プロローグ
地の底で悪魔たちが暮らす悪魔界。
暗闇の中にモノクロの建造物が建ち並んでいる。
そこに四角く縦長な白い建物がある。
その建物の中の四階には休憩室と書かれた部屋があり、その部屋の手前の通路に立って二人の悪魔が話している。
「おい!今年の営業ノルマ聞いたか?寿命100年だってよ!」
太い悪魔が野太い声を荒げて言った。
「あぁ、上の連中は分かってねぇよな。今どきの人間は寿命5年ですらぁ、渋るんだ。一体、何人契約すりゃいいって話だよ。」
細い悪魔が乾いた声で応えた。
悪魔界はいつか来たる天界との戦いに備えて、人間の寿命を集めては魔力に変換している。
しかし営業部にいる当の悪魔達にそんな使命感はなく、寿命集めはほぼ彼らの趣味でやっているため、仕事としてノルマが課されることに悪魔達は不満を感じている。
「それにこの前なんてよぉ。人間界に行ったら、自分の寿命を1年やるから寿命を10年延ばしてくれ何て言うふざけた野郎がいてさぁ。」
細い悪魔が苛ついた顔で呟いた。
「おう!そいつをどうしたんだよ?」
太い悪魔がニヤつきながら話の先を促す。
「そりゃぁ、叶えてやったさ。オレはやさしいからよぉ。ギヒヒヒヒ。」
細い悪魔が口の端を吊り上げて意地悪そうに嗤う。
二人の悪魔が愚痴で盛り上がっている間に、通路にある扉がゆっくりと開き、今まさに階段を上ってきた小さな悪魔がこのフロアにやって来た。
小さな悪魔は背丈が20センチ程で、ずっと地面を浮いている。小さな悪魔が扉に手をかざすと、直接触れることなく入って来た扉が閉まった。
二人の悪魔は話に夢中で小さな悪魔がフロアにやって来たことにまだ気付いていない。
小さな悪魔は二人の悪魔の方へとゆっくり近づいて行き、そのまま通り過ぎて誰もいない休憩室に向かった。
そのとき太い悪魔は自分の手の平程のサイズしかない小さな悪魔を視界の端に捉えて思わずニヤリとした。
「よお!営業部の元エースさま。2年もサボって何してたんだ?」
太い悪魔が高圧的に問い掛けるが、小さな悪魔はそれに答えず休憩室にある自販機を見ている。
太い悪魔はズカズカと小さな悪魔に近付いて顔がくっつきそうな距離まで詰め寄る。
「なあ!お前のノルマ知ってるか?寿命1000年だってよ!お前終わったな!」
太い悪魔は勢いよく唾を飛ばしながら言った。
小さな悪魔は太い悪魔に対してゆっくりと顔を向ける。
「楽勝だ。」
小さな悪魔は低い声で応えた。
細い悪魔が小さな悪魔の隣にスルリとやって来た。細い悪魔は太い悪魔とは逆側に来たため、小さな悪魔は二人の悪魔に左右から挟まれる形になった。
「部長怒ってたなぁ。そんな強がらずにさぁ、頭下げてこいよぉ?オレも謝るの手伝ってやるからさぁ。」
細い悪魔は撫でるような口調で言った。
「何が手伝うだ。余計な悪戯考えてんな。」
小さな悪魔が吐き捨てるように言うと、細い悪魔は意地悪そうな笑顔を見せた。
小さな悪魔が自販機に手をかざすと、自販機に触れることなくボタンが2度押され、取出口に飲み物の入った黒い缶が連続して2本落ちてきた。2本の缶は自販機の取出口から飛び出て、小さな悪魔の手に引き寄せられた。
「契約で人間を直接破滅させるのも、人間を悪の道に誘うのも俺が本当にやりたいことじゃないと気付いた。」
小さな悪魔は両手に持った缶を振って語り出した。
「俺は自分の手を汚さずに、人間を破滅させたい。」
そう言って、小さな悪魔は二人から離れて部屋の奥へ進んだ。
「そりゃぁ、つまり自滅か。」
数秒後、細い悪魔が呟いた。
「おい!そんなのどうやってやんだよ?」
太い悪魔が小さな悪魔に問い掛けた。
「この2年、俺は開発部で新商品の開発を手伝ってきた。それが"ディザイアの卵"だ。」
小さな悪魔は言い終わると、黒い缶を1本開けて中身を飲み干した。そしてもう1本のまだ開けてない缶を二人の悪魔の間に向かって投げた。
太い悪魔と細い悪魔は咄嗟に半分ずつ缶を掴んだ。
「それやるよ。俺は早速、人間界に行くとするわ。俺の担当地域は確か日本だったな。」
小さな悪魔は二人の悪魔の横を素通りして、すーっと部屋を出て行った。
残された二人の悪魔は顔を見合わせた後、二人が掴んでいる1本の缶を激しく取り合った。