表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ハルさんとシッシーシリーズ

「ハルさんとシッシーのタケネコ堀り」

作者: ゆきえにし

 ハルさんとシッシーのタケネコ堀り


「ハルさん、タケネコ堀りに行こうぜ。」

 うららかなある春の日の午後。イノシシのシッシーが、ハルさんをさそいにやってきました。

―タケノコをいいまちがえるなんて、かわいいねえ。

 クスッと笑いながら、急いで用意を整えたハルさん。シッシーのあとにつづいて、足どりも軽く竹林へと向かいました。

 温かな日差しに包まれたこの季節、山桜の花びらが、どこからともなく、ひらひらと舞い降りてきます。ふみしめる足元の土からは、むくむくと春の力がわきだしてくるのを感じます。

「シッシーが掘り出してくれるんだもの、出たてのタケノコは焼くのがいちばんだね。あと、木の芽あえも。そうそうワカメと炊くのもおいしいだろうねえ」

 おいしそうなタケノコ料理を、次々と頭に思いえがきながら、ハルさんは思わずごくりと生つばを飲み込みました。


「このへんかな」

 シッシーは鼻を地面におしつけ、くんくんと匂いをかぎはじめました。

「よし、まちがいない。きっといるぞ」

 シッシーの鼻が、ふがふがと土を掘り起こしていきます。その速さ、さすがはイノシシです。

「ほら、やっぱりな」

 シッシーが、得意げに掘りおこしたものは、タケノコではなく、ふわふわした、うすみどり色の玉でした。手のひらにのる毛糸玉のようなものです。

「シッシー、タケノコじゃないよ、これは」

「だから、タケネコ堀りだって言ったじゃねえか」

「タケネコ? なんだい、それは?」


 そこでシッシーは、ハルさんにタケネコについて話し始めました。

 タケネコとは竹の精がネコになったもの。毎年現れるものではなく、たまたま、細かい気象条件が重なったときに、土の中からタケネコの匂いがしはじめるそうなのです。

「そいつを発見できるのは、おれさまイノシシ族だけなのさ。この匂いは、本当にかすかだから、風邪でもひいてりゃ、まさにアウトよ。今年はタケネコが出てきそうな気がしてたから、いのいちばんにハルさんに見せてやりたくてな」

「これが……そのタケネコなのかい?」

 ハルさんは、不思議なうすみどり色の毛糸玉を手にとり、しげしげと眺めました。……と、いきなり、その毛糸玉が、ひとりでにむくむくと動き始めたではありませんか。ふくらんだ毛糸玉に、三角の耳がつき、尻尾がつき、あれよあれよというまに、うすみどりいろをした子猫が、ぱっちりとした、金色の瞳でハルさんを見つめ、ミャーとひと声鳴いたのです。


 なんとかわいらしい子猫なのでしょう。ハルさんは思わず、ギュッと子猫を抱きしめてしまいました。あたたかい子猫の体からは、ほのかにお日様の香りがしました。

「猫を抱くなんて久しぶりだね」

 そう言いかけ、ハルさんははっとしました。

 ウリボウだったシッシーがやってきたとき、家には、先住猫のクロスケがいたのです。

 毎晩シッシーとクロスケは、ハルさんといっしょに眠りました。

―あんたたちのおかげで、あたしゃ、ちっとも寂しくなんかないよ。

 折にふれてそう話したことばを、シッシーはずっと覚えてくれていたのかもしれません。

「ハルさん、その猫には食い物は必要ないからな。せいぜいかわいがってやってくれ」

「ありがとうね。シッシー」

 猫を抱いて、家にもどったハルさんは、小さな新しい家族との生活に、心がわくわくしていました。


 翌日の朝。

 息せきってかけつけたシッシーの目にとまったのは、縁側でぼんやりと座ったままのハルさんのすがたでした。

「すまねえ、ほんとにすまねえ、ハルさん。タケネコは掘り起こしてから、一日で消えてしまうなんて、おれさま、本当に知らなかったんだよ」

 ハルさんは、力なくほほえみながらこたえました。

「夕べ、あの子を膝にのせて、ここで月を見てたら、だんだんとあの子が薄くなって、消えてしまったんだ。だけど、最後、あたしを見て、ニャオンと鳴いてくれた。あいさつしてくれたのかねえ」

「ぜったいそうだ。おいらたちは、ちょっとの間でもかわいがってくれた恩は忘れねえからな」

「猫のぬくもり、久しぶりだったよ。あんたのおかげだねえ。シッシー」

 シッシーは、ちょっとためらいがちにこたえました。

「あ、あのな、こんなぬくもりでもよかったら……」

 そして、とつぜん縁側に上がり込むと、上半身をハルさんのひざにのせたのです。

「やだ、やだ、重すぎるよ! シッシー!」

 けらけらとわらいながら、ハルさんはシッシーの背中をなでました。

 熱いものが、シッシーの背中にぽたぽたとこぼれおちてきます。

「あんたのぬくもりは、猫以上だね」

 ハルさんの温かい手のひらを感じながら、シッシーはいつまでも目を閉じていました。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] はじめまして、K・tさんのレビューより参りました。 タケネコ! 絶対可愛い! と確信して拝読したら本当に可愛い……そして、はかない。 これは泣かずにいられない…… ハルさんとシッシーの仲の…
[良い点] 食いしん坊の私は、どんなタケノコ料理が出来るのかとワクワクしていましたが、ネコ。 可愛らしい仔猫の姿が浮かび、ほっこり笑顔になりました。 シッシーの優しい気持ちがハルさんに伝わって良かっ…
[良い点] タケネコという、なんとも気になる言葉に誘われて拝読しました。 「可愛い!」からの「切ない……」そして「ほっこり」と、感情が揺さぶられて涙が出そうになりました。 タケネコのことは悲しかった…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ