「ハルさんとシッシーのタケネコ堀り」
ハルさんとシッシーのタケネコ堀り
「ハルさん、タケネコ堀りに行こうぜ。」
うららかなある春の日の午後。イノシシのシッシーが、ハルさんをさそいにやってきました。
―タケノコをいいまちがえるなんて、かわいいねえ。
クスッと笑いながら、急いで用意を整えたハルさん。シッシーのあとにつづいて、足どりも軽く竹林へと向かいました。
温かな日差しに包まれたこの季節、山桜の花びらが、どこからともなく、ひらひらと舞い降りてきます。ふみしめる足元の土からは、むくむくと春の力がわきだしてくるのを感じます。
「シッシーが掘り出してくれるんだもの、出たてのタケノコは焼くのがいちばんだね。あと、木の芽あえも。そうそうワカメと炊くのもおいしいだろうねえ」
おいしそうなタケノコ料理を、次々と頭に思いえがきながら、ハルさんは思わずごくりと生つばを飲み込みました。
「このへんかな」
シッシーは鼻を地面におしつけ、くんくんと匂いをかぎはじめました。
「よし、まちがいない。きっといるぞ」
シッシーの鼻が、ふがふがと土を掘り起こしていきます。その速さ、さすがはイノシシです。
「ほら、やっぱりな」
シッシーが、得意げに掘りおこしたものは、タケノコではなく、ふわふわした、うすみどり色の玉でした。手のひらにのる毛糸玉のようなものです。
「シッシー、タケノコじゃないよ、これは」
「だから、タケネコ堀りだって言ったじゃねえか」
「タケネコ? なんだい、それは?」
そこでシッシーは、ハルさんにタケネコについて話し始めました。
タケネコとは竹の精がネコになったもの。毎年現れるものではなく、たまたま、細かい気象条件が重なったときに、土の中からタケネコの匂いがしはじめるそうなのです。
「そいつを発見できるのは、おれさまイノシシ族だけなのさ。この匂いは、本当にかすかだから、風邪でもひいてりゃ、まさにアウトよ。今年はタケネコが出てきそうな気がしてたから、いのいちばんにハルさんに見せてやりたくてな」
「これが……そのタケネコなのかい?」
ハルさんは、不思議なうすみどり色の毛糸玉を手にとり、しげしげと眺めました。……と、いきなり、その毛糸玉が、ひとりでにむくむくと動き始めたではありませんか。ふくらんだ毛糸玉に、三角の耳がつき、尻尾がつき、あれよあれよというまに、うすみどりいろをした子猫が、ぱっちりとした、金色の瞳でハルさんを見つめ、ミャーとひと声鳴いたのです。
なんとかわいらしい子猫なのでしょう。ハルさんは思わず、ギュッと子猫を抱きしめてしまいました。あたたかい子猫の体からは、ほのかにお日様の香りがしました。
「猫を抱くなんて久しぶりだね」
そう言いかけ、ハルさんははっとしました。
ウリボウだったシッシーがやってきたとき、家には、先住猫のクロスケがいたのです。
毎晩シッシーとクロスケは、ハルさんといっしょに眠りました。
―あんたたちのおかげで、あたしゃ、ちっとも寂しくなんかないよ。
折にふれてそう話したことばを、シッシーはずっと覚えてくれていたのかもしれません。
「ハルさん、その猫には食い物は必要ないからな。せいぜいかわいがってやってくれ」
「ありがとうね。シッシー」
猫を抱いて、家にもどったハルさんは、小さな新しい家族との生活に、心がわくわくしていました。
翌日の朝。
息せきってかけつけたシッシーの目にとまったのは、縁側でぼんやりと座ったままのハルさんのすがたでした。
「すまねえ、ほんとにすまねえ、ハルさん。タケネコは掘り起こしてから、一日で消えてしまうなんて、おれさま、本当に知らなかったんだよ」
ハルさんは、力なくほほえみながらこたえました。
「夕べ、あの子を膝にのせて、ここで月を見てたら、だんだんとあの子が薄くなって、消えてしまったんだ。だけど、最後、あたしを見て、ニャオンと鳴いてくれた。あいさつしてくれたのかねえ」
「ぜったいそうだ。おいらたちは、ちょっとの間でもかわいがってくれた恩は忘れねえからな」
「猫のぬくもり、久しぶりだったよ。あんたのおかげだねえ。シッシー」
シッシーは、ちょっとためらいがちにこたえました。
「あ、あのな、こんなぬくもりでもよかったら……」
そして、とつぜん縁側に上がり込むと、上半身をハルさんのひざにのせたのです。
「やだ、やだ、重すぎるよ! シッシー!」
けらけらとわらいながら、ハルさんはシッシーの背中をなでました。
熱いものが、シッシーの背中にぽたぽたとこぼれおちてきます。
「あんたのぬくもりは、猫以上だね」
ハルさんの温かい手のひらを感じながら、シッシーはいつまでも目を閉じていました。