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6.憂鬱な学校

 憂鬱だ。

 昨日の出来事を思い出した俺は、騒がしい教室内にポツンと1人座り、深いため息を吐く。


 昨日は本当についていなかった。

 カースト上位者に清掃委員会のパシリを任され、帰りには1軍の早見玲奈の秘密を知ってしまうし、1000万もの大金を失ってしまった。


 雨龍は大丈夫だろうか?

 結局あれから連絡の一つもなかったが、まさか取引金を勝手に使ったからと殺されたりしてないよな?


 そんな不安が頭に過り、俺は気が気でない。

 具体的に言えば、これはクソが漏れそうだけど授業の雰囲気上手を上げることが出来ないくらいのヤバさだ。


 クラスでうんこを漏らせば卒業まで後ろ指指されて過ごすように、雨龍が殺されれば、次は俺が殺されるようなやばい状況。


 ちなみに現在、俺は昼ということもあってぼっちで机の上で、今朝買ったパンを食べている。


 ん?なぜパンを買う金があるのかって?

 そりゃあ昨日、俺はお札を全て金髪の兄ちゃんに渡したわけだが、小銭は渡してないからな。あと数日はなんとかできる。


 しかしまぁ、それも時間の問題だ。

 いくら家に帰りたくなくても小遣いが底を尽けばアルバイトをしていない高校生は親に頼るしかなく、その時が俺の最期だ。


 今は別荘に逃げているが、お金が尽きれば親父にお小遣いをせがまなければならない。


 これまでの人生においてお小遣いが足りないなんて事態に陥ったことがないからどうお願いすればいいのかわからないが、多分顔を合わせた瞬間にチャカで脳天ぶち抜かれそうだ。


 はぁどうしよう。宝くじ当たんねえかな。買ってないけど。


 そんな希望的観測を心の中でしながらパンを食べていると、気づけば俺の席の真正面には、珍しいカースト上位者が立っていた。


「ねえ」


「はい」


 俺は即座に顔を上げ、話しかけてきた女子生徒を見上げる。

 そこに立っていたのは昨日も見た…というか、昨日借金取りに絡まれていた早見玲奈だった。


 茶色に染めている髪に日本人にしてはかなり大きいであろう茶色の瞳が特徴的で、女性らしく育った身体は、確かにスクールカースト1軍に君臨していて当然の容姿だ。


 1軍に声をかけられて、3軍の俺が無視することはできない。


 俺が返事をすると、玲奈は不機嫌そうな顔で俺を見下ろしてきた。


「…ちょっと話あるんだけど。外来て」


 ぶっきらぼうに呟く玲奈。

 なんでこんなに機嫌悪そうなんだ?この人。


 俺を見下ろす玲奈の表情は、めんどくさそうというか、今にも逆上してきそうな怒りメーターマックスの形相。


 返答をひとつ間違えると殴りかかってきそうなほど不機嫌な玲奈を見上げる俺は、昨日の出来事も相まってものすごく憂鬱だ。


 雨龍、コイツが俺の彼女だって?無理だよ無理、こんな不機嫌な顔の女、ヤクザより怖いし。


「え?工藤の奴何かしたのか?」


「早見めっちゃ怒ってるし、やってんなぁ」


 ほら、男子たちもビビってる!


 俺が絡まれる光景を目にして、男子たちは俺のことを心配してくれているようだ。


 いつもありがとうエブリバディ、俺の心の支えは心優しい君たちだけだよ。


 思わず抱きしめたくなるような男子たちの哀れみの視線を肌で感じる俺は、返答を待たずに廊下へと出た玲奈の後に続いて廊下へと向かった。



 ***



「あのぉ、早見さん?」


 玲奈の後を追うこと5分弱、俺は校舎裏に引き摺り出されてしまった。


 校舎裏といえば、イジメの定番スポット。

 学校の校舎からもあまり見えず、グラウンドからも確認できないこの空間は、イジメをするには最適な空間で、学校によっては教員なんかの見回りも強化されている極めて危険な空間だ。


 多分学校の中では、職員室に続く危険地帯だ。

 職員室はアフガニスタンの地雷原並みに地雷(教員)が転がっているし、ここも似たり寄ったりの治安の悪さだ。


 でもまぁ、暴力系の心配はしなくていいだろう。

 背を向けて立ち止まっている玲奈を見る限り、仲間はいないようだし、女1人ならどうとでも料理できる。


 俺は男女平等主義者だから金的を狙われたら女子のアソコを狙うし、腹パンされたら腹パンを返すほど男女差別否定派の人間だ。


 俺ほど男女を平等に扱っている人間はこの国に存在しないと断言してもいいくらいだ。


 まぁ、俺の紳士的な自己紹介はこの辺でやめておこう。


 玲奈は数秒間俺に背を向けたまま立ち止まっていたが、一度深呼吸をするような仕草を見せてから振り返った。


「ねぇ工藤」


「はい、なんでしょうか早見さん」


 今日は蔑称じゃないんだな。


 いつもは俺のことを真面目ガネと蔑称で呼んでいる玲奈だが、今日は珍しく名前で呼んできた。


 女子に最後に名前を呼ばれたのなんて1年以上前の俺は、思わずピュアな声が出てしまう。


 瞬間、玲奈の表情が強張った。


 あ、絶対キモいって思っただろコイツ。俺もお前のことキモイって思ってるぞ。1000万返せクソアマ。


「アンタ、なんでそんなキモイ敬語なの?」


「失礼な奴だな。キモイとはなんだキモイとは」


 1年以上も続けてきたキャラだぞ!?それをキモイの一言で片付けるなんてコイツ人間か!?


 いや、人間じゃねえな、日本人にしては目がデカすぎるし、多分コイツは俺の知らない種類の生物だ。今日中に新種生物発見!とでも国立博物館に連絡してやろうか?


 俺は玲奈の反応を見てから思わず暴言を吐きそうになるが、それを抑えてから咳払いをする。


「それで?なんだよ。用があるなら早くしろよ。まだ昼飯食ってねえんだ」


「…昨日のことなんだけど…」


「ああ…」


 玲奈は気まずそうに口を開く。どうせ家が借金まみれだってことは誰にも言うな。という脅しだろう。


 別に俺は自分のカーストを1軍にしたいとか、玲奈を3軍に落としたいなんて感情を持ち合わせていないからどうでもいいが、わざわざこんな陰キャを呼び出して口封じとは、涙ぐましい努力をしてるんだな。コイツも。


 しかし俺の玲奈に対する勝手な想像は、すぐに消え去ることとなった。


 視線の先で、彼女が深々と頭を下げていたからだ。


「…ありがとうございます」


「へ…?」


 茶色の髪がダラっと垂れて、危うく地面に着きそうになる程、深々と頭を下げている早見。


 彼女は俺が何か答える前に、畳み掛けるようにして話を始めた。


「お金は絶対返すから。…今すぐは無理だけど、何年かかるかわからないけど、私が絶対に返すから!…昨日はありがとう…」


 それは玲奈が俺に伝えたかったことだった。

 きっと昨日のことを1人で悶々と考えて、誰にも相談できずに悩んでいたのだろう。


 彼女は不機嫌なわけじゃなくて、どうやって俺に話を切り出すのか悩んであんな顔をしていたのだと、今ならわかる。


 ギュッとスカートを握りしめ、プライドも捨てて頭を下げる玲奈を見た時、俺は失った1000万円のことなんてどうでもよく思えてしまった。

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