少女と白い鳥の王国
少女と白い鳥の王国
星野☆明美
プロローグ
「ちゅるりちゃん、お水ですよ」
そう言って毎朝新鮮な水と餌とキャベツを取り替えてあげるのが少女の日課でした。
「ちゅるり」というのは、セキセイインコの白いハルクインという種類の鳥で、少女がつけた名前でした。
ちゅるりは最初はペットショップで手乗りに育てる用途で売られていました。
少女は「言葉を教えたら喋るかな?」と思いながらお母さんにおねだりして買ってもらいました。
雛鳥の時は、粟玉をお湯につけて、スプーンですくって食べさせるのですが、ポロポロこぼすので大変な仕事でした。それでも愛らしくて少女はちゅるりに夢中でした。
ちゅるりは育つにつれて、真っ青な鼻の立派なオス鳥になりました。
白い羽根がすべすべしてとてもきれいな鳥になりました。
1☆お嫁さんをもらおう
ちゅるりが成長すると、残念ながら言葉は覚えませんでした。
「頭の色が黄色い鳥がよく話すらしいぞ」
と少女のお父さんが言いました。
ある日。
「二人で映画を見ておいで」
幼い弟の世話で大変なお母さんが、少女とお父さんに映画のチケットをくれました。
「映画の帰りにペットショップで新しいセキセイインコ買って!」
「しょうがないなぁ。でも、ちゅるりはどうするんだ?」
「ちゅるりのお嫁さんを買いにいくの!」
「そうかそうか」
映画の帰りにペットショップに寄ると、色々なセキセイインコがいました。
「雛鳥を最初からまた育てるのかい?」
と、お父さんは聞きました。
「そうじゃなくて、少し成長したのにする」
少女はそう言うと、ペットショップのお姉さんに「黄色いメスのセキセイインコをください」と頼みました。
お姉さんは一匹ずつかごの中の中雛鳥を捕まえて、オスかメスか確認しました。
「黄色いのはみんなオスですよ」
「どうする?他の店を捜すか?」
お父さんが聞くと、少女はかぶりを振りました。
「その緑色のは、メスですか?」
「これはメスです」
「じゃあ、それをください」
長方形の紙の箱に緑色のセキセイインコは入れられました。箱には空気穴が開いていて、中の鳥が苦しくないようにしてありました。
お父さんが会計を済ませると、少女は「ありがとうお父さん」とお礼を言いました。
2☆ちゅるりとちょちょ
二匹のセキセイインコは最初は仲がよくありませんでしたが、次第にお互いの毛繕いをしたりしてとても仲良くなりました。
「こっちの鳥の名前は何にしたの?」
「ちょちょ」
「また変な名前にしたわねぇ」
とお母さんはあきれ顔でした。
ちゅるりは自分の食べた餌を口移しでちょちょにあげるようになりました。
「巣箱を入れてやろうな」
と言ってお父さんが木の巣箱を買ってきてかごに入れました。
二匹の鳥は交尾をして、ちょちょは卵を5個産みました。
交代で卵を暖めながら、二匹はうまくやっていきました。
少女はとても興味深く鳥たちを見ていました。
3☆きーこちゃん
「ぴーぴーぴー」
ある日、巣箱の中から可愛らしい鳴き声が聞こえました。
あんまり中を覗いたらいけないよと言われていた少女は、両親と一緒に巣箱の中をそうっと覗きました。
「生まれてる」
「なんかすごい外見だなぁ」
「しばらくすると羽根が生え揃ってきれいで可愛くなるよ」
三人は口々に言いました。
雛は順調に育ち、やがて黄色い鳥になりました。
少女は雛を取り出してスプーンで餌をあげようとしましたが食べてくれません。途方に暮れていると、かごの中からちゅるりが雛に餌を口移しでくれました。
ちょちょも雛に餌を口移しして一生懸命です。
少女はすごいなぁと思いました。
「きーこちゃん!」
呼ぶと、黄色い雛は少女に向かってすぐに飛んでくるようになりました。とてもよく慣れてかわいい鳥になりました。
親鳥の種類が違うと、子どもは全く違う色に生まれるようでした。
4☆ちゅるりが逃げた
雪の降る寒い日でした。
お母さんが鳥かごの掃除をしようとしたら、ちゅるりがどうしたことかかごから逃げ出し、開いていた窓から外へ飛んでいってしまいました。
学校から帰った少女は泣きながらちゅるりはこの寒空の下、死んじゃったんだと思いました。
「あのな、ちゅるりは『白い鳥の王国』に行ったんだと思うよ」
お父さんが少女に言いました。
「『白い鳥の王国』?それはどんなところ?」
「白い鳥が一杯暮らしてる王国で、何不自由なく幸せに暮らせるんだ」
「ちゅるりが白い鳥だから?だから白い鳥の王国に行けるの?」
「そうだよ」
「そっか・・・」
少女は泣き止みました。
5☆不思議な出来事
真夜中に、誰かが窓を叩いていました。
「ちゅるりだ!ちゅるりが帰ってきたんだ!」
少女は目を覚まして、パジャマ姿で窓を開けました。
月の光に照らされたシルエットは確かに小鳥の姿でした。
「こんばんは」
白いシルクハット、白い燕尾服。全身白ずくめの青年が立っていました。
「ちゅるり?」
「そうですよ」
「どうして逃げたの?」
「白い鳥の王国の王様から呼び出されたからです」
「でも、帰ってきたんだね?」
「いいえ」
「じゃあどうしたの?」
「お世話になったお礼に白い鳥の王国へご案内します」
「えっ」
気がつくと少女はパジャマの柄の小鳥の姿になっていました。
「僕についてきて」
少女は言われるままに夜空へ飛び立ちました。
空を飛ぶのはとても快適でした。少女は夜間飛行を楽しみました。
6☆白い鳥の王国
白い鳥の王国へはちゅるりの案内なしではたどり着けませんでした。
本当に数えきれないほどの白い鳥の群れが王国に暮らしています。
「ちゅるり、今、幸せ?」
「はい。・・・でも時々ちょちょときーこちゃんのことを思い出して懐かしくなります」
「一緒に暮らせないの?」
「色が違うから無理です」
それはひどいなと少女は思いました。
「人間でも肌の色が違うと人種差別したりするけれど、それはとても悲しいことで、良くないことだわ!私、王様に直談判する!」
「大丈夫かなぁ?」
ちゅるりの心配をよそに少女は白い鳥の王国の王様に会いに行きました。
7☆王様
会ってみると、王様は真っ白い孔雀でした。
「私は突然変異で真っ白に生まれたんだ。とても他の孔雀とは一緒に暮らせなかった。だからこの王国を作ったんだ」
「でも、体の色が違っても、同じ生き物どうし仲良くやっていけるはずよ!」
そう少女は言いましたが、王様の心の傷は深く、聞き入れてくれませんでした。
「色が違うから差別されたのは、私の方だ!」
「・・・それならせめて、ちゅるりを私に返してください!とても大事な鳥なんです!」
「それはもう無理だ」
王様はそう言って立ち上がると、「この白くない者を追放しろ!」と他の鳥に命令しました。
「そんな・・・」
少女はしょんぼりして、他の鳥をふりきると、自力でちゅるりの元に行き、一緒に帰ろうと頼みました。
「しょうがない」
ちゅるりはそう言って少女を家まで送り届けました。
エピローグ
「ちゅるり!」
少女が気がつくと、布団の中で眠っていました。慌てて起きて鳥かごを覗きましたが、やっぱりちょちょときーこちゃんしかいませんでした。
ちゅんちゅんちゅん・・・
外で小鳥の声がしました。
窓ガラス越しに見ると、スズメがたくさんベランダに来ていました。
空を見上げると、白い雲がたなびいて、とてもきれいでした。
白い鳥の王国はどこにあるのでしょう?
でも確かにあそこにはちゅるりが元気に暮らしています。
白い鳥の王様の気持ちがいつか変わったら、みんな仲良く暮らせるかもしれません。
少女はそっと目を閉じて願いました。
「ちゅるり。また会おうね」




