8.気分がいいです
「〜♪」
鼻歌なんて歌ったことのない陰キャ眼鏡の俺は、上機嫌で廊下を歩く。
多分だが、今の俺は誰がどう見ても機嫌が良さそうだと答えることだろう。それほどに今の俺は、気分が良かった。
つい先程、校舎裏に呼び出された俺は、玲奈から5000円を貰うことに成功した。
汚物を見るような視線で、病原菌に触れるような感じで5000円を渡してきたのはちょっと不満だったが、それすらどうでもよく思えるのだから5000円は偉大だ。
やはり金だ。金は人の心を救う。
昨日1000万と少しを失った俺は、今日5000円で歓喜するほど貧しく惨めな少年になっていた。
ん?異性から金を貰って恥ずかしくないのか?だって?
…そんな目で見ないでくれ。俺だってまだ死にたくないし、自販機の下の小銭漁りなんてしたくないんだ。
まぁ、兎にも角にも俺は資金調達に成功し、あと1週間程度はこの金で食い繋ぐことができそうだ。
昼休み中だからか、混雑する廊下をすり抜けるようにして歩き、教室へと戻る。
俺が教室の中に入ると、周囲はいつも通りだった。
こういう時、陰キャが1軍に呼び出されたら視線が集中するんじゃないかなんて考えてしまったが、案外そんなことはなく、クラスメイトは俺のことなど眼中にない。
それぞれが仲のいいメンバーで集まって独自の世界を展開しているため、俺などいてもいなくても差し障りないのだろう。
これで俺がボコボコのズタボロで帰ってきたら注目を集めていたかもしれないが、変に注目されなくて良かった。
周囲から興味なんて持たれていないことを改めて実感する俺は、食べかけのパンが置いてある自分の机へと戻る。
教室内で唯一の俺の居場所は、この机だ。
この机以外の場所に俺の居場所はない。地震が来たって火事が起きたって、俺の居場所は一生ここだ。俺はコイツと結婚する。
さて、冗談はこの辺にして、クラス内の観察でもしよう。
陰キャがクラスを観察しても需要なんて無いと思うかもしれないが、案外需要はある。あ、そこ今気持ち悪いって思っただろ。
別に俺は女の子を見て1人悦に浸るような変態じゃないし、この分厚いメガネのおかげで、俺の視線は周囲に気づかれにくい。
ただどこにどのグループが集まっているのか確認して、面倒なグループに接触されない立ち回りをする準備をするだけだ。
まず真っ先に目につくのは、やはり1番前の席に座る黒髪ぼっち。
俺は1番後ろの席だから顔は見えないが、この貞子のように長い髪を持つアマは、玲奈と同じくスクールカースト1軍の宮本沙羅だ。コイツは人畜無害な俺の友達。話したことはない。ちなみに俺は彼女に好意を寄せている。
彼女は学業優秀で、成績は常にトップで何より可愛い。
玲奈がチャラチャラしたギャル系の可愛さだとするなら、彼女は大和撫子という言葉がふさわしいだろう。正統派が好きな俺にとって、彼女はドストライクだ。
しかも沙羅は、国立大学の医学部志望の超エリート。
父も母もキャリアが凄いという噂があるし、彼女の将来も期待できる。
だが彼女にも欠点がある。
それは見ればわかるだろう。彼女も俺と同じく、ぼっちで昼休みを過ごしているのだ。
もちろん、その理由は俺と完璧な同族だから…というわけではなく、彼女が1軍に君臨している時点で分かるだろうが、彼女の特技がシカトなだけだ。
沙羅は入学してから日常的な会話を他人としていない。
何か話しかけられてもガン無視で、本を読むか勉強をするかの2択で毎日を過ごしている。
つまらない女だ。
俺が言えたことではないが、沙羅は玲奈よりもつまらない女だろう。
勉強しか頭にないのか、遊ぶということを知らなそうだし、俺より成績がいいのもちょっとムカつく。
勝手にぼっち友達として認識しているが、あんな学校生活で楽しいのだろうか?
俺はまだ男子に絡まれるし女子から嫌がらせされて楽しいが、沙羅は男子からも女子からも声をかけられてないようだし、文字通り学校には勉強をしに来ているだけ。
…と、失礼、同族の話に夢中になってしまった。
ぼっちはぼっちを同族と認識して嬉しくなる癖があるが、俺もその癖がついてしまったようだ。まぁ、2年近くもぼっちで過ごせば嬉しくなるのも仕方ない。
気持ちを切り替えて、次だ次。
次に見えてきたのは、男子のグループ。
グループと言っても3人程度だが、あれはスクールカースト最上位に君臨するこのクラスのイケメン男子三人衆だ。
サッカー部エースの汲田侑李に、同じくサッカー部の木下拓磨、それと帰宅部の南郷恭弥。
彼らはコミュニケーション能力が秀でている上にスポーツができて、カースト隔てなく接してくれるから、2軍にも3軍にも人気の3人だ。
特に恭弥と侑李は、俺にもちょこちょこ話しかけてくるし、俺みたいな陰キャに話しかけてくる時点で良い奴なのは間違いない。安心と信頼の三人衆と言ってもいいだろう。
容姿もかなり良いことからクラス内外問わず人気だし、ああ言う奴がクラスの中心になるのだろうと、誰が言わずとも理解できるほどだ。
先生たちからもそれなりに信頼されていて、おちゃらけたキャラではあるものの、誰も彼らのことを煙たがったりしていないあたり、信頼の厚さを感じる。
ま、クラス内で紹介しておいた方がいいのはこのくらいだろう。
あとはお金持ちでみてくれのの良い頭ガバガバの女やそれに集るバカタレどもだから、紹介する必要はないはずだ。
そのうち絡まれることがあったら紹介しようと思うが、残念なことに俺は今紹介したクラスメイト以外の名前を覚えていない。
まぁ、高校生ともなればクラス内で接しない奴の名前なんて覚えないだろうから、心配はないさ。決して俺が覚える気がないわけじゃなく、偶々偶然、名前を知る機会がなかっただけ。
俺はそう思いながら、残ったパンを口に運ぶ。
喉が渇いた。5000円貰ったし、ジュース買いに行っても良いよね?