幕間~例えば春と裕美の場合~
「…そして、今日はどういう理由で倒れたんだ」
「廊下でよそ見をしていた女子とぶつかって、その勢いでそのまま…」
「うーん、やっぱり女子の身体が触れるのは駄目なようだな」
あぁそうだ、これが本来の僕だ。春ちゃんに乗っかられて正気を保てていたのは、やはり奇跡だったのだろうか…
「ところでお前、授業の遅れはどうしている?これだけ保健室で休んでいる時間が多いと、支障が出てくる教科もきっとあるだろうが」
「あっ、それがですね…」
「でね、だからX=2、Y=3になるんだよ」
「なるほど…」
「うーんでもさぁ、あきくん授業めっちゃ休んでる割には出来がいいよね?羨ましいなぁ」
春ちゃんは頬を膨らませた。
「そんな…春ちゃんの教え方が上手いだけだよ」
「そ、そう?えへへ…ありがとう」
春ちゃんの顔はまた優しい笑顔に戻ったのだった。でも実際、本当にありがたい。僕は主に数学や英語での欠席が多い(教科担当が女性だから)から、僕は春ちゃんにその分を補ってもらっている。一応現役大学生ではあるので、当たり前だけど分かりやすい。…でも、その流れでノートの内容が数学や英語の問題になっているのはいかがなものだろう。
「塾に行ったらウン万円っていう大金がかかるものね。だから、お料理してくれるだけで勉強教えてくれる私をありがたいと思ってね!えっへん」
「そ、それで良いなら確かに安上がりだね」
チンしたり、お湯いれるだけで教えてもらえるんだから、そりゃあね。
「うーん、そんな話していたらお腹すいちゃったよ」
「言われた通り、さっきコンビニでお弁当買ってきたよ」
「ありがとう~お金は後で渡すね~」
「じゃあ後は温めればいい?」
「うん、お願い~」
「なんだ、お前の従姉さんが教えてくれるなら安心じゃないか。現役の大学生なのだろう?」
「えぇまぁ…はい」
全く通えていないんだけどね、ということは本人の名誉のために伏せておいた。
「ところでお前…今日これから時間はあるか?」
「?ええ、特に何もありませんが…」
「なぁ、それなら私もその従姉さんの所へ行ってもいいか?」
「…えぇ!?なんでですか!?」
「いや、お前の病気を治す手掛かりになる人なら一度会っておきたいと思っていたんだ。…ダメならもちろん無理にとは言わんが」
「ぼ、僕は構いませんけど…彼女が何て言うか…」
”人と話すのも難しくなった”って言っていたし、まずい気もするけど… でも、春ちゃんも自分が”病気”だと言っていた。先生は、本当に困っている病人は見捨てない性分だ。もしかしたら、春ちゃんの病気を治す手掛かりを得られるかもしれない…よし、
「行くだけ行きましょう。僕が彼女と相談してみます」
「そ、そうか。そういうことなら私も学校を出る仕度をするとしよう」
だ、大丈夫かな…?今更ながら不安になってきた…
「待たせたな」
先生の私服は、黒を基調としたダークなもので、いかにも大人の女性といった感じだった。
「それで、ここからは遠いのか?」
「いえ、僕の家までの道の途中にあるのでそんな遠くないですよ」
「それはいいな。なら、早速行こうじゃないか。…と言いたいところだが、お土産くらい買ってってやるか」
と言うので、先生は近くのコンビニで飲み物を購入してから向かったのだった。道中、いつものように他愛のない話をしながら歩いて行ったが、さほど学校から遠くない距離なのであっという間に着いてしまった。普段、行きも帰りも一人の僕にとっては、誰かと話しながらこの道を歩くのはとても新鮮で、なんだが名残惜しいような気もした。
「ここがそのアパートです」
「…」
先生は、僕に返事をせずにそのアパートを眺めていた。
「せ、先生…?」
「…なぁ、ここの何号室なんだ?」
「え?そこの二階の右から二番目の…」
僕の言葉を聞くと、先生は僕を置いて先に走っていった。
「先生!?」
訳が分からず、僕は慌てて先生を追いかける。そして、先生は春ちゃんの部屋に勢いよく飛び込んでいった。…飛び込んだ!?な、何を考えているんだあの人は!?
僕は恐る恐る部屋の中を覗き込む。すると、
「なんだ~~~!!!お前だったのか従姉ってのは~~~!あーもう、相変わらず可愛いなお前はぁ!」
「な、なんでここに裕美ちゃんがいるのぉ…?」
…春ちゃんに思い切り抱き着いて頬をすりすりさせる先生がいた。
「あ、あの、これはどういう…?」
「あっ、あきくんやっほー」
特にジタバタすることもなく、春ちゃんはこの状況をすんなり受け入れて、僕に手を振ってきたのだった。
「あぁすまんなアキ、私とこいつは知り合いなんだ」
「うん、私の恩人なんだよー」
聞くところによると、こんな話だった。ある日、やる気が比較的ある時間だったのでコンビニにご飯を買いに行ったら、あろうことかコンビニで買い物を終えて外に出た瞬間に、春ちゃんは力尽きてしまったらしい。”コンビニのドアの横でだるそうに座る猫耳パーカーの女性”普通はこんな人とは誰もが関わりたくもないので、そのまま数時間くらいそのまま春ちゃんは座り続けていた。その時に現れたのが先生だった。コンビニに入ろうとした瞬間に春ちゃんを見つけた先生は、こう言ったらしい。
『お前…目ぇ、死んでるな』
すると、そのまま春ちゃんを背中に乗せ、春ちゃんを家まで連れていてあげ、なんとちゃんとしたご飯を作ってあげたり、部屋もある程度掃除したりしてくれたらしい。そして、先生は、春ちゃんの目を見た瞬間にただ事ではないと理解し、春ちゃんから”病気”について聞いたのだった。それを聞いた先生は、春ちゃんにこのように力強く宣言した。
『私は、自分一人で歩けない患者の味方だ。お前はただのサボり魔じゃない。そんなお前だからこそ、私にはお前を助ける義務がある』
そして、先生は時間がある時に春ちゃんの家を訪ねてお世話をしていたわけだけど…
「お前本当に可愛いよな、うん可愛い。私と一緒に住まないか?」
「うーん、そしたらあきくんと会えなくなるから嫌かなー、ごめんね」
なんというか、先生は春ちゃんをペットのように扱っているように見えてならない…まぁ、春ちゃんも幸せそうだから別にいいけど。
「しかし、世の中狭いもんだな。まさか、お前ら二人が親戚同士だったとは驚いたぞ?」
「僕も、自分の学校の先生と従姉が知り合いだったなんて思いにもよりませんでしたよ…」
「あぁ、これでアタシとしても手間が省けて何よりだ。なんせ、アタシの大事な患者二人を一度に診られるわけだしな」
「あっ、そうだ。はいあきくん、ノート返すね」
「あっ、ありがとう」
「…あぁ、それがアキが言ってたノートか」
「あ、あきくん話したのぉ!?」
春ちゃんがショックを受けたような顔になる。
「ち、違うよ!何か治療のヒントになるかもと思って!中身までは話してないから!」
「ひ、秘密だったのか。なんかすまなかったな…」
「うーん、まぁ裕美ちゃんならいいか」
かるっ。
「で、でも、内容は見ちゃダメだよ!」
春ちゃんはノートを胸にぎゅっと抱え込んだ。うーん、かわ…
「可愛いなほんとお前!」
「もう~、やめてよ~」
…本当に患者として見ているのかな。
「もう仕方ないな、アタシがまた料理作ってやるよ。その間、アキはまた春に勉強でも教えてもらったらどうだ?」
「わーいありがとう!あきくん、ほら今日も始めよう?」
「う、うん」
先生の料理はとても上手で、その上三人で楽しく食事ができたので本当に良い時間を過ごすことができた。僕の周りは最近とても充実してきて、なんだか昔は当たり前だったぼっち生活にはもう戻れない気がしてきたのだった。あー… 今と言うこの時間が、もう、どうしようもないくらいに
楽しくて、尊い。