プロローグ③
「あきくん、わざわざありがとう。私の代わりにお料理をしてくれて嬉しいよ」
「…どういたしまして」
なるほど、どうやら春ちゃんはレンジでチンするだけのことも”お料理”だと思っているらしい…
「わー、あきくんが作ると一段と美味しそうだねぇ」
レンジのボタン押す人によって味も変わるのだろうか…僕は知らないけど。
「ところであきく○×△□☆※」
「ちゃんと飲み込んでから喋ってよ…」
「…んっ、ごめんね。実はね、私こんなのを作ってみたの」
そう言うと、お姉ちゃんはおもむろに一冊のノートを取り出した。
「せっかくあきくんと会えた縁を私は大事にしたいな~って思っているの。これはね…言ってしまえば交換ノートかな?」
「交換ノート?」
「うん、私ね、昨日あきくんの話を聞いて思ったの。私やあきくんのような”病気”って、きっと口に出して説明しにくい部分もあると思うの。自分でもよくわからないことや、人に話すのが憚られる内容…きっと、少なからずあると思う。それを、ここに書いて共有したいの。でも、そんな無理に重い話を書かずに他愛のない雑談でも構わないよ。例えば、今日学校であった印象深いできごととかね」
「僕は…構わないよ。確かに春ちゃんとこうして話すのは久しぶりだし、積もる話はいっぱいあるよ」
「じゃあ、決まりだね。後、それに関して少し話があるんだけど…」
春ちゃんは、このノートを書いていくにあたって僕と三つの約束を交わした。
①一日につき一人が書いて、あきくんが私の家に来たタイミングで交換すること。
②ノートの内容についての話は、ノートの中だけですること。リアルやSNSには持ち込まないこと。
③無闇に他人に見せて回らないこと。内容は原則口外禁止。
特に②については、春ちゃんが強調して言っていた。
「ノートでの話は、きっとデリケートな部分が出てくると思うからあまりリアルには持っていきたくないの…それと、やっぱり私ね、大事な話を電子の文字で済ましちゃうのは味気ないって思うの。文字ってさ、その人の人間性が出るんだよね。ペンで書かれた文字は、内容以上のものを相手に教えてくれるって、私は、信じてる」
春ちゃんと一応携帯の連絡先は交換したものの”事務連絡や緊急性の高いこと”以外は話さないことにした。
「早速私から書いてみたから、家に帰ったら読んでほしいな。ふふっ、ラブレターを渡す時の気分ってこんな感じなのかなぁ?」
「や、やめてよ、もう…読みにくくなるよ」
「えへへ~本気にしちゃった?可愛いなぁ」
…見た目は実年齢より結構幼く見えるのに、その幼い無邪気な笑みを見せられると、僕は決して彼女に抗えないような気がした。
家に帰って、自分の部屋で一人になってから僕は恐る恐るノートを開く。春ちゃんの文字は、女の子の文字と一目で分かるようなどこか可愛らしい感じがした。まずはそれをちらりと見た後に、僕はゆっくりとその内容を噛みしめて行ったー
あきくんへ
改めて、久しぶりだね。ここ数年会えていなかったから、君の成長に素直に驚いたよ。男の子もだんだん成長してくる年頃だもんね。中学生かぁ…早いねぇ。
これを読んでいるってことは、私の唐突な提案を受け入れてくれたってことだよね。本当に嬉しいな。私の稚拙な文を読んでくれるのが、本当に嬉しいよ。最早学校に行くことも面倒になった私だから、ひょっとしたら中学生のあきくんの方が立派な文を書いてくるんじゃないかな?なんてね(笑)
今回は初回だからあまり長々とは書かないでおくね。いずれゆっくり、私の病気についても詳しく書いていきたいな。あきくんになら、私のどんなことでも話したいな。
今後とも、よろしくね!いっぱいここでお話ししようね。
春より
…春ちゃん、ねぇ春ちゃんさ、これって素で言ってるの?これほんとにラブレターじゃん…って勘違いしそうだよ。なんでこんなに久々に会ったのに、ここまで僕に信頼を寄せてるの?それを言えば僕も、人のことを言えない気もするけどさ…女性に対して恐怖感しか無い僕が、不思議にも一人の女性にこんなにも近づこうとしている。僕も、なんだか春ちゃんともっとお話ししたい気分になり、こう返信したのだった。
春ちゃんへ
春ちゃんが僕のことをちゃんと覚えてくれていて、僕の方こそ嬉しかったよ。僕も、特にこれと言ったテーマがあるわけではないけど、もっと色々なことをお話ししたいです。それがひょっとしたら僕の病気を治すきっかけになるかもしれないし、逆に春ちゃんにとっても何か助けになるかもだしね。
なんだか春ちゃんと今の僕の背の高さがあまり変わらない気がするから、昔の印象と正直だいぶ違ったかな(ごめんね)それに、雰囲気も変わった気がするね。でも、今の方が僕にとっては友達みたいな感じで接しやすいかな。い、いや、昔の春ちゃんがダメなわけじゃないよ?その…性的な意味じゃなくて僕は春ちゃんが人間的に好きだから。は、恥ずかしい…手紙だとはいえ…
恥ずかしくてこれ以上は筆が進みそうにないから今日はここまでにするね。こっちこそ、稚拙な文でごめんなさい。
明より
「交換日記?ははは、ほんとにまるで彼氏彼女のようじゃないか!」
「ち、違いますって!やめてくださいよもう…」
僕は大島先生に、春ちゃんと交換日記を始めたことを話した。もしかしたら僕の病状改善のヒントになるかもしれないので、僕は話すことを決めたのだった(もちろん中身までは言っていない)
「しかし、なかなか悪くないことだと思うぞ?例えば自分の行動をそこで文字として起こして、省みることだってできる。いわば、カルテ扱いもできるわけだ。これで解決したら、ほんとに医者なんていらないな!はははは!」
何がそんなに面白いのか、先生はお腹を抱えて大笑いしている。長い黒髪、そして白衣が揺れてぐしゃぐしゃになっていく。
「あぁそうだそうだ大事なことを伝え忘れていた」
ふと、先生の顔が真面目になる。
「昨日、堀内ナナから相談を受けた」
「…」
「あぁすまん。無闇に出すべき名前じゃなかったな」
「…いえ、大丈夫です。続けてください」
「そうか。なら続けるぞ。やはり彼女はあの時以降、お前がこんな風に変わってしまったことを気にしているようだ。申し訳ないとまで言っていた」
「…そうですか」
「願わくは、お前と一度話して謝りたいと…」
「それはダメです」
「おいおい、即答じゃないか…」
はぁ…と先生はため息を漏らす。
ダメだ、その名前だけはダメなんだ。彼女とまともに応対何て、僕にできるはずもない。また、彼女を傷つけて終わってしまう。
「まぁ…今すぐには無いと思うがもし気が変わったらいつでもアタシに言うと良い。仲介してやる」
「…ありがとうございます。では、これで僕は失礼します」
僕はなんだかこれ以上この場にいるのが嫌になって、足早に春ちゃんの家へと向かい始めた。
「はい、ノート返すね」
「ありがとうね。後でちゃんと読むからね?楽しみ~」
ウキウキしながら、春ちゃんはノートを受け取ったのだった。
「春ちゃん、今日は何かちゃんと食べた?」
「チョコを一個食べたような、食べてないような…そして今も、お腹空いているような、いないような…?」
「はぁ…また僕が何か作るね」
「わーい!ありがとう♡」
…せめて、チンくらいはできるようにまずはなってほしい。
順を追って、ゆっくりと。