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15.最悪だよ

 眠れませんでした。


 昨晩、別荘付近のコンビニで俺が想いを寄せるクラスメイトの宮本沙羅と遭遇し、奇跡的にひとつ屋根の下で過ごすことができたわけですが、結局一睡もできませんでした。


 まぁ、それはどうだっていい。

 俺の心は沙羅の言葉で随分軽くなったし、今なら自分の意思で俺ヤクザ!とクラスメイトに公表できるくらい気分がいい。


 頭は眠いが、なんだかフワフワしたような感覚で、多分これが麻薬を使った時に感じられる心地よさなのだろうと思う。使ったことがある人からの感想待ってます。


 そして皆さんが最も気になっているのは、ヤったかヤってないかだろう。


 年頃の高校生、ひとつ屋根の下で一晩を明かすイベントがあれば、当然真っ先に考えるのは夜の営み。


 俺が一睡も出来なかったと言ったから期待している人も多いだろうが、残念!俺は女性経験なしだよ☆


 ねぇ今どんな気持ち?期待してた話が聞けなくてどんな気持ちか教えてくれよ?


 俺?俺はとっても悲しいぜ。自分が惨めすぎて泣けてくるくらいだ。


 ピュアで童貞な俺が、カースト1軍の沙羅と関係を持つことなんてできるはずがなく、結局あの後、沙羅はすぐに2階に上がってそれ以降言葉を交わすことはなかった。


 朝俺が起きた時には靴がなかったし、早朝に学校に向かったのはすぐにわかった。


 …と言うわけで、進展なし。俺は沙羅の連絡先も知らない現状だ。


 だがまだ慌てる必要はない。

 沙羅の家族関係は壊滅的だから、突然義母が優しくなった!なんて出来事が起こるはずもなく、しばらくは人畜無害でピュアな俺の別荘に顔を出すはずだ。


 つまりチャンスはいくらでもある。

 昨晩のように、家の中で話す機会は巡ってくるだろうし、その時に連絡先を聞くことさえできれば、俺の勝ちだ。


「よっ工藤っ、どこ見てるんだ?」


 俺が沙羅に夢中になっていると、背後から背中を叩かれ、夢の中から目覚める。


 危ない危ない、今夢の中で、沙羅とメルヘンな世界に飛び立つところだった。


 危うく死にかけていた俺は、三途の川をバタフライで逆走し、教室の中に戻ってくる。


 俺が振り返ると、そこには髪をツンツンに立てた体格のいい男が立っていた。


「あ、南郷くん」


 背後に立っていたのは、俺と同じく帰宅部の南郷恭弥。


 もちろん、帰宅部だからと言って俺の同族ではない。

 恭弥きゅんはカースト1軍の帰宅部で、3軍帰宅部の俺とは雲泥の差があるクラスの人気者だ。


 彼は時たまに俺に話しかけてくれるものの、友人と呼べるような間柄ではなく、声をかけてきたと言うことは何か話したいことがあるはずだ。


 俺は振り返った先にいる恭弥を見て、疑問を口にすることにした。


「どうかしたの?南郷くん」


「実は昨日、空手の稽古で右手を壊してな」


「それは大変だ!」


 帰宅部エースの恭弥が怪我をするなんて珍しい!

 彼は帰宅部ではあるものの、高校には部活動が存在しない空手を習っており、おそらくその際に怪我をしたのだろう。


 俺に事情を話しながら見せてきた右手には、軽い包帯のようなものが巻かれていた。


 恭弥は俺が大変だと呟くと、ちょっぴり恥ずかしそうに頭を掻きながら耳に口を近づけてくる。


「明日、水泳の試験だろ。ほら、見学者って試験に参加できない代わりに、プール清掃することで最低評価が貰えるわけだけど、何用意すればいいんだ?」


 なるほど。そう言えば明日は、体育の2学期末試験だった。

 明日は水泳の試験があるものの、やむを得ない事情がある場合に限り、見学が許される。


 俺のように生まれつき身体が弱い設定の奴や、恭弥のように水泳を行えば怪我が悪化する可能性のある生徒は、放課後プールを清掃することで、試験が免除されて評価が貰えるのだ。


 恭弥はいつも体育には参加していて期末試験で見学をしたことなんてないから、何を用意すればいいか分からなくて不安なのだろう、ここは見学のプロフェッショナルである俺が仕事の流儀を教えよう。


「プールの時は体操着と替えの下着は用意しておいた方がいいと思うよ。それとタオルは必須だね。清掃用具は学校側が貸してくれるから、あとは濡れることを考えて他のものを用意するといいかも」


「水着じゃないのか?」


「うん。水着だと遊ぶ生徒も出てくるからじゃない?」


 水着だとどれだけ濡れても問題ないから、試験を嫌がって見学し、清掃中に遊ぶ輩も出てきてしまう。


 掃除をするだけで最低評価が貰えるのだから、楽をしたい奴らはカースト下位の奴らに掃除を任せて、自分たちは泳いで遊ぼうなどと考えるのだ。


 しかしそれを封殺するのは、体操着。

 水着の着用を禁止することにより、泳ぎを躊躇う環境を作り上げる。


 恭弥は水着だと思っていたのか、体操着だと聞いて驚いたような表情を浮かべていたが、俺の話を聞いて納得したように何度か頷く。


「ありがとな!明日頑張ろうぜ」


「うん」


 そう言って、手を振りながら満足そうに去っていく。

 彼の笑顔は眩しい…というか、完全な陽キャだ。


 空手によって鍛え抜かれた肉体は、華奢に見えるものの筋肉質で、多分あれは女子が好きなタイプの筋肉だ。


 加えて言うなら恭弥は顔もカッコいいし、玲奈と同格の1軍で自分のグループを形成できるレベルの地位を持っている。


 カッケェな、俺アイツになら抱かれてもいいわ。


 去っていく恭弥きゅんを見つめていると、ポケットの中のスマホが何度か震えた。多分メールか何かだ。


 俺と連絡先を交換しているクラスメイトはいないし、連絡を入れてくる身近な友人もパッとは思いつかない。


 スパムメールか何かだろうか?


 真っ先にスパムメールの可能性が思い浮かぶほど友達がいない哀れな俺は、ポケットからスマホを取り出してメールの内容を確認する。


 俺のスマホに届いていたのは、メールではなくメッセージだった。


 指先でスマホを操作し、送られてきているメッセージを開く。


 瞬間、俺は目を疑った。

 メッセージの送り主は雨龍。


 数日ぶりに雨龍の生存が確認できて嬉しいのも束の間、彼からのメッセージは、俺が予想などしていなかった、想定外のものだった。


 内容はこうだ。


 坊ちゃん、先日の一件を親父に話したんですが、親父が大喜びで彼女を実家に連れてこいと言ってやす!

 どんな女の子かどうしても生で見たいそうなんで、近々実家に帰ってきてくだせぇ!


 というものだ。

 いや無理だよ。玲奈を家に連れて帰るなんて何考えてんだよ!


 どうやって3軍の俺が1軍の玲奈を家に連れ込むんだよ!しかも実家で親父に紹介!?やってることが結婚前のカップルじゃねえか!


 あと数日で夏休み。波乱の夏が幕を開けそうだ。

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