15.5.気になるアイツ
俺の名前は南郷恭弥。高校2年生の帰宅部だ。家族は4人家族で、2つ上の大学生の姉がいる。
まぁ、どこにでもいるごく普通の高校生だと言ってもいいだろう。クラスメイトとも仲良くやっているし、嫌いな物は特別ない。
好きなスポーツは空手で、趣味は筋トレ。特技はこれと言ってないが、強いて言うなら誰とでも仲良くなれることだろう。
典型的な高校生という言葉が相応しいであろう俺には、2年に進級してから気になっている人物がいた。
「恭弥〜、好きな子できたん?」
俺の考えを見透かすように、クラスメイトの拓磨の声が耳に入ってくる。ツーブロックに茶色の瞳が特徴的な奴だ。
コイツはサッカー部でゴールキーパーをしている。体格も良くて、ハンサムだから女子からも人気がある上に、話しやすいから、よく女子たちからの相談なんかも受けている、言うなれば相談屋みたいな奴だ。
「そういうのじゃない。気になっている奴がいるだけだ」
俺は好きな人ができたわけじゃないと拓磨の質問を否定する。
そもそも俺が今気になっているのは、女ではなく男だ。
進級してからずっと、アイツの存在が気になっている。
「えー?誰誰?女?それとも男?」
「その言い方だと俺がどっちもイケる口みたいになるからやめてくれ…」
俺が好きになるのは当然のことながら女だ。変な噂をされたら嫌だから、こういう火種の元は早々に消すに限る。
「んじゃ誰?」
「工藤」
「あー、工藤くん?あの人がどうかしたの?いっつも静かな男子だよねー。たまに話すけど、めちゃくちゃ礼儀正しいよ!」
そう、同じクラスの工藤壮琉は、クラス内でも自発的に喋ることのない、控えめな男子だ。
男にも女にも内気な性格の人はいるわけであって、別にそれに関してとやかく言うつもりはないが、俺が気になっているのは彼の体格だ。
クラスの女子からは真面目ガネなんて蔑称で呼ばれ、勉強しかできないような雰囲気を醸し出しているが、あの体格が勉強しかできない奴の体格だとは思えない。
もし仮に本当に勉強しかできずにあの体格ならば、工藤は生まれながらのサラブレッドだ。
俺は物心ついた時から空手をやってきたから、人の体格にはそれなりに詳しいつもりだ。
あれは普通にご飯を食べて勉強しているだけの奴が作り上げる事ができるような肉体ではなく、鍛えに鍛え抜かれた武道家と遜色のない肉体に見える。
「恭弥は壮琉くんに興味あるんだ?」
俺が工藤に視線を向けていると、横から声をかけられた。
今度は拓磨の声じゃない。透き通るように心の中に入ってくるこの声は、このクラスで1番有名だと言ってもいい、汲田侑李だ。
侑李はサッカー部のエースで、先輩が引退すれば部長が確定しているような天才サッカープレイヤーだ。
加えて容姿もよく性格も良いことから、クラスの大半の女子は侑李に気があると言ってもいいだろう。
侑李はその見事なまでの容姿で、工藤を見つめる。
「実は俺も、壮琉くんにちょっと興味湧いてるんだ」
「え、侑李も!?どうしたんだよ2人とも!?そんなに特別なやつに見えるか?」
拓磨が呟く。侑李は拓磨の驚きの声を聞いて、天使のように微笑んで見せる。
「特別って言うか、サッカー部入んないかなって」
「はぃ?工藤くん運動できないんじゃないの?生まれつき体が弱くて入学してからずっと体育見学してるらしいよ?」
「そうなんだけどさ〜、5月に体育でサッカーしたじゃん」
「うん、したな」
「その時偶然壮琉くんにボールを蹴ってもらったんだけど、めっちゃいい球でね」
どうやら工藤の何かに気づいているのは、俺だけじゃないようだ。
侑李は思い返すように話しながら、嬉しそうに微笑んでいる。
「えー、侑李お世辞ばっか言うからマジなのかわかんないよ」
侑李は性格が良いから、酷いことを口にはしない。それが彼の良いところでもあり悪いところでもあるのだが、それを同じサッカー部員として常日頃から耳にしている拓磨は、お世辞か本気かわかってないようだ。
「マジマジ、壮琉くんのパス、俺が今まで受けたパスの中でも5本の指に入るくらいキレがあった」
「そんなに!?」
侑李の言葉を聞いて、拓磨が驚愕する。もちろん俺もだ。
てっきり何か武道をしているのではないかと思っていたが、まさか侑李がベタ褒めするほどの球を蹴るとは、本当に大した奴だ。
「ところで恭弥はどうして壮琉くんに興味があるの?」
「ああ…俺か?俺は…」
侑李のように明確な根拠があるわけじゃない。
殴り合ったわけでもないし、直接鍛え抜かれた身体を見せてもらったわけじゃないし、もしかすると見当外れなのかもしれない。でも…
「それなりに鍛えてるように感じたから」
ちょっとだけ嘘をついた。
それは自分が見当外れなことを言っていたら恥ずかしいから、保険をかけたのだ。
それなりという言葉は本当に便利だ。
それなりに勉強しているといえば点数が良くても悪くても笑われないし、結果がどっちに転んでも「アイツの言った通りだ」で全てが収まってしまう。
だから俺も、自分の見え透いた安いプライドのために保険をかける。
拓磨は俺の呟きを聞いて、特になんとも思っていないのか興味を失ったように視線を別の方向へと向ける。
「あ、そういえば知ってるか?宮本沙羅の噂」
「なんだ?」
拓磨は相談屋だから、ひっきりなしに噂を持ってくる。
もちろんコイツは優しい奴だから他人を貶めるような噂はしないし、黙っていてほしいと言われたことは口にしないから安心して良い。
俺はクラスでも異質なオーラを放つ宮本の話と聞いて、拓磨の話題に興味を持った。
宮本沙羅は常に学年1位の成績で、友達を作らず侑李が声をかけても無視するような女子生徒だ。
そんな彼女に一体どんな噂があるのだろうか?
俺が興味を抱くと、拓磨はすぐに口を開いた。
「なんかめっちゃでっかい家に住んでるらしいよ。豪邸って言うのかな?そこから朝早くに出ていくのを見たって隣のクラスの奴が言ってた!」
「豪邸か、羨ましいな」
「それな!宮本さんにお呼ばれしないかな〜、俺馬鹿だから、勉強会的な感じで!」
拓磨はそんな妄想をしながら、茶化したように笑う。
まぁ、コイツの言うことは冗談だろう。
あの宮本は友達なんていないし、そもそも拓磨のことを家に呼んだりするような間柄じゃない。
俺は彼の発言に苦笑しながら、工藤の方を見た。