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5.ダメです

 俺は雨龍の言葉を聞いてふたつの意味で耳を疑った。


 まず真っ先に理解できなかったのは、彼女という単語。


 残念なことに…というか、当然俺みたいなスクールカースト下位に彼女なんてできるはずがない。


 いやまぁ、それは誰だってわかるだろうが、よくよく思い出してみると、あの場には早見玲奈も立っていた。


 途中から金髪の兄ちゃんと会話するのに夢中になって完全に空気として扱っていたが、思えば元々、あれは俺が絡まれたのではなく、玲奈が借金取りに取り立てられていただけだ。


 そして第二に…俺にとってはこっちの方が深刻だ。


 俺が100万だと思って渡したアタッシュケースの中には、1000万入っていたらしい。


 弁明させてくれ、反論させてくれ。

 そりゃあ中身を確認せずに渡した俺にも落ち度はあると思うが、普通指を10本立てられたら100万だと思うじゃん?え?思わない?それは価値観の違いだ。俺は少なくとも指10本は100万だと捉える!


 どうして雨龍がワケも聞かずに1000万渡してくれたのかも今ならわかる。


 きっとコイツは変な気を利かせて、彼女の前で恥をかかせないように…なんて思って、金額を口で言ったり野暮な質問をせずにいい仕事をしたつもりなのだろう。


 …完全に俺の落ち度だ。


 ちょっとは雨龍に落ち度もあるんじゃないかと思って責任転嫁しようとしたが、どうしようもないくらい俺の落ち度だ。


 そもそも冷静になって考えるとなんで俺が金払ったのかすらわからない。


「終わった…親父になんて言おう…」


 俺の人生は高校2年生にしてどん底だ。


 雨龍にはあんな顔面偏差値いいだけのクソアマを彼女だと勘違いされてるし、1000万は知らない男に渡しちまうわで踏んだり蹴ったりだ。頼むから夢であってくれ!


 邪魔くさいメガネを手で払い、かなり良くなった視界の中で深いため息を吐く。


「大丈夫っすよ!親父も坊っちゃんの女に金渡したって言えば、ぜってぇ許してくれますって!」


「いや…」


 それが彼女じゃないから問題なんだよ。


 雨龍はケラケラ笑いながら話しているが、この1000万は重すぎる。


 なんなら俺の小遣いも合わせて1011万だ。親父がこれを聞けば、きっと激怒することだろう。特に玲奈が彼女じゃないと知れば、俺は指詰められる。


 高校生で指が無いなんてパソコン使うのしんどそうだし、大学受験にも影響が出そうだ…


「ああ鬱だ…今日は別荘に泊まる」


「え?いいんすか?親父に報告しなくて」


 雨龍が不思議そうに訊ねてくる。


 一体何を報告しろって言うんだ?

 まさか1000万をただのクラスメイトの借金取りに渡してしまいましたって説明すんのか?


 そんなことしたらマジで俺の人生サービス終了だぞ!?


 こんな危機的状況で家に帰れるわけがない。帰るはずがない!


「雨龍、お前の口から報告しといてくれ。俺は元気にやってるって」


「了解しやした!ばっちり伝えとくんで任せといてください!」


 俺の命令だからと健気に笑顔を見せてくれる雨龍に、かなりの罪悪感を感じる。


 悪いな。無邪気でバカなお前にこんな役回りをさせちまって…


 きっと雨龍は家に帰った後、親父にタコ殴りにされるだろうが、それは言わないでおこう…


 眠たくなってきたし、嫌なことは忘れて眠ることにしよう。

 俺はうとうととし始めた意識の中で、自分のことのように歓喜する雨龍を横目に瞼を閉じた。


「着きやした!」


 数分もすれば、車内にはそんな元気な声が響き渡る。

 どうやら少し眠っていたらしいが、そんな長時間は眠っていなかったらしくまだまだ眠たい。


 車のエンジンの微かな揺れがシートに伝わってくるのを感じ、俺は目を覚ます。


「別荘っす!明日もお迎えに上がりましょうか?」


「いや、いい。お前は目立つからな。タメにバレると色々と面倒だ」


 雨龍の提案を、やんわりと拒否する。

 正直言って車でお出迎えしてもらうのはありがたいが、俺の知っている中で1番運転が信頼できるのは、この顔面刺青男の雨龍のみ。


 当然だが、毎朝学校前にこんなヤクザがお出迎えに来てたら、俺が積み上げてきた高校生活が全てパーになっちまう。


 今日は俺が遅かったことと雨龍が取引後に学校を見に来たという偶然もあって車に乗ったが、今後はなるべく迂闊な行動は控えたほうがいいだろう。


 俺は俺に拒絶されて目をうるうるとしている柄の悪い男に軽く笑いかけると、親指を立てて扉を閉じた。


「ありがとな。またお願いがあったら連絡するわ」


「うす!いつでもどこでも駆けつけやすぜ!」


 車を降りると同時に足に伝わってくる草の感触を踏みしめながら、窓を開けて車を走らせていく雨龍を見送る。


 いつ見てもうちの車はカッコいい。

 紫の光沢もさることながら、全てにおいて完璧だ。


 俺は1人謎の満足感に酔いしれながら、目の前に構えている別荘へと視線を向けた。


 この辺りで少し、俺の話をしながら別荘に入ろう。


 俺は工藤壮琉。

 どこにでもいるスクールカースト下位の陰キャ高校2年生…という設定だが、実際は父親が極道…簡単に言えばヤクザ者の頭をしているのだ。


 これが俺が高校卒業まで隠し通さなければならない秘密であり、最大の弱点。


 俺の実家が極道をやってるなんて学校の奴らにバレたらそれこそおしまいだし、俺が極道に関わっているような仕草を見せてはならない。


 だから俺は、眼鏡をかけることによって地味な真面目系キャラを演じるようにしたのだ。


 スクールカーストが上に上がれば友達と遊ばなくちゃいけないし、そうなった場合、価値観の違いや家にお邪魔されて俺の実家が極道だということがバレてしまう。


 そうなれば良くて停学、悪くて退学だ。


 それだけは何としても避けたい。


 まぁ、俺は現状学生Aのモブだからバレることは無いと思うが、今日は迂闊だったと反省している。


 何しろあのスクールカースト1軍の早見玲奈に噛み付いてしまったのだ。明日からは目をつけられて、あの性格ドブスな奴らと俺を虐めてくること間違いなし。そう考えると、急に体が怠くなってきた。


「はぁ、明日学校行きたくねぇなぁ…」


 本当に憂鬱だ。明日学校放火されてねえかな?ほら、暴力団の抗争に巻き込まれたりしてさ?


 そんな淡い期待をしながら、別荘の中に踏み込む。


 兎にも角にも、この刺激的な1日が俺の新たな人生のスタートであったことを、俺は1年後に理解することとなる。

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