた様子で店内を歩く沙羅を、立ち止まったまま目で追う。
すると彼女は弁当コーナーの前で立ち止まると、迷いなく1つの弁当を手に取ってレジへと向かった。
夜ご飯か?
普通夜と言われたら家族と食べることをイメージするが、両親が仕事で忙しいのだろうか?
会計を済ませて颯爽と出て行く沙羅を見送る俺は、彼女が店から出て行ったのを確認してから外へと出る。
ふぅ。眼福だ。
好きな女の私服を見れると、気分がいい。
今日は玲奈にお金を貰えたし、パシリはなかったし沙羅の私服は見れるしで、幸運な1日なのかもしれない。
そう思った矢先だった。
俺の描いたような幸運は、コンビニを出ると同時に終了していた。
まるでいい夢を見ている途中で目覚まし時計に叩き起こされたような、そんな光景が目の前に広がっていたのだ。
俺の目の前では、沙羅が複数の男に囲まれていた。それを見た瞬間、一気に現実に叩き戻されたような気分になる。
え?なになに?これが噂に聞く逆ハーレムって奴?
見た限りでは5人の男が沙羅を囲んで、笑顔で何かを話している。見た目からして大学生だろうか?クラスでぼっちかと思いきや、大学生のお友達がたくさんいるなんて見損なったぞ、沙羅。
てっきり俺の仲間だと思っていただけに、好意を寄せている沙羅が年上男子と仲良くしているのを見るのは、ちょっとショックだ。
ちょっとなんて強がっているが、実は結構ショックだ。
どのくらいかと聞かれると、なんなら今すぐこの場で項垂れたいくらいショックだし、明日学校に登校できるかも不安なくらい。
こんなにショックを受けたのは、中学の時に雨龍に勝手にプリンを食べられた時以来かもしれない。
あの日は雨龍を数発ぶん殴って落ち着いたが、今日はサンドバッグもないし、もうどうしようもない。
「帰ろ…」
彼女がまだ俺の思う綺麗な姿のままで、これ以上深入りせずに帰ろう。せめて俺の理想のまま死んでくれ。
すっかりメンタルがやられてしまった俺は、カースト1軍の沙羅への淡い恋心を打ち砕かれながら、その場を後にする。
「夜は1人だと危ないよ」
「君可愛いしさ、俺らが家まで送ろっか?」
「家出なら俺の家行く?一人暮らしだから気楽でいいよ〜」
今なんておっしゃいましたか!?
不意に大学生の声が聞こえてきて、思わず振り返る。
きっと今の俺の顔は、散歩に行くと言われてウッキウキな犬のような顔になっていることだろう!
嬉しさのあまり振り返った俺は、そこに立っている大学生たちがナンパだったことに気づく。
ナンパと聞いたらちょっとガラの悪いお兄さんたちがオラついて女の子に声をかけているのかと思いきや、案外そんなことはない。
普通に真面目そうな大学生のグループは、本気で沙羅のことを心配しているのか声をかけているようだが、当事者の沙羅は、全くの無表情で目すら合わせずに聞き流している。は?誰に話してんの?と言わんばかりのレベルだ。
学校でもあんな感じだが、外でもシカトするのは同じなんだな。
普通、年上男子に声をかけられたりしたら身構えたりついつい愛想笑いをしてしまうものだが、あんな無表情で立ち尽くしていられる図太い精神には恐れ入る。
あれは孤高などではなく最早孤独だ。
他を寄せ付けないオーラというか、ぼっちのオーラが滲み出ていて大学生たちも困惑している。
そりゃそうだ、声をかけたのに返事はないしずっと無表情だし目は合わないしで、耳が聞こえていないと言われたほうが納得できる。
仕方ないから俺も沙羅に絡むことにしよう。
次回、孤独な彼女と俺…あ、俺も孤独だった。