第96話 「魔石の一族の扱い」
鎖でつながれている少女は、大体15歳くらいか、僕よりも少し幼いくらいの印象だった。
そして、顔が全面隠れるほど長いぼさついた黒髪、どこを見ているのかわからない焦点の合わない黒い瞳、ぼろ布1枚しか羽織っていない心許ない衣服はいかにも奴隷と言える風貌で、少女は鎖につながれている。
けど、普通の人なら一番目を引くものが、額にある。
「結構前に絶滅したって言われてるけどさ、魔石の一族にも生き残りがいたんだよ。こいつがそうなんだ」
カルトさんは額を指さしながら笑みを浮かべている。
その顔は、さっきのサンドバッグ用の奴隷に向けるそれとは若干異なるように見えた。
「おら、なんか言えよ、ユイ君が固まってるだろ」
カルトさんは何の躊躇もなく、少女の顔を殴りつけた。
1発、2発と、まるでそうするのが当然のように手を止めることがない。
やがて少女が鼻血を流し始め、その手は止まる。
「おい、黙ってんじゃねえよ」
カルトさんの言葉で、少女は初めて口を開いた。
「あ……ど、うも、はじめ、まして。好きな、だけ……楽しんで、ください」
息も絶え絶えな少女の言葉は非常に痛々しく、正直見ていられなかった。
思わず目をそらしそうになるが、不思議と少女から目を離すことができなかった。
固まり続ける僕にカルトさんが語り掛ける。
「ね、これならユイ君でも殴れるっしょ? なんたってあの魔石の一族だからね、どんだけ殴ったって良心なんか痛まないっしょ。ろくな人間じゃない……いや、そもそも人間じゃねえし」
人間じゃないと、はっきりと言い放った。
ここにいるのは人間の形をした何かだと、そうカルトさんは言っているのだ。
そのことに、戦慄を覚える。
魔石の一族とは、これほどの扱いを受けるものなのかと。
ライムさんやアルちゃんが、異質な反応だったのだろう。
きっと僕の額の魔石があらわになれば、人間扱いされなくなる。
今向けている笑顔が嫌悪に変わり、虐げるに違いない。
お嬢様の作った額あて、さらに上から重ね掛けされた迷彩魔法、2つのおかげでバレることはないだろうし、僕は実際には魔石の一族ではないけど、もしもこの宝石がバレれば、この少女と同じ扱いを受ける。
その想像をしただけで、気分が悪くなってくる。
だがそんな僕の状態に気づかないのか、カルトさんは少女に対しての暴行を続ける。
「はっはっは、マジであの魔石の一族を殴れるとか、ここの奴隷になれてラッキーって思っちまうな。おらおら、お前らが今まで好き勝手した分に比べりゃ、こんなもんじゃまだ足りねえぞ! この人殺しの一族が!」
殴る蹴るを繰り返すカルトさん。
知識としては知っている。魔石の一族がいかに非道な行いをしたのか。
この報いも当然かもしれない、そう思わせるほどの悪行だ。
人間扱いされることなんか許されない、あらゆる責め苦を味わうことこそがせめてもの贖罪、それが、魔石の一族に対するこの世界の人間の共通認識かもしれない。
実際にこの一族に殺された人たちは大勢いる。
おそらくは1万、10万、100万も超えるかもしれない。
それほどの行為を繰り返し続けてきた一族……だけど、
これが正しいとは、どうしても思えなかった。
「あ……」
カルトさんの暴行を止めようと、手を伸ばす。
魔石の一族の味方なんかすればどう思われるのか分かったものじゃない。
単純に嫌われるか、僕も暴力の対象になるか、それ以上のことになるか。
恐怖を感じつつも、もうやめてほしいと願ったが、その思いは一切届かない。
「ほらユイ君、君もやっちゃいなよ。こいつはどうせ今まで何人も殺した犯罪者なんだ。同情の必要はないぜ」
カルトさんは僕にも殴るように促し、少女の髪を乱雑につかんで顔を見せる。
……できない。この少女をこれ以上傷つけたいなんて思えない。
もう十分じゃないか。
そう思ったとき、
「何をしている?」
扉が開き、アストさんが話しかけてきた。
「おいカルト、これはどういうことだ?」
聞かれたカルトさんは、やばい、という表情をしながらも、反省の色は全く見えない。
「いや、ユイ君に殴っても問題ない家畜がいることを教えてあげたくってさ。つっても実際に殴ってるのは俺だけですよ。ユイ君は見てるだけだし」
「……そのようだな。だがこの部屋の使用は基本的には一人に限られている。わかるだろう? 複数の人間からの本気の攻撃を受ければさすがにそれも壊れてしまう。そんなものはだれも望んでいない」
「それはわかってますって。せっかくの魔石の一族を簡単に殺すなんてもったいないし」
「わかっているのならいい。ユイ、今この部屋はカルトの時間だ。使いたければ俺に銀貨10枚を支払い、使いたい時間を伝えろ」
そう言われ、アストさんに半ば強引に体を引き寄せられ、部屋から離れていく。
「んじゃユイ君、よかったらここを使ってみなよ。すっきりするぜ」
カルトさんは僕にそう言ってから、少女を再び殴り始めた。
躊躇なく、女の子の顔を、腹を、全身をくまなく痛めつける。
その光景を見ていると、胸の奥がズキズキと痛む感覚があって、悲しくなった。
*
あの少女は、魔石の一族。
この世界で暴虐の限りを尽くし、多くの人々を苦しめた一族の、最後の生き残り。
人々から忌み嫌われ、傷つけることを問題ないとされている。
……認識が甘かった。
魔石の一族に対するあの扱いは、多分普通だ。ほぼすべての人間が、彼女を傷つけることに何の罪悪感も抱かない。
ライムさんやアルちゃんの反応が、異質すぎたんだ。
あの2人が優しい人で、僕の友達で、だからこの額の魔石を気にしないでいてくれた。
でも他の人は違う。
この額を見られれば、僕も彼女と同じように虐げられる。
かつての世界のように、こいつは傷つけてもいいんだという大義名分を持った人々に、ありとあらゆる苦痛を受けることになる。
その事実に不安を覚えつつも、胸の中に、妙な気持ちが湧き出てきた。
あの女の子と話がしたい。
自分でもなぜこんなことを思っているのかがわからない。
けど、あの子と触れ合ってみたい。
話したいことがあるわけではない。ただ話をしたい。
自分の中の気持ちはわからないけど、僕はある決心をした。
アストさんに頼んで、あの部屋を使用させてもらおうと。




