1.真面目ガネ
学校にはスクールカーストというものがある。
それは入学してから数ヶ月後には揺るがなくなる序列のようなもので、出だしで失敗してしまえば高校生活3年間を不意にしてしまうような、危険な序列。
スクールカースト1軍と呼ばれるグループには美男美女、スポーツ万能な生徒なんかが名を連ね、そんな彼ら彼女を囲うようにしてクラスが形成されていく。
2軍に属する男女は、必要に応じて1軍と接触することのできる、ちょっと面白い奴らだ。この中にはパシリなんかも含まれるが、大抵の高校ならばそこまであからさまなパシリ要求はなく、1軍に気に入られたい2軍の男女が自主的にパシリを行っていると言ってもいいだろう。
そして最後に3軍。
3軍には本物のクラスの嫌われ者なんかも属するが、大半はただ単にコミュニケーションが下手くそで取り残された見て呉れの悪い生徒たちが所属する。
次第に出来上がっていくクラス内のネットワークに上手く馴染めず、ポンと弾かれた存在。
中には1軍の生徒にも気に入られている人もいるが、大抵は同性に気に入られているだけで異性には好かれず、カーストは下位のままだ。
まぁ、この辺りは普通の高校生活を経験した人ならわかるだろう。本気で嫌われていなければそこそこ声はかけられるものの、異性とお近づきになる機会なんてなく同性に必要な時にしか声をかけてもらえないのが、ただの3軍だ。
そしてこの学校にも、スクールカーストは存在する。
ここは都内にあるごく普通の進学校だ。
そんな学校に通うしがない高校生のこの俺、工藤壮琉が属するカーストは当然…
3軍だ。
先に名誉のために言わせてもらうが、俺は嫌われているわけではない。
入学して間もなく大問題を起こしたとか、クラスメイトに嫌がらせをしたとか自己中とかそういうわけではなく、ただ女子に嫌われている。
その理由は自分でもわかっている。
俺の学校内での格好は、ワックスも付けず寝癖を治しただけの無造作な髪に、今時こんな奴いる?と自分でも聞きたくなるような丸眼鏡。
メガネはレンズを分厚くしているため相手から俺の瞳はあまり見えていないようだし、こんなあからさまな陰キャと関わりたい女子なんて誰1人としていないだろう。
男子からは1日に数回話しかけられるが、女子からは決して声がかからない、眼鏡陰キャ。自然と付いたあだ名は真面目な眼鏡で〝真面目ガネ〟。
クラスの端にいて、うっかりSNSのクラスグループ招待を忘れられるような人畜無害な学生Aだ。
放課直後ということもあり賑やかな教室内では、早速スクールカースト1軍の女子生徒たちが集まり、周囲のことなどお構いなしに大声で話し始める。
「ねぇ〜玲奈、今日遊んでかない?近場で美味しいケーキ屋見つけてさ、みんな行くっしょ?」
「うん行く行く!」
「私も行きたい!」
カースト上位の生徒たちの声は、否が応でもクラスに響く。
そりゃそうだ、カースト上位の生徒をうるさいなんて注意する人は居ないし、カースト上位者はそれなりに教師たちにも気に入られている。
カースト上位者は絶対で、1軍の奴らに注意できる奴なんて、クラス内には存在しないのだ。
俺はバッグの中に筆箱やノートを纏めながら、自然に聞こえてくる女子たちの話に耳を傾けていた。
「ごめん、今日もパス」
「は?マジで玲奈ノリ悪くない?彼氏?」
「ちょっと怒られてさ、親が厳しくなって…すぐに帰らないとまた怒られるんだよね〜」
「へぇ。そっか。じゃあまた誘うわ」
「ありがとね!それじゃあまた明日!」
クラスメイトの誘いをあっさりと拒絶した玲奈と呼ばれている女子生徒は、スクールカースト最上位に君臨する美人女子だ。成績はイマイチだがスポーツ万能、おまけに顔も可愛いことから入学してすぐに当然のように1軍に君臨し、1年の頃は廊下でも他クラスの生徒に囲まれていた。
言うなれば、生まれながらにカースト上位を約束された顔面偏差値高い系女子だろう。
しかしそんな彼女は最近、ノリが悪い。
クラスの女子の会話は自然と聞こえてくるからわかるが、彼女は2年に進級してからというもの、何かと理由をつけて早く家に帰りたがる。
そうして徐々に、玲奈派閥の雰囲気は微妙なものに変貌していく。
「アイツ、最近ノリ悪くない?」
「それな。もう3ヶ月だよ?普通3ヶ月連チャンで遊べないとか普通ある?」
「エンコーでもしてんじゃないの?」
「あはは、ありえるー」
このように、女子たちの雰囲気は最近険悪だ。
スクールカースト上位に君臨する玲奈という存在が最近遊んでくれないことから、自分たちの地位を危ぶんだギリギリ1軍の女子生徒たちは、他の派閥に取り入ろうと教室内なのに愚痴をこぼす。
まぁ、何が起ころうと俺には関係のない話だ。
そもそも俺はクラスの女子生徒からは煙たがられているし、妙な正義感から女子に突っかかって目立つのだけは何としても避けたい。
俺みたいな学生Aは、ただ隅っこで事態が収まるのを待つだけの、時代の傍観者に過ぎないのだから。
「げ、真面目ガネまだ居たんだ」
「眼鏡陰キャは早よ帰れっての。ジミーズ放課後残る価値ねえだろ」
女子たちの陰口が聞こえてくる。
どうやらクラス内に俺のような地味キャラが残っているのがムカつくらしく、玲奈に拒否られたことも相まって当たりが強い。
3軍はこの辺で退散しよう。
何故か標的にされそうになってしまったため、荷物を纏めたバッグを持って席から立ち上がる。
そんな時だった。
不意に俺の前にノートのような何かが飛んできて、思わず立ち止まる。
「あの…なんですか?これ」
目の前に落ちたノートには、清掃委員会と書かれている。
俺はノートを確認した後に拾い上げると、女子たちの方へと訊ねた。
「今日清掃委員会あるんだけどさ、ケーキ食べいく用事あるから代わりに行っといてくれない?」
「あっ…」
「それじゃーよろしく〜」
「サボったら殺すから」
拒否権なしかよ。
もちろんそんなこと口にしないが、心の中で呟く。
彼女たちは俺が拒否する可能性なんて微塵も考えていないのか、ノートだけ投げつけると面倒ごとを全て押し付けて帰ってしまう。
意見なんて聞かずに背を向けて去っていく女子たちを見届けた俺は、静かになった教室内で深いため息を吐き、外の景色を見た。
今日も忙しく蝉が鳴いている。夏が近いこともあって、日暮れまでには時間がある。
どうせ家に帰ってもやることなんてないし、明日女子たちに文句を言われないためにも、清掃委員会に顔を出すとしよう。
そう決めた俺は、女子たちの命令通り、清掃委員会の行われる教室へと向かった。






