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11.複雑な家庭事情

 沙羅を連れて、別荘の正門に辿り着く。


 正門は目立つからいつもは裏口から入っているが、流石に好きな人の前で裏口からコソコソ入るのはダサいし、ここはカッコつけて正門から入ってみる。


 沙羅は別荘を目の前にして、あんぐりと口を開けている。


 きっと驚いてくれたのだろう、ウチに来ていいよと言ってきた男の家が学校と同じくらいの大きさだったら、俺だって驚くもん。


「ね?広いっしょ?」


 広いなんて言いつつ狭い部屋に連れ込んで襲うなんて、俺はしない。


 そんな強姦魔のようなことをするくらいなら、土下座してS○Xさせてくださいとお願いした方が100倍マシだ。


「工藤くんって、内と外じゃ全然違うのね」


「内と外?」


「ええ。学校じゃ女子に虐められてる情けない男で、体育はいつも見学で成績だって私に負けてる何の取り柄もない男なのに、外では全く違う人みたい」


「俺に対する印象酷すぎない!?俺のこと嫌いだよね君!?」


 俺のことそんなふうに思ってたの!?玲奈より酷い女だぞコイツ!


 俺のことを表立ってバカにしてくる女子は多いが、そんな女子たち以外にも、心の中で俺のことを侮蔑している女子がいることを今日初めて知った。陰湿すぎる。


 周りに全く興味なさそうにシカトし続けている彼女だが、きちんと周りを見ているのは今の言葉で判明した。


 ならばこっちもカウンターを仕掛けるまでだ。


「宮本さんも全然違うよね。いっつもクラスで一人ぼっちで、声かけられても返事も何もしないから喋れないと思ってたよ。外では喋るんだ?」


「勉強するのに馴れ合う必要なんてないから。学校は勉強しに行くところでしょ?どうして他人と話さなくちゃいけないの?」


「君、友達居ないでしょ」


「貴方もね」


 カウンターの応酬だ。

 俺の言葉が癪に触ったのか、反論してくる沙羅は至って真剣な表情で、冗談などという次元から逸脱している。


 きっと本気で俺のことをそう思っているのだろう。実は俺も、沙羅に対して全く同じ印象を持っている。


 しかしまぁ、少し彼女のことがわかった。

 彼女は学校は勉強するところだから話さないようだが、学校外だと普通に話してくれる。


 多分俺が今沙羅と話せているのも、学校外だからだろう。きっと明日学校で声をかければ、これまでのように彼女は俺をシカトするはずだ。


「もう辞めよっか?俺たち似たり寄ったりだし、お互い悲しくなるだけでしょ?」


「私は全然」


「あっ、そうですか…」


 このツンとした表情の彼女を引っ叩いて泣かせてみたい。

 横を歩きながらまだまだ戦意があるとアピールしてくる沙羅は、俺が玄関の鍵を開けると別荘の中へと入って行く。


「お邪魔します」


 めっちゃ可愛い。

 やっぱり黒髪の女の子は可愛いな。喪服みたいなシンプルで暗い格好ではあるものの、それが彼女の美しさを引き立てていて、今にも消えていなくなりそうなほど美しい。


「誰もいないから変な心配しなくていいよ。俺は1階を使うから、宮本さんは2階を好きなように使ってもらって構わないから。あ、あと風呂も2階にあるから、勝手に使ってね。俺は1階の風呂に入るから」


「え?一人暮らしなの?」


 俺が説明を終えると、沙羅は驚いたように振り返ってくる。


「いや…ここは別荘で…ちょっと親と顔を合わせずらい事情があって、今はここに逃げ込んでる…」


 まぁ、君と一緒だと思ってくれればいいよ…


 俺は1000万を失ってここに隠れているから全く事情が違うが、命懸けの家出だと思ってもらえたらわかりやすい。


「じゃあ、今は1人なんだ」


「うん。そういうことになるな…さて。宮本さん」


「なに?」


「さっき家は居心地が悪いって言ってたけど、家出?なんかあったの?」


 気になっていたことを訊ねる。

 さっきの言い合いで沙羅はある程度心を開いてくれているだろうし、今は家の中だから逃げ場もない。


 彼女が教えたくないと言えば深く詮索するのはやめるが、気になっていたことを訊ねた俺は、沙羅の無表情な顔に迷いが現れたことに気づく。


「…家に居場所がないの」


「え?でも自分の家でしょ?」


「父が再婚して、義母が出来たんだけど、私が父に似てなくて母に似てるから…それが気に入らないみたい」


 あっ、複雑な家庭事情をお持ちなんですね。


 てっきり親が厳しいから逃げ出してきた!アイツら勉強勉強うるさいの!的な感じの悩みだと思っていたが、想像していた以上に重いのが来た。


 今日は玲奈の借金の理由の話も聞かれたし、重たい話が多いな。もうお腹いっぱいだ。


 沙羅は俺が相槌を打たないのも気にせず、続けて口を開く。


「義母さんはね、国立大学に落ちて就職も失敗しちゃった所謂学歴コンプレックスで、私にも厳しいの。父は仕事で忙しいから家には戻ってこないし、家で待ってるのは、私の成績しか見てくれない義母と義理の姉妹だけ」


「そりゃあ…居心地悪いな」


 きっと向こうもよく思ってないのだろう。

 再婚相手の義理の父や母と、上手くいかないという話はよく聞く。


 そりゃそうだ。誰だって再婚した時、全く血の繋がってない義理の子供ができたら躊躇いはあるだろうし、特にその子供が再婚相手と似ていなければ、再婚相手の過去の相手を想像して気分が悪くなる人もいる。


 だから再婚した時に虐待を受ける子供だっているわけで、沙羅もそういった生活の中で1人生きているのだ。


 しかも沙羅の父親は仕事で帰ってこないから、それはもう、見ず知らずの他人の家に預けられたような状況に近い。


「ご飯も?」


「ええ。私の分なんて用意してくれるはずないじゃない。私はあの家で、部屋も与えられず隅っこで寝て、隅っこで勉強するしかないの」


「そっか」


 俺は宮本沙羅という少女を、ずっと高嶺の花だと思っていた。


 両親も超優秀なエリートだと聞いていたし、彼女も医学部を目指すと聞いていたから幸せな家庭なんだろうと思っていたが、そんな誰もが羨むような理想の家庭はとっくの昔にぶっ壊れていて、今は砕け散った家庭の中で、見ず知らずの義理の家族に差別されながら過ごしている。


 俺も物心ついた時には母親が居なかったから多少なりとも沙羅の気持ちはわかるが、きっと俺が思っている以上に彼女は苦しいはずだ。


「ん」


 俺は彼女の身の上話を聞いて、ポケットからあるものを取り出した。


 沙羅は俺が右手を差し出すと、キョトンとした様子で俺の手の中にあるものを受け取る。


「…鍵?」


「ああ。…居心地悪いなら、気が向くまでここに居ればいいだろ。俺はお前を助けたい」


 好きだからな。


 自分の心臓の鼓動が速くなっているのがわかる。耳が熱い、顔が今にも燃え上がりそうなほど熱を帯びているのがわかる。


 世の中のカップルは、これ以上に恥ずかしい告白をしているというのだから、全く持って驚きだ。


 沙羅は俺から鍵を受け取ると、暫く動かなくなり、表情も固まっている。


「工藤くんって、結構キモいんだね」


 俺は沙羅の冷たい一閃を受けて、その場に膝から崩れ落ちる。

今後は更新頻度週2回程度を予定しております。

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