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10.俺だよ

 大学生も沙羅のシカトを目の当たりにして困惑しているようだし、俺もあの現場に突入しようと思う。


 今から俺が行うのは、完全な自己満足だ。


 好きな女に好意を持ってもらうというか、それとなくカッコつけて恩を売っておいて、それとなく話してもらえるような関係になりたい!


 男ならそう思っても仕方ないよね?いや、女でもそうでしょ?好きな男には声をかけてもらいたいし、好きな人がピンチっぽかったら助けるよね!


 俺は沙羅の背後から颯爽と歩み寄り、まるでヒロインを助けに来た男主人公のように彼女の肩に手を回した。


「沙羅、友達?」


 決まった。

 ちょっと凛々しく、沙羅の彼氏感を醸し出して「なに、コイツら友達?」的な雰囲気を放つことによって、優越感に浸ることができる。


 これが自己顕示欲というものなのだろう、年上を相手にイキるのは気分がいい。


 沙羅は無表情のまま「は?」と言いたげな眼差しで訴えかけているが、やはり俺に対しても彼女のシカトは有効なようで、肩を持っているのに反応すらしてくれない。


「あ、カレシ?彼女1人でいたから心配になってさ〜」


「ちゃんと見といてあげなよ?可愛い彼女なんだし、放置してたら誘拐されちゃうよ?」


 なに恩着せがましく善人ぶってんだよ、全身ち○こ野郎どもが!お前ら可愛い女の子とS○Xできれば誰でも良かったんだろ!


 さっきまで自分たちがナンパしていたことなど棚に上げて、俺が彼氏だと誤解するや否や自分たちが守ってやってたんだ気をつけろと恩着せがましく話してくる彼らに、思わず中指を立てたくなる。


 いけないいけない、こういう時一般人はガン飛ばして中指を立てるのではなく、笑顔で感謝するんだった。


 俺は一瞬眉間に皺を寄せた後に、頬の口角を上げてお辞儀をした。


「あはは、すみません。ありがとうございます」


「それじゃあね〜」


「はーい…」


 くそ、テメェら俺に背を向けた瞬間金属バットで殴ってやろうか!?


 カッコつけて背を向けたまま手を振って去って行くヤツらが腹ただしい。帰り道に犬のクソでも踏んでしまえ。そしてみんな不幸になれ!


 ふぅ。これで沙羅と2人きりだ。

 好きな女の子と偶然学校外で2人きりになるなんてシチュエーションは想像したことがなかったから、緊張してしまう。



「手」


「手?」


 意識の中で満足しきっていると、横から声が聞こえてきて反応する。


 どうやら早く手を退けて欲しいようだ。沙羅は俺が緊張しているのと反対に、無表情のまま俺の右手の甲を抓ってきた。


「痛いっ!宮本さん痛い!」


 手の甲の皮なんて抓まれる機会がないから知らなかったが、これが結構痛い。


 皮だけなら痛くないのだろうが、血管ごと抓まれる俺は、咄嗟に彼女の肩から手を離す。


「ごめん、余計だったかな?」


 真っ黒なワンピースにカーディガンを羽織る少女は、どこか社交会に現れた儚げな令嬢のようで美しい。


 彼女に抓まれて熱を帯びる右手の甲を撫でる俺は、ジンとした痛みが広がって行くのを感じながら、彼女の真っ黒な瞳を見つめた。


「誰?」


「え…?」


 今の発言が、さっきの大学生に向けられた言葉ではなく、俺に向けられた言葉だというのはすぐに理解できた。


 俺は瞬間的に思考停止に陥った脳内をすぐに回転させ、彼女の言葉の真意を予測する。


 誰って?え?クラスメイトだよ?沙羅さん?


 沙羅は記憶していないのかもしれないが、俺は彼女と入学した時から同じクラスだ。文化祭だって同じ出し物をしたし、1年以上も同じクラスで互いの吐息を呼吸し合った仲だ。


 それを覚えていないと申すのか?誰の一言で済ませる気なのか!?


 てっきり名前くらい覚えてもらっていると思っただけに、今の沙羅の一言は俺に効く。俺はライフポイントに大きなダメージを負った。多分あと一発くらえば俺は死ぬ。


 しかし俺だって男だ。ここでへこたれて逃走を謀るようなら最初から沙羅に接触なんてしない。


「俺だよ!同じクラスの工藤壮琉!ほら、1年の時から一緒のクラスじゃん!」


 なんでこんな自己紹介しないといけないわけ!?

 入学した直後の授業で嫌というほど自己紹介させられたじゃん!


 沙羅は俺が自己紹介をすると、考えるように顎に手を当て険しい顔になっていく。


「…私の知ってる工藤くんは眼鏡なんだけど」


 あ、そういうこと。


 俺は学校内では普段から眼鏡を掛けているから、そのイメージが強いのだろう。俺は制服のポケットから眼鏡を取り出すと、それを装着して親指を立てた。


「どう?わかった?俺だよ俺」


「うん。わかったから。そんなに騒がないでくれる?私が恥ずかしいんだけど」


「ごめんなさい…」


 沙羅に名前と眼鏡を覚えられていることに喜びを感じてついついはしゃいでしまった。


 俺が騒ぐと、沙羅は恥ずかしいのかジトッとした視線だけを残し、歩き始める。


 どうやら彼女は、話が終わったと判断して帰るようだ。

 別れの挨拶もなしに突然歩き始めたから驚いたが、高校での彼女を見ていれば、この行動も予測できる。


「またナンパされるかもしれないし、送ろうか?」


「いい。家には帰らない」


 俺の提案に即答してくる。

 弁当を買っていたから、てっきりこの後家に帰って食べるのかと思ったが、違ったようだ。


 孤独な彼女を追っていると、ますます宮本沙羅という少女のことを深く知りたくなってしまう。それは恋という感情もあるのだろうが、きっと俺が、彼女の名前以外何も知らないからだ。


「どこ行くの?」


「公園」


 単調な返事が返ってくる。


「何するの?」


「買った弁当を食べる」


「それ家で良くない!?」


 わざわざこんな蒸し暑い真夏に公園で夜ご飯食べる!?


 家でもできることをわざわざ外でするなんて、よっぽど家が嫌なのだろうか?


「家は居心地が悪いの」


「そうなんだ…」


 彼女をよく見ると、格好は私服なのにバッグは学校指定のバッグだ。それにバッグは教材以外のものも入っていそうなほど膨らんでいるし、十中八九家族喧嘩でもして家を出てきたのだろう。


 こういう時男がどういう声をかければいいのかはわからないが、俺は好きな女の子を公園に放置して帰るなんてことはできない。


「…うち来る?」


「は?」


 あ、めっちゃキモそうな顔してる。

 俺がウチに来るか聞いた瞬間、汚物を見るような視線でゲンナリとして見せた沙羅の顔が、グッとくる。


 実は俺、ドMだったのかもしれない。

 好きな女の子にキモがられて悦びを感じるだなんて、普通じゃない。


 できるならその顔のまま俺の頬をビンタして欲しいくらいだ。


 沙羅の顔を見て特殊プレイに目覚めてしまった俺は、眼鏡を外しながら彼女を見つめる。


「うち広いし、冷房もあるから…家に帰りたくないなら、来てもらって構わないよ」


「それ誰にでも言ってるの?」


「んなわけないだろ!ただ宮本さんが困ってそうだから提案しただけで…!」


 別に公園でいいなら、お前が満足して帰るまで側にいる。

 今そんなことを言ってもキモがられるだろうから言わないが、どちらにせよ最終決定権は沙羅にあるわけで、俺が口を挟んだところで何の意味もない。


 沙羅は無表情のまま立ち止まると、くるっと綺麗なターンを見せてからコンビニへ向かう道を歩き始めた。


「え、どこ行くの?」


「貴方の家」

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