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14.歯車は回る

 俺は顔を下に向けたまま、沙羅と目を合わせない。


 彼女がどんな顔で俺を見ているのか、予想もできないからだ。

 高校に入学してから1年と数ヶ月、高校内に初めて俺の秘密を知る人ができてしまった。


 まぁ、できてしまったと言うか完全に自業自得なのだが、やっぱりショックなものはショックだ。


「それで?それがなに?」


 俺が項垂れていると、沙羅の声が響く。


「へ?」


 沙羅の声を聞いて、俺は間抜けな表情を浮かべながら頭を上げてしまった。


 そしてそこに座っている彼女を見て、俺は人生で初めて、心臓が強く脈打つという感覚を知ることになった。


 ドクンと大きく心臓が跳ねて、温かい血液が身体の全体に広がっていくのがわかる。


 沙羅の表情は、いつもと変わらず真面目で、俺の瞳を真剣に見つめていた。


 俺の秘密を知っても尚、怯えることも引くこともなく、学校で見る高嶺の花という表現の相応しい彼女の姿が、そこにはあった。


「なんだかすごい躊躇ってるから親が銀行強盗でもしたのかと思ったじゃない」


「いや、流石に親が銀行強盗してたら自首しますよ…」


 そもそも銀行強盗犯がわざわざこんなに目立つ刺青彫らないでしょ…


 彼女なりに俺を励ましているのだろうが、突っ込まざるを得ない。


「もしかして、クラスでも地味な眼鏡くんキャラをしてるのも、お父さんが極道をしている所為?」


「いや…まぁ、それもあるんだけど。小学校の時に色々あってね」


「そうなの。ついでにその話も聞かせてくれる?この家テレビないから、弁当食べる時耳が寂しいのよ」


 人の過去のトラウマを夕飯食べる時に流すテレビ番組と同列に扱わないでください!そしてちゃっかりワガママ言うな!


 いつの間にか弁当を持っていた沙羅は、俺の返答など待たず、弁当の包装を破り始める。


 まぁ、極道がバレた以上隠すことではないし、この際話して楽になろう。


「俺さぁ…小学校では結構明るくてさ。今みたいにクラスの隅っこに居るような奴じゃなかったんだ」


「そう」


 俺の話に、そっけなく沙羅が相槌を打つ。

 視線は完全に弁当の方に向いているが、話はきちんと聞いているらしい。


「小学校の時ってさ。よく授業参観ってあるじゃん」


「ああ、あの学校に保護者を呼んで公開処刑するやつのことね」


「そうそう、それ。…それでさ、小学校4年生の授業参観だったかな。ご両親どんな仕事をしているのか、クラスのみんなに作文で発表しようってのがあって」


 俺は自信を持って作文を書いた。周りの生徒の親と俺の親父の仕事は似たようなものだと、本気で思っていたから。でも違った。


「授業参観前に、クラス内で発表練習があってさ。その時に言われたんだよ。お前の家族はおかしいって」


 そう言った彼は笑っていた。

 俺を馬鹿にするように見下した眼差しで、自分がいかに幸せかマウントを取るように、俺の母が亡くなっていること、親父が極道の頭であることを嘲笑ったのだ。


 沙羅は俺の話を聞いて、箸をぴたりと止めて頷いた。


「…そう」


「母さんが死んでるのと親父の仕事を馬鹿にされて腹が立って、俺はソイツをぶん殴った」


 思いっきりぶん殴った。

 先生が止めに入るまで何度も殴って、大問題になった。


「結局、ソイツ入院してさ。俺がやったこと、俺の親父の仕事が知れ渡って、親父は自分(てめぇ)を馬鹿にした子供の親に、何度も謝りに行ってた…暫くしてわかったよ。異常なのはソイツじゃなくて、俺だったんだって」


 俺は異常で、周りとは違った。

 力もそうだったが、特に違ったのは家庭内の環境。


 俺にとっての普通は、周りの奴らにとっての異常だったのだ。


 母親がいない生活は惨めで哀れだと思い込んだ奴らに後ろ指を指されて笑われ、それに反応して叩こうものなら犯罪者の息子という烙印を押され、そのたびに親父が相手の保護者に謝りに行っていた。


 それを見ていくうちに、俺は目立たず平凡な生活を求めるようになった。


 例えパシリになろうが、嫌がらせをされようが、俺をここまで育ててくれた親父に迷惑をかけなければそれで良いと思っているから。


 俺は沙羅に全てを打ち明けた。

 どうして教室の隅っこで地味に過ごしているのか、どうして言われるがままだったのか。


 俺が全てを打ち明け終えると、彼女は箸を机の上に置いて、ソファから立ち上がった。


 きっとこんなつまらない話を聞いて、俺に呆れたのだろう。

 些細なことで暴力を振るう短気な男だと思われただろう、近寄りたくないと思われただろう。


 でも、もういい。

 ずっと誰にも話せなかったことを口にできて、気持ちが楽になった。


 これが完全な自己満足だということは分かっているが、俺は沙羅に秘密と過去を打ち明けることによって、自分の罪が軽くなったような気がした。


「工藤くんは間違ってないと思うけれど」


「…へ…?」


 沙羅の声が俺の心の中の深いところに入ってくる。


 間違ってない。その言葉を聞いた瞬間、俺は不覚にも安堵してしまった。


 俺は心のどこかで、沙羅もアイツらと同じで俺を異常だと認定すると思っていた。


 勝手にそう判断して勝手に心の壁を作って、周りと深く接さないことによって、俺は俺に都合のいい世界を作ろうとしていた。


 だけど、それも今日で終わったのかもしれない。

 勇気を持って一歩踏み出せば、世界は大きく変化する。


 それは決していい方向に進むとは限らないが、俺の場合、秘密を打ち明ける相手が俺の価値観をわかってくれる人だったから、心が救われた。


「私も以前は父子家庭だったから。母親がいない気持ちはわかる。…だからハッキリ言えるわ。貴方は間違ってない。やり方は間違っていたのかもしれないけど、貴方が過去に苦しむ必要はないと思うわ」


 そう言って彼女は、俺の両頬に手を伸ばしてきた。

 テーブルに身を乗り出し、俺の両頬に触れた彼女の手のひらは凄く温かく、心地よかった。


 彼女の衣服から柔軟剤の匂いが香ってきて、俺は彼女の温もりに身を委ね、瞳を閉じる。


 ああそうだ。俺はきっと、この言葉が欲しかったんだ。ずっとこの言葉を探していたんだ。


 彼女の真剣な眼差しが、ふざける事もなく馬鹿にする事もなく真っ直ぐに俺の本質だけを見つめてくれる眼差しが、凍っていた俺の心を溶かしてくれる。


「宮本さん…ありがとう…」


「お礼は結構よ。事実を言ったまでだし、それで貴方が満足したなら良かった」


 俺が感謝の言葉を呟くと、沙羅は頬から手を離し、唇を尖らせながらそっぽを向いた。


 あ、少し耳が赤い。


 沙羅も少しは俺のことを、意識してくれてたのかな。

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